第41話

「とりあえず、はい」



そう言うとネロは両手で抱えた袋を渡してきた。



ズシッ


「お、結構多いな。もうこんなに仕分けできたのか」


「次も仕事を貰えるようにみんな頑張った」


「なるほど。ん……?」



続けてもう2人からも袋を受け取ると、俺はその数に疑問を持つ。



「何か問題?」


「いや、2種類の魔石なのに袋は3つだなと思って」


「ああ……これとこれはゴブリンで、こっちは魔狼」


「そうか」



仕分けの状況的にゴブリンの魔石が多かったようだ。


"コージ"に戻る際の、詰め替える鞄の大きさを考えながらその袋を今持っている鞄に詰めていき、それが終わるとモノカさんに声をかける。



「じゃあ、そろそろ行きます。また後で」


「あ、はい」



この後の部屋探しの前に俺はギルドに寄って魔石の換金をするので、待ち合わせ場所で彼女と合流することになっている。


なのでそう言うやり取りをしたのだが……そこにネロが食いついた。



「デート?」


「違う。ちょっと部屋探しを手伝ってもらうだけだ」



即否定したことにモノカさんは少々残念そうな顔をしているが……現状、そういう予定はないからな。


ただ、ネロは更に食いついた。



「部屋?そうなるとやはり使用人が必要では?」


「いらん。家を買うわけでもないし、大きい部屋を借りるわけでもないからな。それに……俺は冒険者だ。いつ帰ってこなくなってもおかしくはない」


「「「あー……」」」



俺の言葉に納得の声を漏らすネロ達。


彼女達も孤児である以上は親が冒険者かその関係者だった可能性が高いし、俺の言葉には思い当たる所があるのだろう。


そんな彼女達を横目に魔石の袋を詰めた鞄を持つと、玄関で鞄を背負い、モノカさんに見送られながら孤児院を退去した。




孤児院で結構時間を食ってしまったが……まぁ、まだお昼ぐらいだな。


俺は人気のない路地に入ると、先に鞄を替えることにする。


新たに別デザインの鞄を作成して魔石の袋を詰めていき、魔石が入っていた鞄を魔力に戻して消滅させた。


その後、"コージ"の姿に戻ると鞄を背負い、路地を進んで別の出口から表の道に抜けて冒険者ギルドへ向かう。




ギルドの脇道を通って解体場へ行くと、先ほどと同じようにフレデリカが居た。


受付に近づくと彼女は俺に気づく。



「どうだった?」


「ええ、手伝って貰えることになりまして。ご紹介ありがとうございました」


「なら良かったわ。で、仕分けできてる魔石はその鞄に?」


「はい。2種類しかないのと、また仕事を貰えるようにって結構頑張ったらしくて半分ぐらいは終わってたようです」


「そう。でも多ければ多いで査定に時間がかかるわよ?」


「まぁ、部屋探しにも時間はかかるでしょうから、それが終わったらまた来ますよ」


「なら、アンタが来る前に終わってたら口座へ入金処理しておくから、その場合はギルドのほうで引き出しなさい」


「わかりました。じゃあ部屋探しに行ってきます」


「そう……あぁ、1つ言っておくことがあるわ」


「え?何か?」



受付を離れようとした俺だったが、フレデリカに止められた。


指で"来い"というジェスチャーをされ、内緒話か?と思いつつ彼女に顔を寄せる。


他人に見られたら下手するとキスしているように思われかねないので、すぐに用件を聞かせてもらうと……彼女は口を開いた。



「モノカに手を出してもイリスには黙っておいてあげるわよ」


「……何故そうなる」



小声だしいいかと思い、雑な口調で返すが……フレデリカはそれを気にせず言葉を返す。



「ん?あの娘のこと気に入らなかった?は気に入ってたみたいだけど」



そう言って彼女は自分の胸を腕で持ち上げる。



「別に、そこ以外も魅力的だとは思うが……」


「ならいいじゃない。あの娘もアンタのこと気に入ってたみたいだし、誘えばすぐにあの胸を味わえると思うわよ?」



まぁ……いきなり恋人に、なんて言ってきたぐらいだし、そのハードルは低いのかもしれない。


しかし……



「……モノカさんに俺を薦めるようなことを言ったのか?」



フレデリカはその立場上、モノカさんへの発言力は非常に強い。


なので、そうであれば何らかの意図があったはずだと思って聞いたのだが……フレデリカは首を横に振る。



「言い出したのはモノカよ。まぁ、わかってるでしょうけど打算込みでね。私は"大丈夫な人"かって聞かれたから答えただけ」


「彼女が言い出したんなら別にいいが……何故お前が俺を"大丈夫な人"だと言えるんだ?」



そう聞いた俺に、フレデリカは若干呆れ顔で答えた。



「いや、イリスの件で抱え込まなくていい面倒事を抱えるぐらいだし、聞いた話じゃ別に下心があったわけでもないんでしょ?」


「……イリスに近づくこと自体が目的だったかもしれないだろう?」


「だったら、最初に街の入口で助けたときに声を掛けていたでしょう?」


「それは"宝石蛇"に目を付けられるのを避けようと……」


「連中の事を知ったのは街に入った後でしょ?あの娘に近づくのが目的なら、その前に声を掛けない理由はないんじゃない?」


「う、まぁ……」



反論できない俺にフレデリカはニヤリとする。



「そういうわけで、アンタが悪い奴じゃなさそうだし稼げるのもわかったから、反対する理由はないって言っておいただけよ。まぁ……競争相手は居るけど今ならまだ望みはあるから、遠慮してると手遅れになるとも言ったけど」



