第38話 は、はめられた!?

「就……職先?」


 俺の提案に、少年は首を傾げた。


「そう、就職先。仕事が見つかればお金も稼げるだろう? 暮らしには金が絶対に必要になる。だから、俺の伝手で仕事を紹介できないかな、と」

「ど、どうしてそこまで? 見ず知らずの私たちに、力を貸そうとするんですか?」


 今度は妹のユキが訊ねた。表情には怪訝な感情が見え隠れしている。


「どうして……か。別に深い事情はないよ。俺自身、大変な状況を彼女——エルに救われてね。困ってる人をただ見てるのも嫌だし、力くらいなら貸したいと思ったんだ」

「ふふ、懐かしい話ですね」


 エルネスタはくすりと笑った。

 きっと彼女の脳裏には、懐かしい学園での生活や、その後の展開が過っていることだろう。


 俺もまた、少しだけ彼女との出会いを思い出した。


「あなたも、苦労されたんですか?」

「君たちほどじゃないけどね。住み慣れた国を、家を追い出されて帝国に来た。彼女がいなかったら、今頃はどんな生活をしていたことか」

「そんな……大変じゃないですか」

「ううん。それでも俺は救われた。だから、今度は誰かを救いたいんだ。君たちさえよければ、ね」


 ジッと少年の顔を見つめる。

 対する少年は、先ほどの悪態が嘘のように消え、どこか気まずい顔を作った。


「お、俺たちは……もう、仕事は決まってるんだ」

「お兄ちゃん」


 妹のユキが、やや声を張り詰めて兄を見つめる。

 兄のほうも妹を見つめた。首を横に振り、二人にしか分からない何かを伝え合う。


「あんたがいい奴なのは分かったよ。悪かったな、生意気なことばっかり言って」

「気にしないで。知り合いでもない相手には警戒するのが正しい判断だ」

「ありがとう。でも、仕事の件は大丈夫。俺たちは俺たちで何とかするからさ」

「……そっか。大丈夫そうならいいんだ。お節介だったね。お詫びに、ここでは好きに食べてくれ。全部俺の奢りだよ」


 そう言って彼らにメニュー表を手渡す。

 最初こそ遠慮していた彼らも、俺が沢山の料理を注文すると、それを夢中になって食べていた。

 その様子を眺めていると、不思議と心が洗われる。


 だが……彼らの仕事ってなんだろう。怪しい内容じゃなきゃいいけど。


 少しだけ、彼らのことが心配になるのだった。











「お兄ちゃん、本当によかったの?」


 ユークリウスたちと別れたあと、帰り道を歩きながら妹のユキは兄に訊ねた。

 その後ろ姿が、わずかにびくりと震える。


「しょ、しょうがねぇだろ、本当に仕事はあるんだから」

「危険だよ。私は今でもやめるべきだと思ってる」

「馬鹿言うな! 後宮に魔法道具を設置してこいなんて言う連中だぞ! 今更断ったら何をされるか……」

「だったら、あの人たちを頼ればいいんだよ! あの人たちもそれを望んでたし」

「ダメに決まってる! あんな、俺みたいな奴にも優しくしてる人たちに、迷惑なんてかけられねぇ。これは俺の責任だ。最後まで仕事はする。そんでもって、俺たちは幸せになるんだ。お前のことだって俺が守る。だから、もうこの話はするな」

「お、お兄ちゃん……」


 妹のユキの言葉を無視して、少年は足早に帰路に就いた。

 その背中を見つめながら、ユキは小さく呟く。


「私は……お兄ちゃんと一緒に、ただ笑いあえるだけでよかったのに」


 彼女の中には不安ばかりがよぎっていた。

 何か、大きな問題に巻き込まれているような、そんな不安が。


 しかし、今更退けないのはそのとおりだった。ユキもまた、兄のために背中を追いかける。











「いい兄妹でしたね、ユークリウス様」


 馬車で後宮へ戻る途中、隣に座ったエルネスタがそう言った。


「あの子たち? ……そうだね、なんだか微笑ましくなったよ」

「私としては、あんな風に仲がいい兄妹を産みたいと思っています。ユークリウス様は、子供は何人欲しいですか?」

「えっ……い、いやぁ、どうだろう……」


 大変答えにくい質問が飛んできた。


 俺は別に何人でもいい。しいて言うなら、子供たちが寂しくないように兄妹であるべきだろうが、それだと継承権問題とかも発生して、やがて争うことになりかねない。

 皇族である以上は、一人息子とか一人娘くらいがちょうどいいのかな?


 もしくは娘だ。

 娘ならほぼ継承権は持たない。争いとは無縁の所で幸せに暮らしてほしい。


「女の子だったら、ややこしいしがらみもなく暮らせるかな?」

「どうでしょうね。わたくしはそれなりに自由に暮らせていますが、誰もがそうであるわけじゃない。第一皇女はそれなりに忙しいですよ」

「確かに」


 今までエルネスタの姉とはほとんど顔を合わせたことがない。

 いつもせっせと仕事をしてるし、何よりかなり特殊な人のようだ。合ってみたいと言うとエルネスタが微妙な顔をするくらいには。


「まあ、わたくしの子供は自由に育てますけどね。生意気にならない程度に、自由に」

「それが一番だね」

「では早速、許可をもらったので大切な夫婦の営みをしましょう」


 するりと彼女の手が俺の腕を掴む。ぎゅっと抱き締められた。


「は、はめられた⁉」


 一言もそんなこと言ってないのに!


「はめられるのはわたくし……というのはまあ、置いといて。ふふ。熱い夜を過ごしましょう。最近、問題が多すぎてストレスが溜まってますし」

「も、問題の解決が先決だと思います!」


 必死に彼女の誘惑を振り払い、俺の声が馬車の中でよく響いた。

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