私の賞味期限は14時間34分

灯色ひろ

第1話 イブイブの奇跡


『ねね、百瀬ももせくんっ。明日の放課後って空いてる?』


 えっ、と驚きに声が詰まったのを覚えている。


『明日みんなとクリパするんだけどさ、よかったらどうかなーって! まま、クリパって言っても軽くカラオケ行くだけなんですけども』

『あ、うん。別に大丈夫だけど』

『やったっ。じゃまた明日ね! 忘れちゃダメだよ♪』


 昨日の放課後、愛水あみずさんはそう言って帰っていった。


 そして今日──12月23日。


 クリスマスイブを翌日に控えた終業式の日だ。

 すっかりクリスマスムード一色となった煌びやかな街を横目に、軽く雪の積もった道をサクサクと音を鳴らしながら進む。自然といつもより足取りは軽くなっていた。


「愛水さんとクリパ……これは奇跡のチャンス!」


 思わず手を握る俺。

 彼女──『愛水 もも』さんと出会ったのは高校に入ってすぐ。同じクラスだった愛水さんはいつも明るくて元気な女の子で、その愛嬌たっぷりな笑顔と性格からあっという間にクラスの中心人物となっていた。

 今ではクラスどころか学園中でよく噂をされるくらいで、入学からこの冬までの約8ヶ月間で告白された回数は軽く二桁を超えているらしい。それも当然だろうなってくらいにめちゃくちゃ可愛いし、実際自分も告白しようとしているわけだから納得だ。


「愛水側からアプローチされるなんてマジで奇跡じゃん。よかったな光」


 一緒に登校していた幼馴染みの友也が笑いながらそう言った。俺がずっと愛水さんを好きなことは知っているため、応援してくれているのだ。


「でもなぁ。正直愛水はやめといた方がいいと思うけどな」

「え? なんでだよ友也ともや

「お前も噂くらい聞いてるだろ? 愛水って告白してきた男を取っ替え引っ替えしまくって男遊びしてるらしいぜ」

「まぁ……聞いたことはあるけど……」

「うちの部の先輩も告白したはいいものの、次の日には全部なかったみたいなことにされてショック受けたらしいぞ。ヤバくね? それに成績もあんま良くないみたいだし、遊んでるせいだって言われてんだよな。まぁただの噂だけどさ」


 いつ頃からか、たしかにそういうよくない噂が学校に流れるようになっていたのは知ってる。

 愛水さんはアイドル並みの人気があるから男子にモテるのは当然だと思うし、それをよく思わない人もいるんだろう。ただ、俺はずっとその噂に疑問を感じていた。


「でもさ、俺には愛水さんがそういう噂通りの人には見えないんだよな」

「ふーん、お前が言うならそうなのかもな。実際当たってみなきゃわかんねーこともあるだろうしさ。フラれたら遊び付き合ってやるから安心して砕けてこい!」

「サンキュ、友也!」


 親友に背中を押されて、俺はさらに足取りを速めた。



 そしていつもよりだいぶ早めに学校へと到着。


「光、オレ今日はこのまま部室行くわ。んじゃまたあとでな!」

「おう、がんばれよ!」


 終業式の日だってのにいつも通り朝練へ向かうスポーツマンの鑑たる親友と別れ、俺は一人で教室へ向かった。

 早朝の冬の校舎はさすがにひんやりとしており、まだ登校してきているやつもほとんどいない。どこか非日常感漂う朝を楽しみながら歩いていると、うちのクラスの前で一人の生徒を見かけた。


「……あれ? 愛水さん?」


 教室の入り口──なぜか扉の前に立ったまま中に入らずじっとスマホを見つめていたのは、まさかの愛水さんだった。


「最初に入ったら…………一番目に来る人は…………」


 よく聞こえないけど、愛水さんは何かを確認するように小声でつぶやいている。

 その表情はとても真剣で──いや、真剣というよりは緊張、だろうか? 扉の前に立っているシチュエーションから、なんとなく“転校生の初日”みたいな雰囲気がした。


 そんなことより、ひょっとしたら愛水さんと二人で話せるチャンスかもしれない!

 俺はそんな思いで、勇気を出して声を掛けた。


「愛水さん、おはよう」

「わっ!? あ、え、えっと──っ」


 こちらを振り返った愛水さんは、一瞬驚いたような顔をしていたがすぐにいつもの明るい笑顔に戻って言った。


「おはよっ、中原なかはらくん!」

「え? いや、百瀬だけど」

「えっウソッ!?」

友也なかはらは俺の親友で……って知ってるよね?」


 なぜかめちゃくちゃ驚いた様子の愛水さん。え? なにこれどういうこと? じょ、冗談だよな?


