第17話

「アレクス君ちょっといいですか? 」


 リリアン先生が声をかけてきた。いつものおっとりした雰囲気だか心なしかいつもより声に元気がなく、心配してくれてるのがわかる。



「オムタに行く途中に協会の休憩小屋がありますので、今日は泊まったほうが良いでしょう。暗くなる前には着くと思います。簡単な調理器具なんかもありますし、裏に川が流れているので魚もいますよ。捕まえるなら仕掛けの網がありますので使って下さい。食べる時は良く焼いてからにしてくださいね。

使い終わったら綺麗に片づけておいて下さいね。それから……」


「先生、心配し過ぎですよ。私とアーちゃんなら大丈夫です」


 数多くの子供たちに勉強を教えてきたリリアン先生だが、その多くの子供は生まれた村から出る事が無く一生を終える。中には協会に入る者や行商人等になって外に出る者もいるが、”冒険”に出た者はいなかった。



「大丈夫ですよ先生。今回は練習なんですから」


「わかってはいるんですがやっぱり心配ですよ。私のかわいい生徒なんですから。それとこちらを差し上げます」


 そう言って取り出したのは二冊の白いノートだった。



「これは私たち協会が巡回中にあった出来事を書くのに使っているノートです。これで冒険の出来事を記録するといいでしょう。書いたら読ませて下さいね」


「ありがとうございます。でも出来事を書くって言っても何書けばいいのんですか? 」


「なんでもいいんですよ。あなたたちが見た事、聞いた事、感じた事をそのまま書いて下さい。そうですね、冒険日記という感じでしょうか」


 最後にアレクスとルナをぎゅっと抱きしめ「お二人の無事を祈ってます」と言って離れた。



「んじゃ、俺も先生らしい事を少しはやるか。変換器の特性をおさらいしよう」

 

 リリアン先生と入れ替わりガロッゾ先生が二人の前にやって来た。



「変換器ってのは身に付ければ、力、体力が向上し、ケガなんかも直ぐに治してくれる。でも千切れたりしたらダメだからな。ああ、あと毒なんかもある程度防いでくれるから病気になりにくくなる。要するに冒険には必需品ってわけだ」


「そんなに凄いなら冒険の必需品ってよりは、生活の必需品って感じですけど? 」


「変換器は田舎ほど普及率が高い、協会が田舎に優先的にまわしているからな。都会と比べると人が少ないし危険だから、自衛できるようにって事だ。逆に人が多い町なんかでは兵士等の専門職なら持っているな。他は金持ちも持ってるな。本当に必要かは知らんがな。……話を戻すぞ。変換器に必要な魔石だが、ケガや病気を治す時に激しく消耗する。魔石が無くなると荷物を背負うのだって一苦労する事になるぞ。まぁ要するにケガなんかしないで元気に帰って来いって事だ」

 

 そう言うとガロッゾ先生は二人の頭を乱暴に撫でた。そのぶっきらぼうな手つきに二人は頭をグワングワンとしながらも、くすぐったそうに笑っていた。しばらくして頭から手を離して「がんばれよ」と言って離れた。


 技術のイリアム先生と医療のエイトリン先生は忙しくて来れないので、昨日のうちに挨拶を済ませておいた。



「アレクス、ルナちゃんと一緒なんだから無茶だけはするなよ。危険だと思ったら戻ってきて次の機会にしろ」


「うん」


「アンリには前もって手紙でお前らが行く事を伝えているからな」


「うん。わかった」


「あとは、……えーと、そのなんだ。怪我に気を付けて行って来い」


「うん! 行ってきます! 」


「兄ちゃん、行ってらっしゃい! 」


 アレクスは家族に出発の挨拶を終えてると、荷物の最終確認をする。



「ルナ、怪我に気を付けてね」


「大丈夫だよ、お母さん」


「こっちの事は大丈夫だから楽しんできなさい」


「うん、ありがとうお父さん」


「お土産よろしくね~」


「はいはい。行って来るね」


 ルナは両親と兄弟たちを一度抱きしめ、最後の準備に取り掛かる。


使い慣れた長袖の服に長ズボン、革製のブーツ、フードが付いた肩掛けマント、二人共同じ服装にした。


 二人は自分の荷物を確認して、変換器を腰に巻き魔石を入れると力が湧き体が軽くなった。ずっしりと重たかったはずの荷物を軽々と背負い村の入口に立った。


 二人は振り向き出発の挨拶をした。



「それじゃ行ってきます」


「アレクス君、ルナをお願いね」


「はい。任せて下さい」


 手を振りながら村を出発する二人。何回も振り返って見たが家族と先生たちの姿とはいつまでもあった。

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