第65話

「えー、肉食べようよ、肉。兄ちゃんあれすきでしょ。僕も好きだし」


「僕もお肉が食べたいよー」


 弟たちからは非難の嵐が飛んできた。


 そんな光景を見て笑いながら台所に行き、料理の準備を始める母ちゃん。どこか機嫌がよさそうに鼻歌を歌っている。


「♪~♪~」


 機嫌が良くなると鼻歌を歌うのが母ちゃんのクセだ。


 俺が小さい頃は、よくおんぶをしてくれながら歌っていた。


 優しくて温かくなる歌。そんな母ちゃんの歌が俺は大好きだった。


 

「ねぇ、母ちゃん。その歌ってなんて曲なの? 」


「ん? さあねぇ、母ちゃんもわからないねぇ。もう歌詞も忘れちゃったよ」


「それじゃあ、古い歌なの? 」


「昔、村に来た行商人が歌ってたんだよ。母ちゃんがあんたぐらいの時だったかねぇ」


 そう言いながら、また鼻歌を歌いだした。


 弟たちがテーブルを拭き終わり、台所に行って母ちゃんの手伝いを始めた頃に父ちゃんが帰って来た。


 結局いつもと同じ夕飯が食卓に並ぶ。



「いただきます」


 いつもと同じ食卓にいつもと同じ料理。


 このいつもが終わる日が、近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る