第72話


 自分の部屋で少しボーっとする。


 自分の部屋と言っても弟妹たちと一緒の部屋だ。


 でも、今は弟妹たちはいない。


 弟妹たちの騒がしい声も、お母さんの料理をする音も、お父さんの優しい声も無い。


 耳が痛いくらい静かだ。



「先に行ってるよ。後からゆっくりおいで」


 そう言って家族のみんなは先に家を出た。


 一人になってみると家が広く感じる。


 いつも誰かが居た。


「ただいま」と私が言うと。「おかえり」と誰かが返してくれた。


 大好きなみんなが居た。


 部屋を出て家の中を見て回る。


 柱には背比べの傷がある。私も毎年つけていた。


 でも私の傷はもう増えない。


 いつか弟妹たちが私の背を越すのだろうか?


 その傷を優しく触れてその場を離れる。

 

 テーブルのいつもの椅子に座る。


 座る場所はいつも決まっていた。


 向かいには両親が座り、その両隣に弟二人、私の両脇に妹二人座る。


 ご飯の時は、それはもう大騒ぎ。


「姉ちゃんの方が大きい」「これ嫌い」「水こぼした」


 思い出すだけで、胸が温かくなり自然と笑顔になる。


 産まれてから今までお世話になった家。


 嬉しかった思い出も、笑いあった思い出も、ケンカした思い出も、全部覚えている。


 テーブルに突っ伏しているとノックの音が響いた。



「ルナ。俺だ、アレクスだ」


 ……そっか、もう時間なんだね。


 もう、行かなくちゃいけないね。


 立ち上がり大きく深呼吸をする。


 いつもの匂いがする。


 この匂いは絶対、絶対に忘れないよ。


 テーブルの上に手紙を優しく置く。


 家族のみんなに、一人一人に宛てて書いた手紙。


 言いたい事がいっぱいあって、きっと途中で泣いちゃうから手紙にするね。


 ……アーちゃんを待たせちゃってるね。今度こそ行かなくちゃ。

 

 変換器を腰に着け、魔石を入れる。そして荷物を背負い、私はドアを開けた。

 


「おはよう、アーちゃん」


「うん、おはよう、ルナ。……大丈夫か? 」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 やっぱりちょっと感傷的になってるみたい。


 でも、私が自分で決めた事だから。……うん、大丈夫。 


 私はしばらく家の中を眺めてからゆっくりドアを閉めた。


 村の入口に向かい歩き始める私とアーちゃん。


 私は一度だけ振り返り立ち止まる「ありがとう。行ってきます」そう心の中で言って、そして再びゆっくりと歩き出す。

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