 そう思っていたら、愛水さんはすぐにまたいつもの表情を取り戻す。


「なーんちゃって! もち冗談冗談! おはよ百瀬くん! 今日は早いんだね?」

「あ、うん。今日はたまたまね」


 やはり冗談だったらしい。でも……なんだろう。今のやりとりになんだか少しだけ違和感を覚えた。


「そっか! ──あ、今日のこと忘れてな~い?」

「クリパだよね? でも俺、あんまり歌とか上手くないけどいいのかな」

「いいよいいよそんなの~! みんなで楽しくうぇ~いするのが目的なんだからさ! 百瀬くんとは初めて遊ぶよね? あたし楽しみにしてたんだ~♪」

「そ、そっか。誘ってくれてありがとう、愛水さん」

「おやすいごよーだよん♪」


 えへへ、と首を横に傾けるように笑う愛水さん。思わずドキッとさせられてしまう。やっぱり、こんな綺麗に笑える子があんな噂通りの子だとはどうしても思えないんだよな。


「──おっ、モモだ。はよーっす!」

「──桃ちゃん、おはよう~」


 そんなとき、俺の後ろから歩いてきたクラスメイトの女子2人が声を掛けてきた。愛水さんはすぐにパッと明るい顔で返事をする。


「すず! なっちゃん! おはよー! 2人も今日早くなーい!?」


 2人の元へ駆けつけてキャッキャとテンション高く盛り上がる愛水さん。うん、やっぱりいつも通りの愛水さんだ。さっきの違和感なんてもうどっかに飛んでいった。


「そーいやモモ、昨日のニュース見た? ほら、熱愛報道のヤツ! まさかすぎるっしょ~!」

「え? ああーごめんまだ見てないかも! ってか熱愛!? だれとだれ~!?」


 愛水さんは友達とそんな他愛ない話をしながら暖房の効いた教室に入っていき、俺も一緒に中へと入った。


 あわよくば朝の教室で──なんて妄想もしたが、いやいやまだチャンスはある!


 本番は今日の放課後。

 俺には希望のクリパが待っているのだから!!



 * * * * * * * *



 そして始まった希望のクリパは、特に何もなくあっという間に二時間ほどが経っていた。


「桃ちゃーん、次これ一緒に歌わない? 昨日出たばっかの新曲!」

「ごめーん! 私これまだちゃんと聴いたことなくって」

「え? でもほら、昨日一緒に動画を見たじゃん?」

「あーそうなんだけどね。まだちゃんと歌える自信ないからさー。あ、こっちはどう? ほら『Purely's』の新曲! たしか好きだったっしょ?」

「あ、うんうん好き好き! じゃこっちにしよ!」


 目の前で繰り広げられる楽しげなカラオケパーティー。

 愛水さんが声を掛けたことで多くのクラスメイトたちが集まり、大部屋を貸し切っての健全な盛り上がりぶりである。ただし俺は賑やかし専門であり、適当なリズムでマラカスを振って場をしのいでいた。それでも正直楽しいのは、楽しそうな愛水さんと一緒にいられるからに違いない。

 流行りのアイドルグループの曲を歌う愛水さんはまさにアイドルそのものであり、これだけでいいクリスマスになったなぁと思うものである。いや友也だったら「さっさと告れよ!」みたいに言ってきそうだけど。じ、時間はまだあるし! 焦るな友也!


「──あ、みんなゴメーン! 私そろそろタイムアップです! ちょっち早く帰らないとでさー!」


 曲終わりの愛水さんがマイクで告げた一言で、みんなが「えー!」と不満の声を漏らす。いや時間なんてまったくなかったわ!!


「桃ちゃん……もしかしてこれからデートか~~~!?」

「ももっちなら絶対そうでしょ~? だってイブイブだよ!? 明日休みだし!」

「愛水また新しいカレシ出来たのかよ? いいよなぁ恋人いるヤツはさぁ」

「まぁまぁ俺らも楽しんでこーぜ! んじゃな愛水!」


 クラスメイトたちの声に「アハハそんなんじゃないってー!」と笑って応える愛水さん。マジなのかマジじゃないのかわからないが後者であってほしい!


「せっかくだからみんなはもうちょっと楽しんでって! ホント言い出しっぺなのにゴメンねっ! それじゃまた来年ね~! よいお年を! って、その前によいクリスマスを~♪」


 みんなそれぞれに愛水さんへ言葉を返し、俺も何か一言──と思ったところで愛水さんと目が合う。

 愛水さんはパチン☆と可愛らしいウインクを送ってくれて、そのままひらひらと手を振って部屋を出て行った。

 もう悩んでる時間はない。


 ──チャンスは今だ……!


 意を決した俺はコーラをがぶ飲みしてから立ち上がり、トイレに行くかのような自然な流れで部屋を出た。

 もちろんトイレに行くわけではなく、そのまま愛水さんを追って店の外へ。


 そして、雪道を歩く彼女の後ろ姿を見つけた。


「──愛水さん!」


 追いかけながら声を掛けると、マフラーを巻いた愛水さんがこちらを振り返って「あれ?」と目をパチパチさせた。


「百瀬くん? どうしたの?」


 公園の前で彼女に追いつき、少しだけ息を整えてから口を開く。


「えっと、その、今日はありがとう! こういうのあんま慣れてないんだけど、愛水さんやみんなと盛り上がれて楽しかった」

「え~ホント!? よかったよ~楽しんでもらえて! でもあんま時間とれなくってゴメンね? 次は百瀬くんとも一緒に何か歌いたいな♪」


 白い吐息をもらしながら、明るい笑顔でそう言ってくれる愛水さん。その笑顔を見たとき、俺は自分の気持ちに確信を持った。


「あのさ、愛水さん」

「うん?」


 だから伝えた。


「愛水さんが好きなんだ」

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