第8話 貴方の
昔の記憶?
夢でも見てるの?
いえ、もしかしたらこれは……走馬燈?
私が?
私の命も、今日までだったという事?
もし、そうだとしたら……。
●
もしもの時に貴方の後を追おうか、と考えた事が無い訳じゃない。
魂でなら、話ができるのではないか。自ら死を選んだ私と貴方の行き先は違えども、最後の別れができるのではないか、と。
でも。
私に貴方への愛情を、想いを託していった皆が、果たしてそんな未来を望んでいたかと思うと、持ち直す事ができた。
皆が、貴方が目を覚まして残りの人生を幸せに生きる未来を、起こりうる奇跡を、私達の幸せを願ってくれていた。
そして。
何より、貴方が。
そんな私を許さないでしょう。
私ももちろん、そんなつもりで貴方と生きてきた訳ではない。
けれど。
今日この日が運命だったのなら、喜んで受け入れる。
貴方と同じ日に、眠りにつく。
最後に、ほんの一言だけでも。
本当に幸せでした、の言葉だけでも。
伝えて、貴方を見送りたい。
●
「ああ、懐かしい……ブレザーだから高校の時ね。貴方が出てこないかしら……」
私の声に、あの頃の私が振り返る事はなかった。それはそうだろう。
これは走馬燈なのだから。
陽が陰り出した
「あはは、涙目。原典と英和辞典とどっちをメインで読んでいるのかわからないくらいね。あの頃はスマホなんてなかったし……」
同級生が部活や勉強、恋愛に流行りのものの話で盛り上がっている中で、私は本が友達で恋人だった。
自分に自信がなく引っ込み思案で、クラスメイト達との共通の話題と適度な距離感を掴めなかった私は、中学でも高校でも教室の中の置物のような存在になっていた。
そう。
貴方が私に声を掛けてくれるまでは。
「図書室が混んでいる時は教室で……何を読んでたんだろうこの時期は。それにしても、まるでカメラマン気分ね。映されている私はヒロインには程遠いけど、今日だけは主役。ふふふ」
背中までの髪に、目を隠すように前髪を垂らしている私に、ゆっくりとカメラが近づいていく。
ポニーテールにしたのは、貴方が似合うって言ってくれたから。それまでは前髪を上げた事すら無かった。
たくさんの元気と、猫背を伸ばして前を向く勇気と、好きな人と寄り添って歩いていく夢と……溢れん程の愛しさを教えてくれた貴方。
あの頃の私を眼前に見下ろす位置で、動きが止まる。必死に原典を訳そうとしている私と英和辞典、原典と窓の外の樹を交互に映し出していく。
「……いっそ、あの頃の私と会話できたらいいのに。……おーい。吉川
ぴたり。
机に視線を落として英和辞典を
「…………え?」
恐る恐る、といった感じでゆっくりと見上げてくる、私。
目が、合った。
「え? ね、ねえ! 私の事、見えてるの?!」
『え、あ、あの……』
何を話そう。
何て話そう!
未来の私だって言っても……あ、定年退職した職員とかどうだろう。
『あ! いや、その……いきなりごめんね。いつも熱心に本を読んでるの見て、ぼ、僕も本読むのが趣味で! もしよかったらおすすめの本、教えてもらえないかな!』
これは……貴方の?!
私目線で、貴方の声が聞こえてくる。
緊張のあまりに早口でまくし立てて話しかけてしまったと、付き合うようになってから教えてくれた、あの時。
懐かしい、貴方の声。
大好きな貴方の…………声だ。
『は、長谷川君も本が好きなんですか?! それは奇遇ですねっ……お、おすすめ?! ちょちょちょ、ちょっと待っ……あ! あああ、おすすめの本、今日持ってます!』
《よし! ちゃんと話しかけられた……って、おおお?!》
顔を真っ赤にして通学カバンの中から次々と本を取り出していく私に慌てる貴方の声。必死な私と貴方に笑ってしまう。
そう、自分から友達を作ろうとして何度も失敗をした私は、それでも諦めきれなかった。誰かがこうして私に話しかけてくれる事を、結局は待っていた。
待っていたんだ。
突如、映像が切り替わる。
学校帰り、公園のベンチで肩を並べて座る私達がいる。
●
『え? 今度の週末?』
『もし、よかったら。よかったら! なんだけど……駅前広場で古本市やるんだって。一緒に行かないかなって』
『え、行きたい! けど……その、長谷川君。こうして仲良くしてくれるのは嬉しいけど、もし一緒にお出かけしてるところを見られたら、わ、私は! 平気だけど。勘違いされちゃうよ?』
《……いきなりだし断られちゃうかな。でも、吉川さんと一緒に出掛けたいんだ。君の喜ぶ顔が見たいんだ》
『お願いします!』
『えええ?! 私の話、聞いてた?!』
『吉川さんと行きたいんだ! それに勘違いは見た人の勝手でしょ?』
『もう! ……は、はい。喜んで』
嬉しかったなあ。本の貸し借りをするようになって、しばらくしてからの事だ。この時初めて手を繋いだんだっけ。
人ごみの中で何回も手が触れて、そっと袖を握ったら指を握ってくれて。結局はご飯を食べにお店に入るまで気付かない振りをして、二人とも手を繋いだまま離さなかったんだ。
二人して、手を離したらもう二度と繋げないんじゃないかって思ってたなんて、ね。
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