第5話 俺は何者?
――――なんだその面は。アラン。
俺のことを男の声でアランと呼ぶのは一人しかいない。
「ロイド、何でここに」
「……弱虫の癖に。何のために、誰のためにここに来たんだ」
こいつは昔から相変わらず俺を煽ってくる。
「俺は……」
「別に答えなんて求めてねぇよ。俺はただお前に忠告してやってるんだ」
俺が質問に答えようとすると、ロイドは遮ってきた。
「――は? どういうことだ?」
「 ここは、諦めた奴の来る場所じゃねぇんだ。命が惜しければささっと帰っておねんねしてろ」
ロイドはこちらを向かない。一度も俺と目を合わせない。まるで、俺なんか相手にしていないように、俺を空気のように扱う。
「…………」
しかし、言い返すことができない。なぜなら現に俺は何もできず、メアリーが気絶するのを見届けただけだ。おまけに、次は俺自身が殺されそうになった時にはこいつに助けてもらった。
――――弱虫で雑魚い俺に言い返す権利など無い。
俺はまたもや下を向いた。現実から逃げるように、目の前のことから目を背けた。
また、俺は助けられるのか。自分から突っ込んでおいて。あの時と同じだ。
俺は俯いたまま、院長に背を向けて、この場から立ち去ろうとした。
「おい、待てよガキ」
当然、院長はそれを逃さない。
「誰がてめぇを逃がすと言った?」
院長は立ち去ろうとした俺にドスドスと足音を立てながら近づいてくる。
だがその道に障害物を置く人間がいた。
「 それはこっちのセリフだタコ。お前はまず俺と戦え」
ロイドが持っていた剣を地面と並行に突き立て、院長の顔の前に刃を置く。
「おい。兄ちゃんよ。おめぇは見るからに強そうだ。正直相手にしたくねぇ。だが、ここはひとつ見逃しちゃあくれねぇか? これは俺とあいつの勝負だ」
院長はなんかもっともらしいことを言っている。だがそんな理論だれが聞くっていうんだ。こいつは幼い女の子をギッタギタにぶちのめした男だ。そんな奴の言う事なんてなにも――――。
「――――いいだろう。この勝負、サーベラス一級兵、ロイド・ファスターが認める」
ロイドは声を張り、発言する。
――――は?
俺は一瞬ロイドが何を言っているのか分からなかった。だって、ロイドという正義の塊のような人間がこの暴漢男の提案を呑んだというのだ。まるで世界がひっくり返ったような気分だ。
「いいよな? アラン」
ロイドは真っ直ぐな瞳でこちらを見てくる。
「……いやいや待ってくれ、お前はサーベラス連合軍だろ? 弱い人を助けるのが仕事だろう?」
俺は命乞いをするような声でロイドに聞く。
「何を言っているんだ。これは立派なサーベラスの仕事の一つだ」
「は?」
「村の中で起きた喧嘩や犯罪を制裁するのが、俺達の仕事だ。だからここは俺の独断で、喧嘩の決着がつくのを制裁とする」
――――訳の分からんことを言いやがって。なにが喧嘩の決着が制裁だ。もし、俺がこの喧嘩で死んだらどうするつもりだよ。
「へへ。物わかりのいい人で助かったぜ。――じゃあ」
あたふたする俺に対して、院長は全身に力を入れて、気合を注入している。
「おい!ロイド!助けてくれよ!俺は弱いんだ!仕方ないんだ!誰かに助けてもらわないとどうしようも……」
「命乞いなんて情けねーなー!!!」
俺が必死で助けを求める姿に院長は躊躇なく突っ込んでくる。そして、突っ込まれた俺は壁に弾き飛ばされて、恐らく肋骨を何本か折られてしまった。
「ぐへっ!」
吹き飛ばされた俺は壁にぶつかり、そのまま床に倒れ込んだ。
「なーんだ。おめぇもあのメスガキと同じで弱っちいなぁ」
俺は折られた肋骨の痛みと絶対敵わないという絶望から体が起き上がらなくなってしまった。
