第42話
「いえ、これは私のですけど……」
モノカさんは俺の腕を挟み込んだ胸の圧迫を強め、何故か自分の胸の所有権を主張するトーラさんにそう返す。
「あ、いえ。それはそうなんですが……好きに揉ませてくれたじゃないですか?」
「……?どういう事ですか?」
トーラさんの言葉に疑問を持った俺は、モノカさんに事情を聞いてみる。
「孤児院で話した、契約条件に便宜を図ってもらう代わりに胸をって話のことかと……でも、それはあのときだけって話だったはずです」
ああ、孤児院を出る娘に部屋を探して、その娘が家賃を滞納したときにモノカさんが保証人として家賃の肩代わりをしたら部屋の契約を解除するって話だな。
そのために胸を好きにさせるって事だったが……
「あー……あの話はトーラさんの事だったんですね。男性が要求したんだと思ってました」
「えっ!?違いますよ!男性で好きにさせた事なんてありませんし、していいのはコージさんだけです!」
俺の言葉にモノカさんはそう言うと、
ガシッ、グイッ……むにゅり
と、俺の右手を取り、俺の左腕を挟んだまま自分の左胸に押し当てた。
柔らかくもみっちりというか、ズッシリとした温かな感触が手のひらに広がる。
「えーっと……」
「ど、どうぞお好きに」
お好きにと言われても……人前だしなぁ。
それにフレデリカとの事もあって、じゃあ遠慮なく、とはいきづらい。
そこでトーラさんに目を向けてみると、彼女はモノカさんの胸に押し当てられた俺の手を羨ましそうに見つめていた。
「うぅ、あたしの……」
「いや、違うでしょう……自分のじゃ駄目なんですか?」
そう聞くとトーラさんは胸を張り、更には指を指して胸を強調する。
「いやほら、全然違うでしょう?モノカさんのは大きくも張りがあり、直接は見ていませんが形もいいはず。揉み心地だって良くて、私なら可能な限りずっと揉んでいたいぐらいですよ!」
息を荒くし、早口で捲し立てる彼女。
強調されているので当然そこに目が行くが……流石にモノカさんと比べれば小さいとはいえ、普通に"ある"とわかるぐらいの膨らみはある。
詰め物でもしていなければだが。
「はぁ、そうなんですね」
まぁ、比べたであろう本人が違うと言うのだからそうなのだろうし、俺としても複数の女性の胸に触れてきたのでわからんでもない。
そう思っていたのだが……俺がイマイチわかっていないと判断したのか、トーラさんは席を立ってカウンターの端から客席側へ出てきた。
「……」
スッ、コツ、コツ、コツ……キィッ、コツ、コツ、コツ……ピタッ
何をする気なのか様子を窺っていたところ、彼女は近くに来るとおもむろに俺の左手を取り、自分の左胸に押し当てる。
むにゅり
「えっ、ちょっと……」
「ほら!全然違うでしょう?」
「そりゃ違いますけど……」
腕がクロスされた状態になり、右手でモノカさん、左手でトーラさんの左胸を触っている俺。
「えーっと……」
何故こんな事になっているのかを思い返し、俺はトーラさんに1つの疑問をぶつける。
「あの、トーラさんって女性が恋愛対象だったりするんでしょうか?」
モノカさんの胸に執着していたので、彼女の事を恋愛対象として好きなのかもしれないと思って確認するが……
「え、違いますけど。あくまでもモノカさんの胸が好きなだけです!」
と、あっさり否定された。
「それならその、男に胸を触らせている事についてはどうお考えで?」
そう聞くと、トーラさんは一瞬俺の言葉を理解できなかったようだが、
「……あっ!」
と声を漏らして俺の手を離すと言い訳を始める。
「いやあの、これはこだわりによる勢いと言いますか……」
「はぁ」
「なのでその……離していただいてもいいでしょうか?」
「あ、はい」
彼女は俺の手を離したがその場から動いたわけではなかったので、ついそのまま触れっぱなしになっていた。
まぁ……急に第三者が現れて俺が痴漢の容疑をかけられる可能性はあったのだし、そんな事をしてきた代償として意図的に触ったままだったのだが。
ともあれ、俺がトーラさんの胸から手を離すと、そこでモノカさんがトーラさんに提案する。
「あの、でしたら……また触ってもいいので、コージさんに良い部屋を紹介していただきたいんですけど」
「えっ!?いいの?」
先程の件で少々顔を赤くしていた彼女だったが、モノカさんの提案に喜んで食いついた。
それを受け、モノカさんは俺に確認を取ってくる。
「……その、構いませんか?」
「えーっと……俺に聞く事ですか?」
「いやほら、
ムニュムニュ……
そう言いつつ、自分の胸に押し付けた俺の手を動かすモノカさん。
いい部屋を紹介させるためではあるが、恋人設定というのもあってそう言っているようだ。
ただ……そのためにモノカさんの胸を好きにさせる、という話を俺が決めていいものか?