ああ、そこでイリスが俺の恋人かどうかをあやふやにしたからこそ、モノカさんは焦りもあって積極的だったのか。


ある意味、こいつが焚き付けたようなものだな……


舐められすぎてまた何かを押し付けられるかもしれないし、ちょっとだけ俺と距離を取りたくなるようにしておくか。


単純な手段だが……



「悪い奴じゃない、か。こういう事をしてもか?」



そう言うと俺はフレデリカの胸に手を伸ばし、手からやや溢れるぐらいのそこを遠慮なく掴む。



むにゅ。


「っ!」



突然の暴挙に驚く彼女だったが……状況的に声を上げることはないとしても、俺から物理的に距離を取るとは思っていた。


しかし、フレデリカは特に動かず、俺に胸を揉まれながら質問する。



ムニムニムニ……


「んっ……一応、イリスの件で協力してあげてるはずだけど?」


「最悪どうにかできる手段はある。お前に協力してもらっているのはなるべく穏便に済ませるためだ」



そう返す俺に彼女は小さく笑う。



「フフッ、なるべく穏便にってところに人の良さが出てるわよ?」


「……えい」


きゅっ、クニクニ……


「んんっ♡」



痛い所を突かれた俺はフレデリカのを摘み、軽く弄ってから手を離す。



「ふぅ、もういいの?」


「今はな。これ以上何かを押し付けようとするなら……」


「へぇ、これ以上の事を?」


「いや、全部放り出して他所に行く」



こいつは俺を利用したいようだし、これが一番困るかと思ってそう言ったのだが……フレデリカはニヤリとする。



「アンタがそれで良ければいいわよ、"宝石蛇"にイリスの事が伝わるだけだし。まぁ、街を出るアンタには関係ないんでしょうけどね♪」


「ぐぬぬ……」



こいつは俺が本気で言ったわけではないとわかっており、逆に俺が困るであろう対応をすると言い出した。


契約した以上はイリスの件を放り出す気がなく、だからこそ言い返せない俺の手を掴んだフレデリカは、再び自分の胸に触れさせる。



「これぐらいは構わないし、モノカのことはアンタ次第。悪い話じゃないでしょ?」


「……ならなくてもモノカさんに強要はするなよ」


「わかってるわよ♪」


「……」


ムニムニ……


「んっ……」



なんとなくではなく、明確に言い包められた感じがあるので……俺は笑顔でそう返すフレデリカの胸を再度弄ってから解体場を出た。




ダンジョン前の広場に出て、待ち合わせ場所でモノカさんを待っていると……程なくして彼女は現れ、俺に気づくと駆け寄ってくる。


うむ、今回も弾んでおるな。


さっきとは違う服装だが、わざわざ着替えて来たようだ。



「す、すみません!お待たせしました!」


「いえ、ついさっき来たところなので。それより……着替えてきたんですか?」


「あ、はい。その……保証人になるなら、多少は良い格好をしておいたほうがいいので」



確かに、保証人は借りる本人が家賃を滞納した場合の存在なわけだし、保証できそうに見える格好のほうがいいだろう。


しかし、これから行くのはすでにモノカさんのことを知っている不動産業者のはずだが……まぁいいか。



「なるほど。すみません、わざわざ」


「いえ、私がしたくてやってる事ですから」


「じゃあ、さっそく行きましょうか」


「あ、はいっ。それでその……1つご提案が」



