第35話 おかしいだろ!?

 エルネスタと共に部屋に戻る。


 魔法道具の回収は後回しだ。今、あれらに触れると怪我をしかねない。

 おまけに、近くに魔法道具を壊した犯人がいるかもしれない。それを警戒し、真っ先に俺はエルネスタを連れて引き返した。


 ソファに座り、ホッと息を吐く。


「これで三日連続。魔力の反応からして、人為的である可能性が高まったね」

「どうしますか? 何か対策をしないと、相手の思うつぼです」

「うーん……相手がどうやって魔法道具を無効化できるのか分からないからなぁ。対策の立てようがないよ」


 これが物理的に破壊してるとか、魔法道具自体に何かしらの細工が施されているなら分かる。

 魔法式を見れば不可解な点を発見できるし、止めようはいくらでもある。


 だが、直した魔法道具には何も細工はされていなかった。おまけに、壊れる瞬間を目の前で見ていたが、特に誰かが魔法道具に近づいた様子もない。

 確実に遠隔から相手は魔法道具に何かしらの干渉ができると考えるべきだろう。

 その場合、方法が分からない俺にはお手上げだ。


 エルネスタも同じ気持ちだろう。表情は暗い。


「いっそ、魔法道具を外してみますか?」

「相手の意表を突くことはできるね。けど、壊れない魔法道具まで取り外しちゃうと、それこそ警戒のしようがなくなる」


 エルネスタの意見は、あくまで相手に何も目的がない場合のみ有効だ。

 仮に皇族の暗殺や俺の誘拐が目的だった時、作戦は意味を成さない。


「一番いいのは、どうやって魔法道具に干渉してるか分かることなんだよね。それさえ分かれば、逆に妨害用の魔法道具を作れるかもしれない」

「妨害用の魔法道具?」


 こてん、とエルネスタは首を傾げた。

 彼女に説明する。


「例えばの話をすると、相手が特殊な魔力の波長を飛ばしていた場合、それをブロックする魔法道具を作ればいいんだ」

「ずいぶんピンポイントな話ですね」

「ああ。効果を絞ったほうがよりよい結果が生まれる。そういうものだよ、魔法っていうのは」

「確かに……」


 言われてみれば、とエルネスタは納得する。


 しかし、これはあくまで考えの一つ。結局のところ、相手の手段が分からないことには対策など立てられない。

 一周回って手詰まり状態へ戻る。


「とりあえず、その話を含めてもう一度、オスカーさんの所へ行こうか。何か分かるかもしれない」

「そうですね。今日のところはゆっくり休み、こちらでは警備の人員を増やしておきます」

「お願いするよ。エルネスタに万が一のことがあったら、俺は気が気がじゃないからね」

「ま、まあっ」


 エルネスタが頬を赤くして口を手で覆う。


 あ、やべ。失言だったか。


 彼女がこういう反応をする時は、大抵押し倒される時だ。

 内心ドキドキとうるさい心臓を抑えながら、彼女の様子を眺める。


 エルネスタはややあって口を開いた。


「ありがとうございます、ユークリウス様。わたくしもユークリウス様のことが何よりも大切です」


 そこはお父さんとかお母さんって言っておこうよ。可哀想だよ。


「大切ですので、しばらく、ずっと一緒にいないといけませんね」

「え?」

「わたくしたち二人は、お互いのことを常に考えています」


 常に考えているとは言ってないけど、まあ概ねそのとおりではある。

 ツッコみは無粋だと判断し、心の中だけに留めた。


 エルネスタは話を続ける。


「加えて、我々はどちらが狙われてもおかしくない」

「だね。エルネスタは皇族。俺は付与師。少しだけ危険な身だ」

「ですから、常にお互いが一緒に行動すれば、リスクを下げられると思うんです!」

「な、なるほど」


 彼女の欲望がちらちらと見え隠れしてるが、言ってることは実に正しい。

 分散すると人件費も余計にかかるし、いざという時に判断が鈍る。

 今回の件は付与師の俺が大きく動かざるを得ないから、傍にエルネスタがいると報告は楽だ。


 どう考えても、彼女の意見は正しい。


「決まりですね。これからしばらくは、わたくしの傍を決して離れないでくださいね」

「風呂とか、トイレ以外は?」

「トイレ以外です。あ、別にトイレが一緒でもわたくしは構いませんよ」

「俺が嫌だよ⁉」


 油断はいけない——と思われるだろうが、それでもさすがにトイレまで一緒なのはまずい。倫理観とか、周りの目からいろいろね。


「ぶぅ。残念です」


 本気で残念そうにしているエルネスタから視線を外し、俺はせめてもの妥協案を挟む。


「風呂、トイレ以外だね」

「トイレ以外です。お風呂はよく一緒に入っているでしょう? 今更恥ずかしがらないでください」

「無茶言うなよ!」


 エルネスタの意志は頑なだった。


 その後も必死に彼女を説得しようとするが、絶対にそこだけは退けないと言わんばかりに、逆に俺が説得されてしまった。


 あぁ……意志の弱い俺を愚か者だと罵ってくれ。

 彼女のことが、今では好きなんだ。


 がっくりと肩をすくめて、俺はいろいろ諦めるのだった。

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