第21話 何がしたいんだ?
———さてさて、どうするべきだろうか。
「なーんか嫌な感じだったなぁ」
先ほど俺は緊迫した調査室に缶詰めにされていたが、尋問する側がどうも怪しい。いくらなんでも深刻過ぎないだろうか。確かに悪魔、しかも魔王が本拠地の警備にも見つからずに侵入してきた。これは一大事だということはわかる。でも、俺が詰められることは無いだろう。
「もしかして、俺が魔王と戦っているところを誰かが見ていたのか?」
もし誰かがあの時を見ていたら俺の亜人の力がばれたことになる。
自分で言うのもなんだが、あの驚異的な速さは他人から見るとどうみてもおかしい。だってまだサーベラスに入ってそこらの人間があそこまで爆発的に成長する訳がない。多少知識のある奴や勘がいいやつは気づいていてもおかしくない。
「……でもまぁ、それは無いか」
あの時誰かが見ていたら、すぐに他の兵士達が駆けつけてきたはずだ。教官たちは俺が疲れて、魔王が立ち去った後ちょうどに現れた。だからこの線は無いだろう。
「……ん? ちょっと待てよ」
いくらなんでもちょうど良すぎないだろうか?
俺と魔王がやりあっている間は結構長かったはずだ。その間に一人や二人は気づいていてもおかしくない。かなり隅っこのほうだったが、あの魔王の魔力の気配は本拠地中に漂っていたはず。
「んー。何かがおかしい」
「それは、君が原因だよ」
「そうかー?」
「うんうん。僕の魔力は誰も感じ取れないし、そもそも僕の前に立つだけで人はみんな死んでしまうからね。でも君が亜人だから死ななかったし、僕を感じとれたんだよ。ちなみに僕があの時時間を調整してきりのいいタイミングで去っていったんだ」
「へー、亜人ってすげえんだな」
「……」
「……」
「……は?!」
「遅いよ」
俺は適当に誰かと会話してしまった。頭の中で思っていることに答えてきたので思わず反射的に返事をしてしまった。
「……なんでここにいんだよ」
「そりゃあ、君に会いたかったからだよ」
俺は振り返って声のした方向を見るとそこには、
———魔王だった。彼はさも友人の家を訪ねるように友好的に話しかけてきた。しかも窓から。
「……なんで窓から?」
「だって、正門から来たら人を殺してしまうんだもん。それに大騒ぎになるし。だから僕はこうやって窓に座っているんだよ」
「……まぁいいや。それよりもなんで俺のことをそんなに知っているんだ?」
「あの時僕と熱い夜を交えたじゃないか。そんな関係に隠し事なんて無しだよ」
また、あのひょうひょうさが出ている。しょうもなこと言いやがって。
「あの短い時間で俺のことが分かるのか?」
「もちろん。僕くらいになると、拳を交えるだけである程度のことは分かるよ」
「すごい力を持っているんだな」
「これくらいできないと魔王は務まらないよ」
こいつは「魔王は大変だ」みたいな雰囲気で話すが、まったく説得力が無い。言葉に力がないし、本当にただおしゃべりをしに来たって感じだ。
「……それで、お前は何をしに来たんだ?」
「だから、君に会いに来たんだって」
「会ってなにをするんだ?」
「……うーん、この前も言ったんだけど、スカウトしに来たんだよ」
そういえばそんなことも言っていたな。冗談だと思っていたけど、結構マジなようだ。彼の目が急にキリッっとして魔王としての風格が垣間見える。
「スカウトか」
「そうだね、スカウトだね。君が欲しくてたまらないよ。こんな内戦を起こすようなくだらない種族なんて捨てて、こっちに来てよ。もし来てくれたら君の願いを聞いてあげるよ」
彼は何かを見透かしたような眼をしている。
それにこいつは今「願い」っていったな。俺の願いを叶えるほど俺が欲しいってことか。
「願い?」
「うん。君は今一つ願いがあるでしょ?」
「……」
「君の願いは、一人前の戦士になることだろう?」
「そうだが」
「じゃあ、僕の軍に来てくれたら立派な戦士として扱ってあげる。悪くない提案だろう?」
「……」
———俺はこの提案をはっきりと断れない。
なぜなら俺は、戦士になりたいという目標をもつ理由がない。
俺はなぜ戦士になりたいんだ? 何を求めて戦士になるんだ? 誰を助けたい? 何を守りたい? 何に勝ちたい?
俺の心は今複雑になっていた。
「ふふん。君はやっぱり面白い。普通の人ならここで即答で断るか、受け入れる。でも君は今自分の心に問いかけている。非常に興味ぶかい人間だ。いや、亜人か」
こいつは面白がっている。恐らく俺の心をつついて俺をもてあそんでいるんだろう。大変腹立たしい。
「いや、俺は……」
俺は意見がまとまらないまま、しどろもどろに話す。
「まぁ、いいよ。もし決心がついたらその時は何か合図してよ。僕は常に君を見ているからね」
あいつはそう言って、黒い霧を出しながら消えてしまった。
しかし、それを追う気力もない。
「……俺は、いったいなにがしたいんだ」
自分のことが分からなくなった俺は、部屋から出て、夜が明けるまで、訓練場で意味もなく剣を一心不乱に振っていた。
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