第3話 忘れたくない普通のデート
休日のクリスマスイブということで、函館の街は大変賑わっていた。地元の人たちはもちろん、観光客も多い場所だから拍車をかけているといったところだろう。
そんな街中でテストの点がイマイチだった~みたいな他愛のない話をしながら、駅から海沿いの道を歩く俺たち。青函連絡船記念館となっている摩周丸を外から眺めたりしつつ、ベイエリアのランドマークとなっている赤レンガ倉庫の方までやってきた。この辺は観光スポットとしても有名だし、ショッピングやグルメも楽しめるデートスポットでもある。
「わー見てみて百瀬くん! すっごいツリー! おっきいね!」
そんな赤レンガ倉庫にあった巨大クリスマスツリーを見上げて感動の声を上げる愛水さん。このツリーを目指すかのように多くの人が集まっていた。
「ホントだ。こんなの去年あったっけ? 夜になったらもっと写真映えしそうだね」
「だねー! 後で暗くなったらまた来よっか? とりあえず今のうちに1枚っ」
周りの人たちと同じようにスマホでカシャっと撮影を済ませる愛水さん。それからスススッと目にも留まらぬ高速タッチで文字を入力していく。SNSにでもあげるのかな。
「よし! じゃあ次いこ次っ!」
「あ、愛水さんそっち気を付けて! 道凍ってて滑りそうだから!」
「えっ? わぁっ!?」
後ろ向きに歩いていた愛水さんは危惧していたとおりツルッと足を滑らせてしまったが、ギリギリのところで愛水さんの手を掴んでなんとか事なきを得る。はー焦った!!
「愛水さん、大丈夫だった?」
「う、うんっ。ごめんねありがとっ」
「ああ、いやそんなっ」
そこで彼女の手を思いきり掴んでしまっていたことに気付き、慌てて手を離す俺。手袋越しではあったが、初めて愛水さんと手を繋いでしまった。いやもちろん不可抗力だけど!
愛水さんの方は特にそれを気にした様子もなかったが……
「──そうだっ。助けてもらったお礼に、あとでごはん奢っちゃいます!」
「ええ? いやいや愛水さんに奢ってもらうなんてそんな! むしろ俺の方が奢りたいくらいなんだけど!」
「あはは、百瀬くんそういうタイプなんだ? うーん、じゃあ平等に奢り合うのはどかな?」
「平等?」
「うん! お昼ご飯と、休憩のカフェ! ジャンケンで勝った方がお昼を奢る名誉を得るってことでいかがでしょ?」
「なるほど、オッケーわかったよ。なんか男気ジャンケン的な感じになってきたね」
「そうそう! それじゃ行くよ~! じゃーんけーん!」
その後に赤レンガ倉庫の店をいろいろと見て回った俺たちは、すぐ近くにある人気ハンバーガーショップの『ラッキーピエロ』で昼ご飯をとることにした。
「ふぬぬ~。私、結構ジャンケン強い方なんだけどなぁ。確率論とかも調べたことあるんだよ!」
「あはは、俺もあるよ。まぁ結局運が大きいところもあるからね。遠慮なくどうぞ」
「うん。それじゃあありがたくいただきます! あ、カフェの方は私が払うからね」
そう言って手を合わせた愛水さん。一番人気のボリュームたっぷりなバーガーを両手でしっかりと持ち、ぱくりと頬張る。そしてとても幸せそうな顔をした。
この店舗はすぐ目の前が海のため、店内からも絶景が望める人気店だ。こうやってデートに来るにはぴったりの場所で、実際来てるのはほとんどカップルたちと観光客だしな。ちょっと並んだけど、その甲斐はあったと思う。
「んん~♪ やっぱここにきたらコレだよね? オムライスとかも好きなんだけど、久しぶりに食べるときはこっちだな~!」
「だね。俺もこっち来るの久しぶりだから、ついこれ選んじゃうよ。あとシェイクとかも」
「わかるわかる! シェイクも美味しいよね! あとあと、セットのこのポテトもいいんだな~!」
そう言ってチーズがたっぷりかかったポテトにも手を伸ばす愛水さん。
こういうときは絶対に男が奢るべき、なんて考えを持ってるわけじゃないけど、やっぱり初デートくらいは多少かっこつけたいしな。こうやって喜んでもらえるところを見るといい気分になる。逆だったら恐縮しちゃってただろうし。
そこで愛水さんが少し身を乗り出すように言った。
「ねね、百瀬くんは次に行きたいところある? 遠慮しないでいいからねっ」
「え? うーん……じゃあせっかくこっちまで来たし、函館山の方でも行ってみる? って、愛水さんはやっぱり行き慣れちゃってるかな?」
「うぅん! 子供のときはたまに行ってたけど、最近は全然だよ~。じゃあそうしよっか! 暗くなってきたらロープウェイで登って夜景観てさ、定番のデートコースって感じでいいと思います♪」
「ならよかった。愛水さんは他に行きたいところない?」
「うーん、この近くだったら谷地頭の温泉とかいいな~って思うけど。私、結構温泉好きなんだよね」
「えっ!」
「あはは! でも初デートで温泉はおかしいよねっ? ていうか~、私もそれは緊張しちゃうと思いますしですし」
ちょっと気恥ずかしそうにつぶやく愛水さん。そのときつい愛水さんの入浴シーンを想像しかけてしまった青少年ですいませんごめん愛水さん!!
内心で謝っていた俺に、愛水さんがぱんっと手を合わせてから顔を明るくする。
「あっ、そうそう! 私一度行ってみたいカフェがあってね! 教会をリノベしたお店なんだけど、パンケーキがめっちゃ美味しいんだって! 友達が教えてくれたんだ~」
「そうなんだ。じゃあカフェはそこで決まりだね」
「うん! って、お昼ご飯食べてるとこなのにパンケーキの話してるなんて、これじゃ腹ぺこカップルだねぇ」
おかしそうに笑う愛水さんにつられて、俺も「確かに!」と笑ってしまう。
正直最初は緊張であまり食欲もなかったけど、こうして話していたら楽しくなって食欲も湧いてきた。
「あ、ちょっとごめんねっ」
食事の傍ら、スマホに手を伸ばしてまたパパパーっと素早く何かを入力していく愛水さん。愛水さんは友達も多いから連絡とかも頻繁に来るんだろうし、SNSの更新とかもありそうだ。後でアカウントとか教えてもらって、俺にもフォローさせてもらえないかな……!
とにかく、愛水さんと一緒にいられるこの貴重な時間をひとときも忘れたくはないと、俺は一瞬一瞬を記憶に刻みつけるように過ごした。
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