俺の言葉に返事をするも、何やらモジモジしているモノカさん。



「ん?何でしょう?」



そう聞くと彼女は俺に身を寄せ、小声でその提案内容を話す。



「あの、保証人の件でお付き合いしていることにするわけですし、それらしく見えるようにすべきではないかと」


「はあ。それらしく……腕を組むとかですか?」


「はい。あと、話し方ももっと気軽な感じが良いのではないかと」


「腕を組むのはわかりますが、話し方は別にいいんじゃないですか?結婚しても丁寧な話し方をする御夫婦だっていらっしゃるでしょう」


「それは、まぁ……」


「それに話し方を急に変えると、変える前の話し方がつい出てしまって不自然になるかもしれません」


「そ、そうですね。じゃあ……」



ちょっと残念そうなのは……いい機会だからと親しい話し方をするようにして、距離感を縮めようとしたのかもしれないな。


だがまぁ、モノカさんは俺の指摘に納得したらしく、俺の左腕に抱きつくような形で腕を組んできた。


むにゅり、とでも聞こえてきそうなほどに彼女の大きな胸が押し付けられ、服だけを挟んだ温かさと感触が伝わってくる。


部屋探しで完全武装もおかしいかと思い、武装はショートソード1本だけにしているからだ。



「い、いかがでしょうか……?」


むにゅうぅ……



俺の視線が自分の胸に向いていることに気づき、モノカさんは更に押し付けながら聞いてくる。



「大変良いものだと思います」



お世辞であれば躊躇するところだが、良い感想であれば遠慮する必要はないと考える俺は素直にそう答えた。



「えへへ……じゃあ、行きましょうか♪」



その感想に機嫌を良くしたらしいモノカさんは、俺の腕をがっしり掴んで不動産屋へ誘導を始める。


すると……彼女は南東地区に入って10分もしないうちに足を止めた。






「あっ、ここです」



そう言ってモノカさんが足を止めたのは、少し入り組んだ所にある、さほど大きくはない……というより、どちらかというと小さめの店舗だった。


まぁ、よほど多くの物件を扱うような規模の大きい業者でなければ、品物を売るわけでもない不動産屋はこんなものだろう。


実際、前世でも見た不動産屋は、店舗だけで言えば2,3mのカウンターがあるだけって所も普通にあったしな。



「じゃあ、とりあえず入りますか」


「はい」



そう言って店のドアを開けると……中は12畳ぐらいの広さで、カウンターを挟んで3分の1ぐらいが客席のような形になっていた。


カウンターの奥にはこちらに対して仕切りがついたスペースと、いくつかの本棚が並んでいる。


そのカウンターに1人の女性が座っており、黒髪でボブカットの中々美人な人だった。


彼女はモノカさんを見て不思議そうな顔をする。



「いらっしゃ……あら、モノカさん?」


「こんにちは、トーラさん。今日はちょっとお部屋を探しに来まして」


「この時期に?孤児院の娘は大体、冬を越した後じゃない?」


「あっ、今日は孤児院の娘じゃなくて、こちらのコージさんのお部屋なんです」


「え?」



モノカさんの言葉に俺を見るトーラさん。


ずっとモノカさんと居たのだし、視界に入っていないはずはなかったのだが……トーラさんは今気づいたかのような顔をする。



