第34話 大きな疑惑
オスカーさんから魔力を感知する魔法道具を借りた。
これが今回の騒動を解決する糸口になればいいのだが……。
余計な不安を抱えた状態で後宮に戻る。
ひとまず、直したいくつかの魔法道具を後宮内に設置して、俺とエルネスタは休む。
少なくとも俺と彼女が眠る時間——深夜頃から朝方にかけて魔法道具は壊れるはずだ。
そのために、わざわざ夜更かしをしてまで、俺と彼女は魔法道具の傍で待機した。
ここから、あとは根気のいる確認作業に入る。
☆
「ふぁ……さすがに、少しだけ眠いですね」
俺の傍でエルネスタが欠伸を漏らした。
皇女らしく口元は隠していたが、目がわずかに細くなっている。瞼が重いのかな。
「別にエルネスタは寝ててもいいんだよ。魔法道具を持つ俺さえ起きていれば」
「そうもいきません。ユークリウス様が頑張っているのに、婚約者のわたくしが寝ているなんておかしいでしょう?」
「おかしいかな?」
「おかしいんです。それに、あのベッドで一人眠るのは寂しいです」
「エルネスタ……うん、そうだね。その意見には俺も同意するよ」
帝国に来てからというもの、俺は毎日エルネスタと一緒に寝ている。
無論、やましい意味じゃない。やましい意味の時もそれなりに多いが、今の話は違う。
普通に寝ているだけだ。そして、それが今や当たり前となっている。
俺もエルネスタが傍にいないと寂しくなる。すっかり、彼女に絆されてしまったらしい。
内心で過去の自分と今の自分を比べながら笑っていると、ふいに、近くに置いてあった魔法道具に違和感が生まれた。
じじじ、という音を立てて、魔法効果が薄れていく。厳密には、明かりの魔法道具が点滅を始めた。
「ッ! きたか」
俺は咄嗟にオスカーさんから借りた魔法道具を起動させる。
表面に——凄まじい魔力が描かれた。
「な、なんだこれは……」
商業ギルドで見た波長より遥かに大きな魔力を観測した。
並みの大きさが通常の魔法道具の倍以上ある。
完全に異常事態だ。
「ど、どうなっているんですか? これはいったい……」
「おそらく、魔法道具に干渉するためだろうね」
「魔法道具に?」
意味が分からずエルネスタは首を傾げる。
俺は故障するかもしれない魔法道具を見ながら説明した。
「単純な話さ。魔法道具に刻まれた魔法式は、簡単には壊せない。あれは魔力や魔法の塊と言えるようなものだからね。それを壊す、もしくは干渉しようとすると、かなりの量の魔力が必要になる。だから、感知した魔力量が異常に見えるんだ」
「そんな……では、これはやはり?」
「人為的である可能性が高いね」
ハッキリと魔力による影響を受けているなら、それほどの魔力量が自然に発生するとは思えない。
加えて、明確に魔法道具のみを狙い撃ちした干渉だ。無差別な災害系ならこうはいかない。たぶん、俺が持ってる魔法道具にも干渉されるはずだ。
しかし、オスカーさんから借りたこの魔法道具には、なんら影響は出ていなかった。
「誰がこんな真似を……」
「それはまだ分からないけど、後宮に手を出すくらいだ、まともな人間じゃないのは確かだね」
予想だと犯罪者組織が裏にいる。
単独犯である可能性は低い。仮に単独犯なら、後宮や皇族に恨みを持つ者?
誰だろう。帝国に来てまだ日が浅い俺には分からない相手だ。
「ひとまず部屋に戻ろう。あの魔法道具は明日また直すしかない」
「え? 解除していかないんですか?」
「今下手に手を出すと、故障とかち合って怪我をするかもしれないだろ? どうせ間に合わないさ。どんどん魔力が大きくなっていく」
「あー……分かりました。それが一番ですね」
納得した彼女を連れて俺は部屋に戻る。
☆
ユークリウスとエルネスタが部屋に戻っている頃。
後宮の外では、二人の男女が肩を並べて手元の板を見つめていた。
板には、いくつかの青い反応——点が表示されている。
しばらくすると、その点のいくつかは消滅した。それを見て、男のほうがにやりと笑う。
「はっ。三日連続で成功だな。これなら充分な結果だと言える」
彼の言葉に、隣に並ぶ女性がこくりと頷いた。
「だね。でもいいの? こんなことして、バレたらきっと怒られるだけじゃ済まないよ」
「なに言ってんだ。せっかく巡ってきたチャンスだぜ? ただ忍び込んで魔法道具を設置する、それだけの作業だ。誰も気づいてねぇみたいだし、あとは頼まれてた日に設置した魔法道具を起動させれば終わりよ。何をするのか知らねぇが、俺たちは大金さえ手に入ればそれでいい」
「そうだけど……なんだか、怪しい話だなぁ」
女性のほうは男性ほど乗り気ではなかった。
目の前にある後宮の壁を見つめながら、おどおどと不安そうな表情を浮かべる。
それを見た男は、チッと舌打ちしてから板を懐に戻す。
くるりとその場で反転すると、さっさと歩き始めてしまった。
その背中を女性が追いかける。
二人は闇の中へと消えていった。
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