呪いの手引き

 昔、釣内つりうち家の漁師たちが人魚を釣り上げた。


 人魚は男だったという。見世物にするか、肉を削いで売るか、皆で食うか。村人は大騒ぎだった。

 だが、その夜、みおという娘が人魚を海に逃した。哀れに思ったのか、恋仲だった釣内の跡取りひ捨てられた恨みからの意趣返しだったのかは定かでない。


 釣内家は怒り、澪の家に網を貸さない取り決めを定めた。澪の家は貧しくなり、母は病にかかっても医者に診せられなかった。しかし、澪の母は薬もないのに病を治した。


 皆が不思議に思う中、砂噛さがみ家の者たちが澪を尋ねた。澪は釣内と犬猿の仲だった砂噛に気を許したのか、真実を語った。


 あれから、澪は人魚と結ばれ、夜毎逢瀬を重ねていたという。人魚は己の肉を食えば万病が治ると、澪に与え、お陰で母は持ち直したのだという。


 砂噛の人間は母子を気遣うふりをして近づき、嵐の夜、澪を連れ出した。無理に船に乗せ、荒れる海の仲、沖に流した。人魚を誘き出すためだった。


 澪の母は獣のように叫んで娘を助けようと海に入り、そのまま沈んだ。


 人魚は澪を救うために現れ、捕らえられた。砂噛の者たちは人魚を殺して肉を削ごうとしたが、人魚はその瞬間、水のように溶けて消えた。


 夜が明け、砂噛の者は去ろうとしたが、その内ひとりが、澪が腹に人魚の子を宿していることに気づいた。

 砂噛家は澪を連れ戻し、家の座敷牢に捕らえた。澪は心を病み、子を産むと同時に死んだ。澪が産み落とした娘は脚に鱗があった。娘は真砂と名付けられた。


 砂噛の者は真砂の肉を削り、薬として売り、薬師として名を馳せた。ところが、しばらくして、薬を呑んだ者の身体に奇異なことが次々と起こった。ある者は鱗が生え、ある者は水のように溶け、ある者は死後、再び目覚めて彷徨った。



 釣内家は砂噛を疑い、明る日、家を調べると言った。砂噛家の者は夜が明ける前に、真砂を殺した。

 翌朝、釣内の者が見たのは、薬の原料とされる、渇き果てた人魚の木乃伊だった。


 それから、海で女の泣き声を聞く者が次々と現れた。澪か、澪の母か、真砂かはわからない。

 砂噛家では次々と不幸が起こった。

 最北の崖に美尾みお寺を建て、木乃伊を奉納して、架空の伝説を作っても変わらなかった。


 砂噛家の凶事が落ち着いた後も、薬を呑んだ者の変死は続いた。

 砂噛家は呪いは人魚の肉を食った者、皆に及ぶのだと考えた。そして、呪われる者が多いほど、自らに及ぶのは遅くなると。



 砂噛医院の薬を飲むな。

 美尾寺で札を買うな。

 砂噛家の人間の話は信じるな。



 砂噛 勝四郎かつしろう

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