しかし、何とか頭だけ上げて、状況を見る。すると、目の前にはゆっくりと近付いてくるゴリマッチョな院長とそれを見過ごすロイドの姿があった。
「おい!助けてくれよ!お前はサーベラスの一員なんだろう?! だったら弱い者の味方をしろよ!!」
俺はなんとも情けない叫びを上げた。だが、その叫びはロイドには届かなかった。それどころか、ロイドは少し残念な顔をしていた。
「俺はサーベラスの一員だ。お前の言う通り、常に弱き者の味方だ」
「だったら、その任を遂行しろよ……」
だんだんと視界がぼやけてきた。そしてその視界の中には倒れたメアリーの姿もあった。
メアリー、すまない。俺はお前すらも守ってやれなかった。もっと俺が強ければお前は助かったかもしれない。
――――許してくれ。弱くて何も出来ない俺を許してくれ――――。
俺は徐々に堕ちていった。
今すぐにでも目をつぶれば、喧嘩に負けた俺はこの場から退場し、また平和な暮らしに戻ることができる。また、いつもの暮らしが――。
「だったら、お前は何者なんだ?」
自分から目をつぶり、堕ちそうな俺にこの言葉が突如として突き刺さってきた。
一体どこから?
――――ここからだ。
「お前は何者だ?」
――――俺は何者だ。その答えは分からない。だが、理由は分からないがその言葉は、その質問は――――俺を奮い立たせてくれた。
「俺は……、サーベラスだ」
「はぁ? こいつやばくなってきやがったぜ!」
高笑いする院長。床に倒れ込んだ俺。無傷で筋肉ダルマの院長。ボロボロの俺。
この状況、圧倒的に不利。
――――だが、負けてはいない。
「うおぉぉぉぉぉおおおお!!!」
俺は叫びを、雄叫びを上げ、ミシミシという俺の体を自分で鞭を打ち、叩き起こした。
「うぉぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!!」
「あん? ちったぁ根性あんじゃねぇか」
ヨロヨロに立ち上がる俺を見て、ゴリダルマはヒートアップした。
「そうだよなぁ?! まだいけるよなぁ?! 次の攻撃いくぜぇぇぇえええ!!!」
ゴリマッチョはまたもや俺を吹き飛ばそうとタックルの体制に入る。そして、一気に加速し俺に突っ込んできた。
しかし、これは勝機。
人間一度加速すれば簡単に止まることはできない。だからこいつのタックルを避けて、背後から思いっきり殴ればなんとかなるかもしれない。
だが、普通に避けてもダメだ。ギリギリまで引き付けてから、一気に背後に回る。そうしないと途中で進行方向を変えられる。そうなってしまうも、ボロボロの俺の体では二回目を避ける事は不可能。つまり、敗北だ。
「これで、しまいだぜぇぇええ!」
「今だ!」
俺は案の定目の前に突っ込んできたこいつをギリギリで避ける。そして、その瞬間足に思いっきり力を入れ、院長の首を後ろから締める。
「グエぇ?!」
勝った。これはいくらなんでも俺の勝ちだ。あとは引き剥がそうとしてくるこいつの筋力に勝てば…………。
「なんのこれしきぃ!」
院長は背後に手を伸ばし、俺の頭を鷲掴みにする。そして、血管が浮き出るほど力を入れ、俺の頭を砕こうとしてくる。
「うぎゃああぁぁぁぁぁ!」
流石に痛すぎる。
でも、いくら筋肉ダルマといえど、背後に回した腕に全力で力を込めることはできない。この程度なら死ぬほど痛くても別に死なない。
俺は痛みに耐え、首を閉める力をどんどん強めていく。
そして――――。
――――バタン。
院長は泡を吹いて倒れた。この勝負。
――――俺の勝ち。人生初勝利だ。
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