第6話 私の賞味期限は14時間34分

 俺は、呆然と尋ねるしかなかった。


「愛水さん……それって……」

「うん。記憶障害の一種でね、中三の頃にちょっとした事故に遭ってこうなっちゃったんだ。あ、事故って言っても体は無事だったし、傷だってほとんど残らなかったから超ラッキーなの! でもでも、こっちに問題が起きちゃいまして」


 愛水さんはあえて明るく、楽しそうに話してくれた。


「私の場合は、新しい記憶が14時間34分しか保てないの。つまり、私の賞味期限は14時間34分ってこと! あはは、もちろん賞味期限が切れたからってすぐでろでろになっちゃうことはないけどね~? 消費期限だったらヤバかったけど! セーフセーフ!」

「それじゃあ……愛水さんの記憶は、大体1日で……?」

「うん。毎朝必ず特別な薬を飲むんだけどね、そうすると夜には決まった時間に寝られるの。無理に起き続けてると、残った記憶まで影響が出ちゃうみたいで。それでね、起きたら事故直後の中三だった自分に戻ってるの! そこから毎日日記を読み返して、自分が高校生になってるんだーってわかるんだよ。面白いよね~!」

「そ、そう……なんだ……」

「あ、でもね! 事故の前の記憶はちゃんと全部覚えてるんだよっ。だから日常生活も問題ないし、全然健康だし、こうやってデートしても元気元気! ただ勉強だけは、どれだけやっても難しいのが困っちゃうけどねぇ。あと、運転免許だってきっと取れないんだろうなぁ。それはちょっと残念かも?」


「えへへ」と笑う愛水さん。


 その話を聞いて。

 この日記を読んで。


 今までのすべてが繋がったような気がした。

 あのとき愛水さんが俺と友也を間違えたのは冗談なんかじゃない。毎朝一番に教室に来るのが普段はアイツだったからだ。愛水さんはそういう覚え方をしていたんだ。


 愛水さんは──この日記を頼りに毎日“記憶”を取り戻していたんだ。


「あーもうっ、せっかく楽しかったのに急に変な話になっちゃってごめんねっ? でも、百瀬くんには絶対言わないとって思ったから。こうやってちゃんと全部話したの、たぶん百瀬くんが初めてだよ」

「え、そうなの? 友達とかには?」

「うぅん。だってこういう空気になっちゃうのわかるし、きっと気を遣わせちゃうでしょ? そういうの、ちょっとやだなって。でも、今日は特別」

「愛水さん……」

「こういう言い方は百瀬くんに失礼だけど、デートもね、告白してくれた人とは必ず一度するようにしてるの。だってだって、こんな病気くらいで青春を諦めたくないもん! 世の中にはも~っと大変な青春を送ってる人だっていっぱいいるのにさ、これくらいで諦めてたら青春がもったいないじゃん! JKなんてたった3年しか楽しめないんだよ? へこんでる場合じゃないっしょ! 恋は待ってくれないんだよ!」

「な、なるほど!」


 ぐっと拳を握りしめて熱弁する愛水さんに、思わず納得させられる俺。同時にそんな彼女を心からすごいと思った。


 愛水さんはちょっと照れたようにはにかんで、足をぷらぷらさせながら話す。


「でもね、やっぱり上手くいかなかったの。だって私、次の日には全部忘れちゃってるから。日記を頼りにしても、どこかでボロが出ちゃうんだよね。それで誰ともちゃんとお付き合いなんて出来なくって、次第に変な噂されちゃうようになったみたいで……それはもー正直大ショック! 百瀬くんも知ってるでしょ? 私の噂。いろんな男をとっかえひっかえする悪い女だって! 友達はちゃんとわかってくれてるけどさ、ひどいよねーホント!」

「あ、うん。でも俺は愛水さんはそういう人じゃないと思ってたから」

「え?」

「たった8ヶ月くらい……いや、夏休みを抜いたらもっと短いけどさ、その間ずっと愛水さんを見てたから」

「……百瀬くん……」

「むしろ、愛水さんがその噂を気にしちゃってるんじゃないかってずっと気がかりだったんだけど、そりゃあショックに決まってるよね。今まで何も出来なくてごめん……」

「って、ええ~っ!? 百瀬くんが謝ることじゃないってば! もー真面目すぎるよ~! ふふっ、なんかおかし!」

「ご、ごめん愛水さん!」


 なんか俺の方が落ち込んできてしまい、愛水さんに笑われながら励まされる始末。普通逆だろこの状況!

 なんて思いつつ、俺は気を取り直して尋ねる。


「あっ……それじゃあもしかして、付き合えない理由って……」

「うん。だから百瀬くんが悪いわけじゃないの。今日の楽しかったデートだって、私は明日になったら忘れちゃう。ここから一緒に見た函館の夜景だって、こうしてお話しした時間だって、私は何も覚えてない。百瀬くんだって、せっかく頑張って私の好感度を上げてくれたのにさ、明日になったらまた一からだよ? そんな彼女、イヤだよね? 私だったらイヤだな~」

「愛水さん……」

「そう思ったら、やっぱりお付き合いするのは失礼だよねって思っちゃって。でも、それ以上にちゃんと事情を説明しないのはもっと失礼だって百瀬くんといて気付いたの。だから今回は、ちゃんと話せてよかったです!」

「そんなっ、俺の方こそ、話してくれてありがとう! その、こういう言い方で合ってるかわからないけど、愛水さんのことが少しわかって嬉しかった!」

「ふふっ! 百瀬くんってホントいい人だねっ。だから“私”も気になってたんじゃないのかなー?」


 くすくすと楽しそうに笑い、百瀬さんは言う。


「百瀬くん。私のこと、好きになってくれてありがとう。私も、これから百瀬くんのこともっと好きになれたかもしれないけど、そろそろタイムリミットが近いので帰らないとなんだ。残念だけど、クリスマスデートはここでおしまいだね」


 愛水さんは、ずっと笑顔だった。

 デートの終わりは、二人の関係の終わりでもある。愛水さんはそういうつもりでいる。


 でも、俺は――

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