第37話 過酷な者たち

 複数の男性たちに暴力を振るわれていた少年と少女を助ける。

 厳密には、彼らを助けたのは俺じゃない。殴られそうになっていた俺を含めて、エルネスタが拳と権力で解決してくれた。


 エルネスタにおもいきり殴られた男を含めて、虐めを行っていた連中は騎士たちに拘束される。

 騒ぎを聞きつけた衛兵たちに彼らを引き渡し、俺もエルネスタも、少年と少女を連れてカフェに赴いた。


 俺が彼らと話をしたい——という気持ちを、エルネスタが汲んでくれた。


 席に座り、やや緊張した面持ちで少女が真っ先に頭を下げた。


「た、助けていただき、ありがとうございます!」

「気にしないでください。ね?」


 答えたエルネスタが俺を見る。

 こくりと頷いた。


「うん。俺なんて足を引っ張る結果になったし。助けたのはエルネ……エルだから」


 危うく彼女の正体を口走りそうになった。

 皇女様がこんな所にいると思われても困るし、前に使った偽名で呼ぶ。


 エルネスタはこちらの意図を察している。何も反応は見せない。


「最初にお兄さんが助けてくれたおかげで、私も彼も助かりました。お礼を言わせてください」

「ふんっ。誰も助けてくれだなんて言ってないけどな」


 少女と違い、少年のほうはぷいっと顔を逸らしながら生意気な態度を見せる。

 見たとこ、歳は十五歳くらいかな。俺より少しだけ若いように見える。

 年齢的にも思春期だ。特に俺は気にしない。


 だが、彼と仲がいい少女のほうは怒り顔を浮かべた。


「もう! なに言ってるのよ、お兄ちゃん! この人たちがいなかったら、お金、奪われていたんだよ⁉」

「あ、あんな連中、俺一人でもなんとかなったさ! 舐めんな、ユキ!」


 少女の名前はユキというらしい。そして、二人は兄妹だった。

 どうりで仲良しなはずだ。


「蹴り飛ばされてたくせに偉そ~」

「あれは! あいつらから卑怯な真似をしてきたんだ! 正面から戦えば俺だって……」

「まあまあ。喧嘩しないで。とりあえず何か食べよう。君たちには聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと、ですか?」


 ユキと呼ばれた少女が首を傾げる。

 俺はできるだけ人当たりのいい笑みを作りながら言った。


「うん。君たちはどうして絡まれていたのかな、と」


 別に重要な話ではない。普通なら彼らとはここで別れるのが一般的だ。


 しかし、俺はなんとなく彼らを見捨てられなかった。見たとこ、今日の生活にも困る様子だ。

 話を聞いて、孤児院にでも連れて行きたい。帝都は大きいから、孤児院の一つや二つくらいある。


「俺らがあいつらに何かやったとでも言いたいのか!」

「違う違う。どちらかと言うと、君たちのことを知りたいんだ。親御さんは?」

「……いねぇよ、そんなの」

「いない……となると、孤児なのかな?」

「それがなんだ! てめぇには関係ねぇだろ!」

「お兄ちゃん! いい加減にして! 恩人に対する態度じゃないよ!」


 あまりにも口の悪い兄に、妹のユキが烈火のごとく怒る。

 だが、兄のほうも負けていない。顔を歪めて声を荒げた。


「だから言ってんだろ! 俺は助けてくれなんて言ってねぇ! そもそも、なんで俺たちのことなんて聞きたがるんだ! 怪しいだろ!」

「それは……きっと、何か理由があるんだよ。ですよね?」


 妹のユキはやや不安そうな顔色で俺に訊ねる。


「そうだね。俺は君たちを孤児院に連れて行きたいと思ってる」

「孤児院?」

「はっ! なんであんな場所に。管理されて生きるのなんざごめんだぜ。俺らは二人だけで生きてきた。今更、どの面下げて……!」


 なるほど。兄のほう、なぜこんなにも反抗的な態度なのかと思ったが、過去にいろいろあったのだろう。


 両親に捨てられ、誰も頼れる者がいない中、必死に兄妹だけで生きてきた。そこには、苦労をしていない俺には想像すらつかない苦難の道があったはず。

 それを考えると、俺も下手なことを言ったな、と反省する。


「そっか。ごめんね。君たちには、君たちなりの生き方があるんだね」

「そうだ。どうせ誰も信用できねぇ。孤児院なんて、体よく子供を育てている——と思い込む大人がいるにすぎない。あいつら、自分の考えどおりにいかないと暴力を振るいやがる。腐ってんだよ、この国は」

「ッ。今の話、本当ですか?」


 まさかの情報にエルネスタが顔をしかめる。

 彼の話が本当なら、皇女として看過できないだろうな。


「ああ。実際、俺もユキも一度は孤児院に入ったことがある。けど、環境は劣悪。虐めは起こるし、大人たちは暴力を振るうか見て見ぬふりをする。結局、成長した奴は売られ、特に女は変態にしか買われない。それが今の孤児院の現状なんだよ」

「……なるほどね」


 それも孤児院へ入りたくない理由か。

 確かに、孤児を引き取る分には何ら法律には反しない。むしろ道徳的な行いとすら言われる。


 が、その裏では凄惨な末路を辿る者も少なくない……。

 それを、俺もエルネスタも一応は知っていた。知っていながら、可能性は低いだろうと口にした。


 本当に、俺はどうしようもない大人だ。

 考えを改めて、ならばと新たな提案をする。せめてもの恩返しに。




「なら、就職先くらいは斡旋できると思うよ?」

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