第5話 全部入りスマホ

 不意のその言葉に、俺は声を失った。

 一瞬何か起きたのか理解できず、頭が呆然とした後、その意味がわかった瞬間にあれだけ楽しかった気持ちが冷たくなっていってしまう。


 俺は、愛水さんにフラれたのだ。


 張り裂けそうに苦しくなった胸の奥から、ようやく言葉がにじみ出てくる。


「……ごめん。やっぱり俺じゃ、愛水さんを楽しませられなかったかな……?」


 そう言うと、愛水さんは「えっ?」と驚いた顔をした。そしてすぐに続けて話す。


「わっ、違うの違うのごめんなさい! そういう意味じゃないの! って、そりゃこんなこと言ったら私の方からフッたって思っちゃうよねごめんね百瀬くん!」

「……え?」


 沈んでいた顔を上げる。愛水さんは慌てて言った。


「さっきも言ったけど、すごく楽しかったよ! 百瀬くんは何も悪くないの! むしろ、いいなって思ったよ? また一緒に遊びたいなって、もっと時間が欲しいなって思ったよ!」

「そ、そうなの? それじゃあどうして……」


 困惑する俺に、愛水さんは少し申し訳なさそうな顔をしながらスマホを取り出した。そして、なぜかそのスマホを俺の方に差し向ける。


「えっと……愛水さん?」

「せっかくのデートだったのに、ちょくちょくスマホいじっててごめんね。そのことについても怒らないでくれてありがと。“これ”はね、私にとって何より大切なものなんだ」

「何よりも? えっと、スマホが?」

「ふふっ。よかったら見てくれる?」

「あ、う、うん……?」


 意味がわからなかったが、俺は愛水さんのスマホを受け取ってその画面を見た。


 そこに映されていたのは──アプリを利用して綴られた日記。


 今日に日付には、今日のデートのことが写真付きで事細かく記入されていた。


「これって……愛水さんの日記、だよね? 読んでいいの?」

「うん。初めての許可を出します!」


 愛水さんがうなずいたのを見て、俺は遠慮がちに彼女の日記へと目を通す。



 AM6:00 起床 今日は百瀬くんとのデートだから支度は念入りに! 行く前に忘れずに薬も飲むこと!

 AM8:30 もうすぐ駅! さすがに私の方が早く着くよね?

 AM9:00 もうさっきはめっちゃ焦った~! 私より早く着くなんて百瀬くんしっかりしすぎ! そんな人初めてだと思うから驚いちゃった

 AM11:30 ウィンドウショッピングの後はラキピでお昼! ジャンケンで負けたから奢ってもらっちゃった。でも次のカフェでは絶対私が奢る! こういうのは公平なのがいいな

 PM1:15 久しぶりにこの公園きた! 百瀬くん、ずっと私のこと気遣ってくれてて優しいよ。桃ポイント高めです!

 PM3:45 いろいろ見て回った後に気になってたカフェに来たよ! 中もオシャレだしパンケーキがすっごく美味しかった♥ 百瀬くんとの少しシェアさせてもらっちゃったけど、ちょっと照れてたかな?

 PM4:40 ロープウェイ待ち! やっぱりデートの最後はここだよね。こういう時間も一緒に楽しんでくれる百瀬くん、やっぱり桃ポイント特大アップ!

 PM5:55 函館の夜景は何度見ても綺麗! 特に今日は特別だったかも?

 ねぇ桃。今日はすごく楽しかったよ。ずっとドキドキしてたね

 もしかしたら、今までのデートで一番だったんじゃないかな?

 百瀬くんはすごく優しくて純粋で、ずっと私を大切にしてくれていたよ

 告白してもらえてよかったね。こんなに嬉しくて楽しい気持ち、忘れたくないね

 だから、ちゃんと言わなきゃダメだよね

 もう時間はないから

 必ず言うこと!!



 最後──ついさっき書かれたであろう日記を読み終えてある想像が働いたとき、胸がざわっとした。


 俺は呆然と愛水さんを見る。


「うーん。これだけじゃまだわからないかもだよね。ついでに、昨日の分も見てみてくれる?」

「あ……うん……」

「やー、やっぱり読まれちゃうの恥ずかしいけどなぁ。でもどうぞ!」


 思いきって、といった様子の愛水さん。

 俺は言われたとおり、愛水さんの昨日の日記にも目を通してみた。



 AM6:15 起床 今日は終業式! クリパもあるよ! でも薬は忘れず飲むこと!

 AM6:30 お母さんより、帰りに牛乳を買うこと! これは忘れないけどね(笑)

 AM7:00 今年もなんとか頑張れた、かな? エラいぞ桃!

 AM7:30 百瀬くんを中原くんと間違えちゃった! 一番最初に来るのが中原くん、って覚え方はやめた方がよさそう! ごめんね百瀬くん。もう間違えないぞ!

 PM1:00 お昼を食べたあとでカラオケクリパ! みんなと一緒に遊べて楽しい! それでも最近の流行りの曲を歌えないのはちょっと残念かな? もうやっぱり朝に覚えてくるしかないのかも!

 PM3:00 帰りのバス。まさかまさかの大展開! なんと百瀬くんから告白されちゃった! ちょっと気になってた人だけどまさかすぎるよ~~~!?

 いきなりお付き合いなんて無理だろうしゼッタイ驚かせちゃうから、まずはデートから始めることにしました。クリスマスイブのデートなんて初めてだよね? だって書いてあったことないし! 自分から言い出したことだけどめちゃ緊張してきた~~~!

 PM8:20 慌ててデートの準備した! 明日もちゃんと早起きして支度すること! 待ち合わせ場所は函館駅前にAM10:00! 念のため9:00までには着くようにすること! 

 ↑コレ絶対だから忘れないで!!

 ↑あと調子乗って遊びすぎず時間通りに帰ってくること!


 他にも合間合間にもいろんな細かい日記が書かれていて、1日の流れがしっかりとメモされていた。中には注意書きのように読めるものも多い。


 俺の予感は、さらに大きく膨らんでいく。


 顔を上げた俺に、愛水さんは俺の持っているスマホを指さした。


「私の記憶思い出はね、全部そこにあるの」


 そして苦笑しながら、今度はその指で自分の頭をちょんと叩いた。


「こっちでは、14時間34分しか覚えていられないから」


 胸のざわめきは、確信と共にさらに強まった。

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