第34話 大きな疑惑

 オスカーさんから魔力を感知する魔法道具を借りた。

 これが今回の騒動を解決する糸口になればいいのだが……。

 余計な不安を抱えた状態で後宮に戻る。


 ひとまず、直したいくつかの魔法道具を後宮内に設置して、俺とエルネスタは休む。

 少なくとも俺と彼女が眠る時間——深夜頃から朝方にかけて魔法道具は壊れるはずだ。

 そのために、わざわざ夜更かしをしてまで、俺と彼女は魔法道具の傍で待機した。


 ここから、あとは根気のいる確認作業に入る。











「ふぁ……さすがに、少しだけ眠いですね」


 俺の傍でエルネスタが欠伸を漏らした。

 皇女らしく口元は隠していたが、目がわずかに細くなっている。瞼が重いのかな。


「別にエルネスタは寝ててもいいんだよ。魔法道具を持つ俺さえ起きていれば」

「そうもいきません。ユークリウス様が頑張っているのに、婚約者のわたくしが寝ているなんておかしいでしょう?」

「おかしいかな?」

「おかしいんです。それに、あのベッドで一人眠るのは寂しいです」

「エルネスタ……うん、そうだね。その意見には俺も同意するよ」


 帝国に来てからというもの、俺は毎日エルネスタと一緒に寝ている。

 無論、やましい意味じゃない。やましい意味の時もそれなりに多いが、今の話は違う。


 普通に寝ているだけだ。そして、それが今や当たり前となっている。

 俺もエルネスタが傍にいないと寂しくなる。すっかり、彼女に絆されてしまったらしい。


 内心で過去の自分と今の自分を比べながら笑っていると、ふいに、近くに置いてあった魔法道具に違和感が生まれた。

 じじじ、という音を立てて、魔法効果が薄れていく。厳密には、明かりの魔法道具が点滅を始めた。


「ッ! きたか」


 俺は咄嗟にオスカーさんから借りた魔法道具を起動させる。

 表面に——凄まじい魔力が描かれた。


「な、なんだこれは……」


 商業ギルドで見た波長より遥かに大きな魔力を観測した。

 並みの大きさが通常の魔法道具の倍以上ある。

 完全に異常事態だ。


「ど、どうなっているんですか? これはいったい……」

「おそらく、魔法道具に干渉するためだろうね」

「魔法道具に?」


 意味が分からずエルネスタは首を傾げる。

 俺は故障するかもしれない魔法道具を見ながら説明した。


「単純な話さ。魔法道具に刻まれた魔法式は、簡単には壊せない。あれは魔力や魔法の塊と言えるようなものだからね。それを壊す、もしくは干渉しようとすると、かなりの量の魔力が必要になる。だから、感知した魔力量が異常に見えるんだ」

「そんな……では、これはやはり?」

「人為的である可能性が高いね」


 ハッキリと魔力による影響を受けているなら、それほどの魔力量が自然に発生するとは思えない。

 加えて、明確に魔法道具のみを狙い撃ちした干渉だ。無差別な災害系ならこうはいかない。たぶん、俺が持ってる魔法道具にも干渉されるはずだ。


 しかし、オスカーさんから借りたこの魔法道具には、なんら影響は出ていなかった。


「誰がこんな真似を……」

「それはまだ分からないけど、後宮に手を出すくらいだ、まともな人間じゃないのは確かだね」


 予想だと犯罪者組織が裏にいる。

 単独犯である可能性は低い。仮に単独犯なら、後宮や皇族に恨みを持つ者?

 誰だろう。帝国に来てまだ日が浅い俺には分からない相手だ。


「ひとまず部屋に戻ろう。あの魔法道具は明日また直すしかない」

「え? 解除していかないんですか?」

「今下手に手を出すと、故障とかち合って怪我をするかもしれないだろ? どうせ間に合わないさ。どんどん魔力が大きくなっていく」

「あー……分かりました。それが一番ですね」


 納得した彼女を連れて俺は部屋に戻る。











 ユークリウスとエルネスタが部屋に戻っている頃。

 後宮の外では、二人の男女が肩を並べて手元の板を見つめていた。

 板には、いくつかの青い反応——点が表示されている。


 しばらくすると、その点のいくつかは消滅した。それを見て、男のほうがにやりと笑う。


「はっ。三日連続で成功だな。これなら充分な結果だと言える」


 彼の言葉に、隣に並ぶ女性がこくりと頷いた。


「だね。でもいいの? こんなことして、バレたらきっと怒られるだけじゃ済まないよ」

「なに言ってんだ。せっかく巡ってきたチャンスだぜ? ただ忍び込んで魔法道具を設置する、それだけの作業だ。誰も気づいてねぇみたいだし、あとは頼まれてた日に設置した魔法道具を起動させれば終わりよ。何をするのか知らねぇが、俺たちは大金さえ手に入ればそれでいい」

「そうだけど……なんだか、怪しい話だなぁ」


 女性のほうは男性ほど乗り気ではなかった。

 目の前にある後宮の壁を見つめながら、おどおどと不安そうな表情を浮かべる。

 それを見た男は、チッと舌打ちしてから板を懐に戻す。


 くるりとその場で反転すると、さっさと歩き始めてしまった。

 その背中を女性が追いかける。

 二人は闇の中へと消えていった。

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