第2話 人生初デート
「え?」
と、愛水さんが呆然と俺を見た。
「よかったら、その、付き合ってもらえませんか」
ようやく告白できた喜びと恥ずかしさと、なんだか不思議な高揚感の中で愛水さんの返事を待つ。きっと今、俺はめちゃくちゃ変な顔をしてるんだろうな。
愛水さんはしばらくぼうっと俺を見てから、軽くその目を伏せた。
「えっと……まずはその、ありがとうございますっ」
やがて丁寧に頭を下げてそう言うと、また顔を上げて俺の方を見てくれた。その顔は、少し赤くなっている気がする。
「どうして私なのか、聞いてもいい?」
「あ、うん。そうだよね」
そう聞かれて改めて考えてみたが、別段理由が見当たらなかったことに俺は我がことながら驚いた。
「……ごめん! 理由とかない、かも」
「え?」
「入学して、気付いたら愛水さんのこと気になってたから。ほ、ほんとはもっと前に告白しようと思ってたんだけど……」
「そう……なんだ」
愛水さんはちょっと驚いたような表情をして、それから少し間を置いていった。
「それじゃ、まずはデートとかどうですか?」
「え?」
「ほら、お互いのことよく知らないわけだし。それでいきなりお付き合いしちゃうと、百瀬くんも思ってたのと違ったわー! やっぱ愛水やめるわー! ってなっちゃうかもしれないでしょ?」
「あ、う、うん。って、そんなことはないと思うよ!?」
「ありがとっ♪ でもそっちの方がいいと思うんだ。だからどうでしょーか? うーんと、明日とか空いてます?」
「え? あ、はい。がら空きです」
「あははよかった! じゃあ明日、函館駅前集合でいいかな? 時間は午前10時くらいで」
「わ、わかりました! 午前10時! 絶対待たせないように遅刻しないでいくから!」
「ふふーん、果たして私より先に来られるかなぁ? なんちゃって。それじゃ明日ね!」
「あ、うん! ありがとう愛水さん!」
「お礼を言うのはこっちだよ。百瀬くん、勇気出してくれてありがとっ」
愛水さんはマフラーをくいっと持ち上げてから、にこっと笑って走って行く。
でもすぐにぴたっと止まると、またこっちを振り返った。
「明日! クリスマスデートだね!」
それだけ言って手を振ると、愛水さんは駆け足で去っていく。
「…………これって、上手くいった……のか?」
OKを貰えたわけでないし、お付き合いが出来たわけでもない。成功とは言えないかもしれない。てか成功ではないだろう。
けど。
それでも!
愛水さんとまさかのクリスマスデートをすることになった!!
いやいや、十分すぎるだろ!
「……ってか明日!? ヤ、ヤバイ! 今から美容室とか行った方がいいのか!? てか服は!? なんか買った方がいいかな!? あっプレゼントとかは!? うわーどうしよう!?」
嬉しさと興奮から一転、現実を見て慌てるしかない俺。
とにかく早く帰って準備しよう! ああそうだ友也にも相談して作戦練らないと!
せっかくの愛水さんとのデート、なんとしても楽しんでもらわなくては!
* * * * * * * *
翌日──12月24日。クリスマスイブ。
笑顔の人たちで溢れかえる駅前の光景を目の当たりにしながら、俺だけは緊張の面持ちでいた。
時刻は午前9時前。絶対に遅刻するわけにはいかないと約束の1時間前に到着してしまうも、待ち時間はまったく苦ではない。むしろ愛水さんより早く着いたことに安堵してすらいた。なんなら本当は8時半について愛水さんがいないことを確認し、近くのコンビニで食べ損ねた朝食の代わりにおにぎりを買って一息ついていたくらいだ。
「……ちょっと早すぎたかな?」
駅のガラス壁に映る自分を見つめながら、思わずつぶやく俺。昨日はあの後でなんとか美容院だけは行けたが、だからっていきなり男前になるわけではない。それでもそういう配慮くらいはしておきたかったのだ。
にしてもまだ早い時間ということもあり、冬の函館の冷たい風が身に染みる。それでもあまり寒さを感じないのは、それだけ高揚しているということなのかもしれないな。なんたって初めてのデートなわけだし。友也に相談したり動画とかで多少はデートの心を学んではきたが……やっぱ心配だ!
さて、とりあえずあと1時間弱どうやって待とう……とそう思ったとき。
「え~っウソ!? 百瀬くーんっ!?」
「あ──」
ブーツでサクサクと音を立てながら駆け寄ってきたのは、可愛らしい真っ白なコートに身を包んだ愛水さんだった。
愛水さんは俺の元までたどり着くと、胸元に手を当てながら呼吸を整える。
「お、おはよう愛水さん」
「うん、おはよっ! はぁ、はぁ、ふぅ~……。えっとえっと、私、時間間違えてないよねっ? 10時集合だったよね!?」
そう言いながらスマホを取り出して、すぐさま時間チェックする愛水さん。
「う、うん。間違ってないよ」
「なのにもういるじゃん! えー私より早く待ち合わせくる人絶対初めてだよ! 待たせちゃったかな? ごめんね! ていうかどこか中で待っててくれていいのに! 風邪引いちゃったら大変だよ~!」
愛水さんはちょっと慌てた感じで、申し訳なさそうに手袋で膨らんだ手を合わせた。
「ああいやいやそんな、俺が早く来すぎただけだから気にしないで! ていうか、愛水さんこそ早すぎるって」
「それ百瀬くんが言うことじゃないってば~!」
そう言って笑い出す愛水さん。つられて俺も笑ってしまい、ちょっと空気が柔らかくなる。
そして俺は、思わず彼女に見惚れていた。
いつもは制服姿しか見ていなかったから、帽子やバッグといった小物からオシャレなコートにブーツまで、新鮮すぎる私服姿がぐっときてしまう。やっぱり愛水さんは可愛い……!
とか思ってたら、愛水さんが下から俺の顔を覗き込んできた。
「百瀬くん? どしたの?」
「ああいや! な、なんでもないよ!」
「そう? ま、早く集合出来た分にはいいよねっ。それじゃクリスマスデート、始めよっか?」
「う、うん。よろしくお願いします!」
「あはは! 緊張してる~? ま、それは私もおんなじなんだけど」
「え? 愛水さんも?」
「当たり前だよ~。クリスマスデートなんて初めてだし」
そうなんだ。愛水さんも初めてのクリスマスデート……!
「百瀬くん。今日は1日、こちらこそよろしくお願いします。楽しいデートにしようね♪」
彼女の笑顔に思いっきり胸を打たれる俺。
愛水さんが来てくれただけで、一気に楽しい気持ちがわき上がってくる。
こうして今日、俺の人生初デートが始まったのだった!
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