第71話


 雪はすっかり溶け、花が咲き始めた季節。


 とうとう冒険の日がきた。冒険に出ると決めてから大分年月が経った。



 自分の部屋で最後の確認をする。


 何回も冒険の練習をした。勉強もいっぱいした。……準備は出来ている。


 昨日はじっくり寝た。朝ご飯はいっぱい食べた。体調はバッチリだ。


 部屋を出て家の中を見て回る。


 家族のみんなは先に外に出ている。


 だから今は俺一人しかいない。


 色んな思い出が蘇る。


 台所で料理をする母ちゃん。


 大きな手で頭を撫でてくれた父ちゃん。


 弟たちが産まれた日は今もはっきり覚えている。


 兄弟でいたずらをして怒られた事。


 全部、全部覚えている。


 テーブルの上に手紙をそっと置いた。


 家族に宛てて書いた、初めての手紙。


 面と向かって言うと恥ずかしいから、手紙を置いておくよ。


 ……もう、時間だな。


 変換器を腰に着け、魔石を入れる。そして荷物を背負う。



「行ってきます」


 静かにドアを閉め家を後にする。


 さぁ、ルナを迎えに行こう。


 この道も何百回と通った。


 でも今日はいつもと違う風景に見える。


 ルナの家に着き、ドアの前に立つ。


 「ふぅー」と一息吐いてノックする。



「ルナ。俺だ、アレクスだ」


 しばらくしてから、足音が聞こえドアが開く。



「おはよう、アーちゃん」


「うん、おはよう、ルナ。……大丈夫か? 」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 どこか元気が無い様に見える。


 ルナはしばらく家の中を眺めてからゆっくりドアを閉めた。


 村の入口に向かい歩き始める俺とルナ。


 ルナは一度だけ振り返り立ち止まった。そして再びゆっくり歩き出した。

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