第42話 決着の時

「ハァ……ハァ……! クソッ!」


 十代前半くらいの少年が、少女の手を引きながら暗闇を走る。

 そこは、滅多に人が通らない路地裏の一角だった。


 手を引かれる少女は、顔中にびっしりと汗を噴き出しながら荒い呼吸を繰り返す。

 じきに限界が訪れ、足が止まった。


「ま、待って……お兄ちゃん」

「ユキ! 早く逃げないと奴らが来るぞ!」

「ご、ごめん……でも、私……もう、限界……」


 少年の妹ユキは、兄ほど体力がなかった。

 少年のほうも限界は近いが、先にダウンしたのは少女。

 苦しそうに膝を地面に突け、ポタポタと大量の雫を垂らす。


 それを見た少年が、表情を歪めた。


「ユキ! ……ぐっ! なんで、こんなことに……」


 右手を痛いくらい握る。

 日焼けのあとが残る手も、握力が強くなるほどに白身を帯びていった。

 少年の怒りは、徐々に高まる。それに比例して、声も大きくなった。


「あれだけ順調だったのに、どうして設置した魔法道具が!」


 気づいたのは先ほどのこと。


 ひっそりと魔法道具を無力化しながら後宮の一角に設置した魔法道具が、急に反応しなくなった。

 いつもなら微量な魔力を観測し、魔力を放出する魔法道具を使って後宮の魔法道具を壊していたが、その日だけ魔法道具の反応がなかった。


 手元の探知用魔法道具で何度も確認し、実際に魔力を流して反応を観察したから分かる。

 あの魔法道具が、何者かに取り外されたのだ。


 要するに、誰かが仕掛けたことだとバレた証。


 気づいた時には、妹のユキを連れて逃げ出していた。

 逃げる先は住んでいるボロ家じゃない。この街にすら、少年はいたくなかった。


 理由は単純明快。


 今回の話を持ち掛けてきた連中に、口封じで殺されると思っていたからだ。

 後宮なんて危険な場所に魔法道具を無許可で設置する連中。そんな奴らが、まともであるはずがない。


 彼らを恐れた少年は、ひとまず荷物をまとめて夜逃げをする。

 そのための資金は、前金としてもらっていた。


 あとは荷物をまとめて街を出るだけだ。


「お兄、ちゃん……先に、行って。準備をして、先に……」

「お前を置いていけるかよ! 背負ってでも連れて——」


「お、発見。やっぱ人通りの少ないこの道を使ったか」


「ッ⁉」


 二人の会話を遮り、暗闇の中から出てきたのは、屈強な体格の男性だった。

 男の後ろには覆面を被った仲間が二人。計三人の男たちに囲まれる。


「お前たちは……」

「よう。前に魔法道具と金をやった以来だな」

「何の用だ」


 できるだけ自分たちの失敗を隠そうとするが、男は冷静に、楽しそうに笑った。


「馬鹿だなぁ。お前たちのミスに俺が気づかないとでも思ったのか? お前たちに持たせた魔法道具には、機能を停止したら分かるように細工してあったんだよ」

「なっ⁉ 俺たちを監視してたのか!」

「当たり前だろ。お前らみたいな薄汚ねぇガキ共を本気で信用するとでも? お前らはただの保険だ。標的の中には、優れた付与師がいるからな」

「ふざけんな! 俺たちは必死に、お前たちの言うとおりに……」

「失敗したくせに偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」


 男が動いた。

 少年が反応より速く、少年を蹴り飛ばす。


 体格差が大きい。防御の体勢を取ったが、少年はあっさりと吹き飛ばされてしまった。


 地面を転がり、苦しそうに悶える。


「お兄ちゃん!」


 妹のユキは急いで兄の下へ駆け寄った。


「ふんっ。元はと言えば、お前たちが何度も何度もしつこく魔法道具を壊すからバレるんだよ。俺ぁ言ったよなぁ? 一度壊したら、あとは様子見で反応を見ておけって。なのに、ビビッて遠隔でぶっ壊し続けるから……チッ」


 男はゆっくりと少年たちの下へ歩み寄る。

 少女の前に立つと、少女の腕を掴んで無理やり引き寄せた。


「てめぇらのせいでこっちは損害が出るんだ、少しでも回収しないとなぁ」

「ユキに何しやがる! その手を離せ!」

「うるせぇよ」


 男は再び少年を蹴り飛ばした。

 吹っ飛ぶ少年を見て、妹のユキは声を荒げる。


「やめて! お兄ちゃんに乱暴しないで! 私なら頑張るから! だから、お兄ちゃんには……」

「ははっ。兄妹愛ってやつか? 面白いな。お前なら少し頑張れば娼館で働けるだろうよ。非合理だから、客層は最悪だけどなぁ! ギャハハハ」


 男は高らかに笑いながら踵を返す。もう少年に用はない。部下に指示を出し、少年を捕まえるよう命令した——ところで。

 二人の人影が、彼らの前に立ちはだかった。




「あーあ。犯人を上手く追いかけられていると思ったら、とんだ事件に遭遇したもんだ」

「ふふ。でも間に合ってよかったですね、ユークリウス様」




「だ、誰だてめぇら!」


 男たちの前に現れたのは、若い男女。そして——ぞろぞろと並ぶ騎士たち。

 最初こそ気づかなかったが、どんどん後ろのほうから影が増える。

 それが騎士団だと分かると、男の顔色が一気に悪くなった。


「ま、まさかてめぇ……騎士団の?」

「いえ。わたくしはあなたが狙っていた標的だと思いますよ? もしくは、ユークリウス様でしょうか?」

「標的? いや、ユークリウス? ってことは……」


 男は相手が誰なのか理解した。理解した途端、少女の首にナイフを当てる。


「くそったれが! この女がどうなってもいいのか⁉ 殺されたくなきゃ、道を開けろ!」

「判断が早いね。さすが悪党。——でも、残念」


「がっ⁉」


 突然、ユークリウスが呟いた途端に男が少女を手放した。

 全身を震わせながら地面に倒れる。


 少女もまた、苦しそうに動けないでいた。


 それを見下ろすユークリウスの手には、不思議な筒状のものが握られている。

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