第29話 大きな謎

「——また魔法道具が故障した?」


 その報告を受けたのは、俺が朝食を摂ったすぐ後のことだった。


 ソファに座ったエルネスタが、窓際から差し込む陽光を吸収し、わずかな輝きを放つ瞳を向けて頷く。


「はい。今朝、ユークリウス様に直してもらった魔法道具が、不具合を起こしていたと騎士から報告が」

「そんな馬鹿な……確実に直っていたはずなのに」


 設置し直す前に何度か動作確認くらいはした。にもかかわらず、翌日には魔法道具がまた壊れただって?

 ありえない。魔法道具とは、その名の通り魔法を用いた物だ。住宅街の一角で売り出されているジャンク品とはワケが違う。


 高純度の魔石と素材、熟練の付与師が付与魔法を施した逸品だ。平民では手を伸ばすことすらできない高級品が、そんな簡単に壊れてたまるか。


「わたくしもユークリウス様と一緒に魔法道具の動作確認をしました。昨日、間違いなく魔法道具は直っていた」

「でも壊れたんだよな?」

「ええ。一応、壊れた魔法道具は回収しています。すぐに確認しますか?」

「頼む。もしかすると重大な欠陥を抱えている可能性がある」


「重大な欠陥?」


「魔法式自体が劣化しすぎているとか、魔法式の一部が誤作動なんかを起こすように書き記されているとか」


 魔法道具の完成に必要な付与——魔法式は、前世で言うソースコードみたいなものだ。

 ほんの一文がズレたり誤字していただけでも動作に問題を起こす。


 だから何度もチェックして漏れがないようにするわけだが……うーん。


「劣化……その可能性があると? 全ての魔法道具に?」

「そこだよな」


 一番俺が気になるのは、今しがたエルネスタが言ったこと。


 一つや二つくらいならまだ解る。昨日、しっかり動いたのにいきなり壊れた理由にはならないが、まだ解る。

 しかし、謎なのは、壊れた魔法道具は一つや二つじゃないこと。五つや六つとそれなりの数がある。


 ほぼ同タイミングで複数の魔法道具が故障するなんて……怪しいにもほどがあるだろ。

 この異常事態、何かが隠れ潜んでいるのかもしれない。


 それを確かめるためにも、俺はエルネスタに頼んで壊れた魔法道具を再びテーブルに並べてもらう。


「今まで魔法道具が複数同時に壊れた例はほとんど聞いたことがない」

「わたくしもです。大規模な魔力障害が発生した時に城の全ての魔法道具が壊れたことはありますが、何もなく壊れたのはこれが初めてですね」

「魔力障害か……」


 魔力障害は一定範囲内の魔力が乱れ、魔法などが発動しなくなる現象だ。

 詳しくは解っていないが、魔法が使えない、もしくは魔法道具が動かなくなった際に見られる現象として有名である。


 が、今回のケースは違う。


「——やっぱりな」


 目の前に並べられた魔法道具をまじまじと見つめ、大きな謎を見つける。


「何か解りましたか、ユークリウス様」

「この魔法道具に付与された魔法式が劣化してる。昨日直したとことは別の場所が」

「それは……全体的にガタがきている、ということでしょうか?」

「そうとも言えるし、違うとも言える」


 魔法式の劣化は昨日のうちに確認しておいた。俺が直したところ以外は新しく魔法式を上書きしたし、こんな風にすぐ壊れたりしない。


 考えられることと言えば……人為的に破壊されたか、何かしらの理由で魔法式に干渉され、魔法式がダメージを受けているか。

 どちらにせよ、調べないことにはハッキリと断言できないな。


「外的要因か、偶然の産物か……ちょっと今回の件は調査したほうがよさそうだね」

「では、魔法道具が何者かに悪戯されていると?」

「考えの一つにすぎないよ。魔力障害みたいに、未知の原因が隠れているかもしれない」

「なるほど……しかし、どう調査するつもりですか?」


「ひとまず、壊れていない魔法道具を持ってきてくれないかな? それと今回壊れた魔法道具を見比べてみる」


「それで何か解ると」

「壊れ方とか、干渉したかもしれない魔法の痕跡が見つかるかもね」

「わたくしには解りませんが……とりあえず、道具は用意させます。少々お待ちください」

「よろしく」


 その辺りはエルネスタに任せて、俺は再び壊れた魔法道具へと視線を戻す。


 魔法式に不可解な点はない。魔法式の一部が破損していることを除けばいつも通りだ。昨日とあまり差はない。

 けれど、二日連続で壊れた理由……それが、どこかくあるはずだ。


 一応、三日目のことを考えて魔法道具の修理も行う。三日目も壊れたら、ほぼ何かしらの影響を受けていることは確定する。


 その場合、壊れた時間的に夜中だ。設置して様子を観察するのも悪くないな。


 しばらく壊れた魔法道具を見つめたまま思考にふける。すると、エルネスタのメイドが壊れていない魔法道具を持ってきてくれた。

 それら二つを目の前に並べて、俺はじっくりと観察していく。


 だが、今のところ違和感を刺激されるようなものは見られなかった。

 謎は深まるばかりである——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る