「あ、どうも。ここの店長のトーラです」


「コージです。店長にしてはお若く見えますね」



俺は名乗りつつ、いい部屋を紹介してもらえるように軽めのお世辞を含めてみた。


まぁ……彼女は20代半ばに見え、店長という立場にしては若いのは事実なので、特に躊躇することはなかったが。


街は広いと言っても限られた土地で商売をするわけだし、本人の才覚や努力だけで実店舗を構えるのは難しいはずだから……誰かの後を継いだのだろうか?


その予想を察したのか、彼女はここの店長になった経緯を話してくれた。



「ああ、ここの前任者は客とのトラブルで亡くなりまして。それを引き継ぐ形で私が店長に」



聞けばその前任者は男性だったらしく、気に入った女性客を自分の裁量で厚遇し肉体関係を持ったりしていたそうだ。


それ自体はただのギブ&テイクとして問題にならないらしいのが常識のようだが、その女性に恋人や好意を寄せる男が居れば当然良くは思われないわけで。


その結果、前任者は仕事終わりに酒場で飲食を済ませ、酔って気分良く帰宅していたところを襲われて亡くなったそうだ。



「で、前任者のせいで女性客が多いので、同じことが起きるのは避けたほうがいい、ということでここを女性に任せることになりまして」


「へぇ……でも任せるってことは、店長とは別の経営者がいらっしゃるんですかね?」


「ええ。"フータース"って大きなお店ご存知ですか?」


「え、あそこの系列なんですか?」


「はい。私は商会内で別の職場だったのですが、お声がかかったのでこちらへ」


「なるほど……」



と、彼女の話を聞き終えて納得していた俺だが、今度は彼女がこちらの事情を聞いてくる。



「それで、お部屋をお探しとの事でしたが……まず、何故モノカさんがご一緒なのでしょうか?」


「ああ、それは……」


チラッ


「……(コクリ)」



トーラさんの質問にモノカさんを見ると、「事前に設定した通りに話していいのか?」という俺の目線に彼女は頷く。



「えっと、モノカさんには保証人になってもらう予定でして」


「え?何故モノカさんが保証人に?」


「それは……」


チラッ


「……(コクコクコクコク!)」



自分的に、付き合っている関係であると嘘をつくのは精神的な負担が大きいようで、俺は再度モノカさんに「本当にいいのか?」という目線を送るが……激しく頷いたので予定通りの説明をする。



「まぁ、その……付き合っている関係でして」



その答えに、トーラさんは数秒固まるほど驚いた。



「………………はあ?」


「え、何かおかしいですか?」


「いや、おかしいなんてものじゃ……モノカさん、本当なの?」



よほど信じられない話なのか、彼女はモノカさん本人に確認を取る。



「ええ、まぁ……こんな感じで」


ギュッ



そう答えつつ、モノカさんは入店時に解いていた腕を再び絡ませ、更にはその胸の間に俺の左腕を挟んでみせた。


俺はそこまで細い腕をしているわけではないのだが……この分だとを挟んでも余裕だな。


一瞬そんな事を考えていると、その光景を見たトーラさんが言い放った。



「わ、私のおっぱいがぁっ!」



……それは違うと思います。

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