第7話 ここは……

「と、まあ……そう決めてからは諦めなかった。猪突猛進の乙女心と鋼鉄の思い込み、土下座の賜物たまものかしらね」


 とはいうものの、貴方のご両親からしてみれば困った存在だっただろう。それこそ、数え切れない程に話し合ったとうちの親に聞かされた。


 けれど。


 もう一度私の気持ちを伝えたあの日からはいつだって、私の事を気遣ってくれた。まるで実の娘のように接してくれた。私も、実の親のように本音で話した。


 ありがたかった。


 心の支えだった。


 貴方の全てが、私の宝物になった。


 そんな貴方のご両親や呆れ果てて折れた後は常に後押しをしてくれたうちの親も、今はもういない。貴方が目覚める事を、そして私達の未来が幸せである事を願いながら天国へと旅立っていった。


 幸せな人生だった。


 本当に幸せな人生を送らせてもらった。



「年を取ると涙もろくなって嫌ねえ……。貴方の寝室と病室を、私の涙でカビだらけにしないように頑張ってきたつもりだけど」


 懸命に生きる貴方の枷にはなりたくなかった。そして貴方がどんな時に目を覚ましても、笑顔で『おかえり』と言いたかったから。


「さてさて、実は重くて怖くて泣き虫の、私のお話はこれでおしまい。後は最後まで傍にいさせてね? 私が嫌だったら泣いて叫んでもいいのよ? ふふふ」


 違う。


 泣いて叫びたいのは私の方だ。


 今日という日が来るのを覚悟していたつもりだった。命を振り絞って生きた貴方を、最後まで笑顔で見送る、と決めていた。


 なのに。


 震えが止まらない。足に力が入らない。気を許すとまた、涙が込み上げてくる。貴方がこの世界から、旅立とうとしている。私から離れていく。


「…………寂しいなあ。嫌だなあ。辛いなあ……ごめんね、泣き虫で。ごめんね、こんな私で。鬱陶しいから早くお迎えが来てほしいとか、とっとと私とお別れしたいとか思っちゃ嫌ですよ?」


 しっかりしろ。


 泣くな。

 泣くな!


 笑顔で。

 たくさんの幸せをくれたこの人を笑顔で。


 ようやく、涙が引いていく。


「……ふう。ごめんなさいね、涙はこれでおしま……えっ? え、え? 貴方? どこ?!」


 貴方がいない。ベッドがない。病室ではない。そして。


 窓際で本を読んでいる、私が見える。


「ここは……学校?」


 

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