トーラさんの態度から前回からは期間が空いているみたいだし、長期間に渡ってという話ではなかったようだが……同性が相手とはいえ、こういった形で体を張らせるのは気が進まないんだよなぁ。
モノカさんは今回の保証人の件を
今日の入浴は……宿で匂いの少ない洗剤を使って済ませるか。
というわけで、俺は自分の意思で手を動かしてモノカさんの胸を揉む。
わしっ、モミモミ……
「んっ♡えっ、あの……?」
抵抗はせずとも、小さく疑問の声を上げる彼女に俺は言う。
「俺の物だと言うのなら……相手が女性でも駄目ですね。部屋はまた今度、金を十分貯めてからでも構いませんし……それが可能なのはご存知ですよね?」
ギュッ
「んんっ♡は、はい……」
モノカさんは自分の胸を少し強めに掴んで言った俺を見つめ、赤い顔でそう返す。
「じゃあ、そういうわけで……」
と、俺は不動産屋を出て今日の部屋探しをやめようとしたのだが、そこでトーラさんが引き留めてきた。
「ちょっと待った!」
「何か?」
「いえ、ちょっと気になることがありまして……」
「?」
完全に時間の無駄……というわけではないが、部屋探しを止めるなら早いうちに宿を確保したいところである。
そんな俺に、彼女は先程のモノカさんとのやり取りに言及する。
「あの、貴方には十分な収入の当てがお有りなのでしょうか?」
「まあ……とは言っても冒険者なので、ダンジョンでの稼ぎになりますが」
「んん?それで何故モノカさんはコージさんが資金を貯める事ができると?」
聞かれたモノカさんは話していいのかと俺に視線を送り、俺がそれに頷くとトーラさんに答える。
「コージさんは2区までしか行かなくても、1日で大きな鞄一杯の魔石を稼がれますので。その上で仕分けのお仕事を孤児院に頂いてるんです」
「んー、なるほど。でもそうなると……恋人という話はその立場からそうなっているのでは?」
「う。それは……全くないとは言えませんが……」
こちらを窺いつつ、正直に答えるモノカさん。
この場ではあくまでも設定の話なのだが、彼女としては本気でそうなるつもりなので俺からの心象が不安なのだろう。
ただ、それは承知の上だし気にしなくてもいいのだが……
そんな彼女にトーラさんは質問を続ける。
「この事はその……支援者の方はご存知なのですか?」
フレデリカの事だろう。
俺が彼女の事を知らない可能性も考慮してぼかしたようだが、それにはモノカさんがハッキリと答える。
「フレデリカ様はご存知です。そもそもコージさんをお連れになったのはフレデリカ様ですので」
「え、そうなんですか?ということは……コージさんのお力についてはフレデリカ様がお認めになっている、と?」
「それはまぁ、そうですね」
「ですよねぇ。じゃなかったらモノカさんの恋人に、なんてお認めにならないでしょうし……」
そう言うとトーラさんは両腕を組み、しばらく何かを考えると頷いた。
「よし!では部屋のご紹介をいたしましょう!」
「え?いいんですか?」
俺がそう聞くと、彼女は苦渋の決断をしたような顔で答える。
「ぐぐ……まぁ、モノカさんの胸を好きにできる機会は逃してしまいますが、フレデリカ様がお認めの方をこのまま返すわけにはいきません」
「……もしかして、1人で来てもフレデリカ様の事を話せば良かったんですかね?」
「んー、それはどうでしょう?フレデリカ様にここと直接の関係はありませんし、いきなりあの方の事を持ち出されても疑っていたとは思います」
そうなると……結局モノカさんを連れて来るのが部屋探しの最短ルートだったのか。
そう思っていたところ、トーラさんはカウンターの向こう側へ移動して席に着く。
それに合わせて俺達も客席に座ると、彼女はまともな不動産屋であるかのように口を開いた。
「では、お部屋のご希望をお伺いします」
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