第31話 商業ギルドのギルドマスター

 エルネスタに冗談を言って刺されかけた俺は、彼女と共に商業ギルドへと足を踏み入れた。


 前に来た時は冷蔵庫の件だったかな?

 一ヶ月はメロウ小王国にいたから、ずいぶん久しぶりに感じる。


 それは商業ギルド側も同じだったのか、俺とエルネスタが連れたって中に入ると、見かけた従業員がいきなり声をかけてきた。


「これはこれは! お久しぶりでございますね」

「あなたは……久しぶりですね、シャーウッドさん」


 俺たちに声をかけてきたのは、眼鏡がよく似合う知的な男性職員だ。

 彼は帝都の商業ギルドでもそれなりに位が高いのか、前も俺の担当をしていた。

 名前を出さず声をかけたのは、俺とエルネスタの身分を隠すため。

 特にエルネスタの名前が周りにいる人たちにバレるのはまずい。しっかりと行き届いた配慮に感服する。


「本日はどのようなご用件でしょうか? もしや、魔法道具に関してのお話を?」


 キラキラに輝く瞳を向けられた。

 シャーウッドさんには悪いが、俺は首を横に振る。


「確かに魔法道具の話をしに来ました。けど、今すぐ売れる設計図はありませんよ」

「そうなんですね……残念です」


 見るからに落胆するシャーウッドさん。

 こういうところは普通の人みたいで面白い。彼は俺の魔法道具が大のお気に入りだそうだ。

 嬉しいけど申し訳なさが勝る。


 苦笑しつつ話を進めた。


「すみません。後宮の魔法道具に関する話で、プロの意見が聞きたいんです」

「プロの? でしたらギルドマスターをお呼びしましょうか?」


 話が早い。

 帝都の商業ギルドを統括するギルドマスターは、かつて有名な付与師だった。

 彼の話が聞きたくて俺はわざわざここまでやって来たのだ。


 シャーウッドさんにこくりと頷く。


「お願いします」

「では一階奥の客室へどうぞ。部下にギルドマスターを呼ぶように伝えます」


 ちょうど近くを歩いていた他の従業員の男性に、シャーウッドさんは言伝を頼む。

 彼自身は俺たちの案内だ。背中を追いかけ、奥の部屋を利用させてもらう。











 シャーウッドさんに案内してもらった客室のソファで待つこと五分。

 扉を開けて商業ギルドのギルドマスターが入室した。


「お久しぶりですなぁ、ユークリウス様。それにエルネスタ殿下も」

「お久しぶりです、オスカーさん」

「お久しぶりです」


 ぎしりとソファに腰を下ろしたギルドマスター、オスカーさんに俺とエルネスタは挨拶を返す。


 相変わらずソファが小さく見えるほどの巨体だ。

 スキンヘッドに日焼けで焦げた色黒の肌。身長は二メートル近くあり、どう見てもカタギじゃない。

 商業ギルドのギルドマスターっていうか、冒険者ギルドのギルドマスターのほうが似合っている。

 実際、そこそこ腕っぷしには自信があるとか。


 そんなオスカーさんは、運ばれてきたお茶を一口飲んでから本題を切り出す。


「それでぇ? 聞いたところによると、魔法道具に関して聞きたいことがあるとか」

「はい。専門家の意見をもらいたくて」

「ユークリウス様でも分からないことでしょう? 俺に分かりますかね……」

「ご謙遜を。俺はたまたま知識があって便利な魔法道具は作れましたが、付与師としては新米。ベテランのあなたのほうがいろいろな事を知っているはずだ」

「ははは! そうでしたね。ユークリウス様は天才すぎて忘れてしまいますよ。まだ付与を始めて半年も経っていないなんてこと」


 ガハハ、と盛大に笑うオスカーさん。

 声がデカい。そして迫力がある。


 俺だって自分が新人らしくないとは思っている。前世の知識がある分、他の人よりズルしてるからな。

 そこに生まれ持った特異な目が加わると、前世でいうチーターみたいで微妙に居心地は悪かった。


 肩をすくめながら話を戻す。


「だからぜひお力添えを。オスカーさんなら何か分かるかもしれません」

「そういうことでしたらお任せください。確実に謎を解明できる——とは言いませんが、多少はお力になれるでしょう」


 バシン、と自身の胸を叩いてオスカーさんが言った。

 痛くないのかな……?


「ありがとうございます。では、話をさせてもらいますね」


 俺はオスカーさんに後宮で起きている謎の現象……魔法道具が次々に故障する問題を話した。

 一応、エルネスタに許可をもらって壊れたままの魔法道具を一つだけ持ってきた。それをテーブルに置き、オスカーさんにも見てもらう。


 オスカーさんは話を聞き終えるなり、テーブルの上の魔法道具を掴む。

 じろじろと俺みたいに観察したあと、ゆっくり魔法道具をテーブルの上に戻した。


「なるほど。確かに魔法式が削れていますね。これを瞬時に見抜くとは、ユークリウス様の才能は恐ろしい」

「あはは……たまたま恵まれた目を持って生まれただけですけどね」

「運もまた実力のうち。それをしっかり活かせているんですから素晴らしいですよ」

「ありがとうございます。それで、どう思いますか? この魔法道具」


 俺は真剣な表情を作ってオスカーさんに訊ねる。

 オスカーさんはやや顎を撫でながら思考を巡らせ、瞼を閉じながら言った。


「俺からすりゃ、特に違和感はありませんね。劣化して壊れたとみるべきでしょう」


 それは俺とまったく同じ答えだった。

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