第32話 嫌な予感
オスカーさんが出した結論に、俺は強く同意する。
「オスカーさんもそう思いますか」
「ええ。どう見たって魔法式が破損しただけ。それ以外の何物でもない」
「でも……」
そう。でも、だ。
確かに故障した理由は、オスカーさんが言ったように「魔法式の劣化。あるいは破損」が原因である。そこに疑う余地はない。
だが、問題になるのはその先。
「どうして連続して魔法道具が壊れるのか。それが聞きたいのでしょう?」
「はい」
俺が何時間をかけても答えに行き着けなかった謎。
オスカーさんも同じく首を傾げた。
「率直に言うと、俺にも分かりません」
「オスカーさんでも?」
「原因はハッキリしてるのに、直した翌日に壊れるなんて異常だ。ユークリウス様の技量は完璧だし、修復を間違えるはずもない。となると……外部からの干渉しか考えられない」
「俺も真っ先に出た結論はそれです。しかし……」
「後宮にある魔法道具を意図的に壊す愚か者がいるのか」
「ですね。普通に考えて自殺行為だ」
皇族の住む後宮に下手な嫌がらせなんてしたら、それは極刑に値する不敬だ。
たかが魔法道具を壊したくらいで何を——と思うだろうが、この時代の価値観は俺の知る前世の世界とは異なる。
皇族は国の頭。国の全て。犯罪者を取り締まるための細かい法なんて存在しないし、倫理観も低い。
だから皇族に何か手を出せばすぐに首が飛ぶ。
しかもただの玩具じゃない。魔法道具は、下手すると人命に関わるものもある。
それを考慮すると、今回の件に犯人がいるとしたら、見つかった途端に斬首の可能性はある。
被害は今のところ魔法道具のみなので、情状酌量の余地はあるが、それも判決を下す皇族次第。
エルネスタやその姉、もしくは兄や皇帝が処刑を命じれば、こんな小さな問題でも大事になる。
さすが異世界。物騒だね。
名も顔も知らない、そもそも存在するのかどうかも怪しい犯人の未来を憂いた。
自業自得だとは思うが、少しばかり同情するのが人の性よ。
「ちなみにですが、後宮で最近おかしなことは起こっていませんか? 魔力障害とか」
「いえ、何も。平和なものですよ」
オスカーさんの問いに答えたのはエルネスタだ。
ううむ、とオスカーさんは顎を何度も撫でる。考える際の癖かな?
「後宮内は平和。二日連続で魔法道具は壊れるものの、被害は魔法道具のみ。人命に関わるわけでもなく、ただ魔法道具が壊れるだけ……か」
「考えれば考えるほど、犯人がいるなら意図が読めませんね」
しいて言うなら、後宮の魔法道具で何かしらの実験を行っているとか?
いやまさかな。
よそで実験するならともかく、警備が厚く、リスクしかない後宮で実験するメリットなどないだろう。
……もし、それがあるとしたら?
相手の狙いが、後宮でしかできないこと、あるいは後宮でやることに意味があるとか?
何が目的だ? その場合、何をされたら嫌になる?
エルネスタの命。皇帝、ならびに第一皇女、第一皇子。
——ないな。魔法道具に刻まれた魔法式を削る程度の悪戯が、人命を奪えるはずがない。
やるなら魔法道具に爆弾でも設置する。少なくとも俺なら、魔法道具を壊すのは、壊したい理由が……ある、から……。
そこまで考えて、俺は一つの答えを得た。
あっているか分からないが、なんとなく嫌な答えが出た。
それは……後宮の魔法道具を一時的に無力化するための実験。
つまり、魔法道具を破壊しているのは、破壊できるかどうかの確認をしている?
魔法道具の中には、悪意を持って侵入してくる者を拒む結界のような効果を持つ物まである。
俺がエルネスタのために作った解呪の魔法道具だって、人命を守るための物だ。
それらを仮に破壊され、——後宮に暗殺者なんて忍び込んだ日には。
「ッ」
ゾッとした。
あっている可能性はかぎりなく低い。そのはずなのに、やけに鮮明に暗い未来が脳裏を過った。
自分でも自分の表情が暗いのが分かる。
隣に並ぶエルネスタが、目敏くそれに気づいた。
「ユークリウス様? どうかしましたか? 顔色が悪いですよ」
サッと彼女の手が俺の肩に触れる。
その白く、小さく柔らかい手を見つめた。
続けて、エルネスタの顔へ視線は移動する。お互いに見つめ合った。
エルネスタは何も言わない俺に首を傾げるが、少しして俺は答えた。
「……一つ、もしかしたら、という仮説があるんだ」
「仮説?」
「ああ。もし、魔法道具を一時的にでも破壊、ないし故障させる手段を犯人が持っているとしよう。その実験で、後宮の魔法道具を壊して回っているなら……警備用の魔法道具にも同じことができるかもしれない」
「なっ⁉」
「マジかよ」
俺の言いたいことを即座に理解したのか、エルネスタもオスカーさんも顔色を青くした。
ただの推測だ。嫌な予感にすぎない。
しかし、妙に現実的で、後宮の魔法道具が狙われた理由にもなる。
何より……備えておいて損はないとその場の全員が思った。
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