第40話

「「「申し訳ありませんでした……」」」



3人の少女が謝罪する。


俺とモノカさんの話を盗み聞きしようとしたらしいのだが、彼女達はドアに寄りかかっており、彼女がドアを開けるまでその場に居たせいでドアが開かれると同時になだれ込むことになった。


ということは……至近距離まで足音が聞こえていなかったぐらいだし、部屋での話は聞こえていないのだろう。


なので、俺は軽い注意だけに留めておくようモノカさんに進言する。



「まぁ、盗み聞きは聞いてしまったことで危険な目に遭うかもしれないから、今後は気をつけるように。モノカさん、食事抜きは頼んだ仕事に影響が出るかもしれませんので、何か別の形にということでお願いします」



仕分けの仕事はこの孤児院の小さすぎない娘全員でやると言っていたので、おそらく俺と大して変わらない年頃の彼女達も携わっているだろうと判断してそう言った。



「あっ、確かにそうですね。でしたら報酬のほうを減らしましょう」


「「「そんなっ!?」」」



モノカさんの代案に、先ほどと同じリアクションをする3人。



「そんなっ、じゃありません。モーズさんの言う通り、相手と内容によっては殺されてしまうこともあるんですからね!」



その言葉に、門で会った大人しそうな少女が口を開く。



「そんな話、ここでする?」



どうやら、彼女は大人しいというより表情の変化が乏しいと言ったほうが正しいようで、怒られている立場にも関わらず堂々と突っ込んできた。


確かに……街の有力者の娘であるフレデリカが来ることもあるのだろうが、あいつだってここで命に関わるような機密情報は口に出さないはずだ。


しかし、そんな彼女にモノカさんは軽くため息を付く。



「ここでなら良いという話ではないの。盗み聞きをするのに慣れてしまって、他所でもしてしまうかもしれないでしょう?」


「おぉ……なるほど」



感情的に反論していたわけではないらしく、少女はモノカさんの言葉にあっさり納得したようだ。


うんうんと頷いた彼女だったが……その後、ススッと俺の前に近寄ってきた。



「?」


スッ



何だ?と思っていたところ、少女がいきなり頭を下げる。


改めて謝罪をするのか?と思っていると……



バッ!



彼女は勢いよく頭を上げ、それと同時にスカートを捲り上げた。


やはりこの辺ではスタンダードなのか紐パンで、孤児院の財政が影響してかシンプルな造りの物だ。



「わっ」

「ちょっ?」



一緒に盗み聞きをしようとしていた2人がそんな声を上げる中、その少女はパンツ全開で尋ねてくる。



「ど、どう?」


「どうって……どういうつもりだ?」


「お詫びのパンツ。略して詫びパン」


「なんだそりゃ……」


「で、どう?」


「どうって……」



どう答えるべきだろうか。


表情は乏しくても彼女の顔は赤らんでおり、恥ずかしくないわけではなさそうだ。


お詫びとなれば謝罪の意思があってのことだろうし、恥に耐えつつ見せている彼女の尊厳を傷つけるのはよろしくない。


まぁ、俺と同年代であろう少女は美少女なので、お詫びにならないかと言われればなるしなぁ。


そう考えながら公開されたパンツを見ていると、その幕は突然下ろされた。



パァン!


「あぃたっ」


「何してるのっ!」



モノカさんが少女の後頭部を叩き、それによってスカートの裾を持つ手が放されたのだ。


叩かれた彼女は、痛む頭に手を当てながらも行動の理由を説明する。



「謝罪と売り込みを」


「謝罪はわかるが……売り込み?」



俺の言葉に、少女はこちらを見て聞いてくる。



「さっきの話からすると、ここに魔石を仕分ける仕事を持ってきたのは貴方?」


「そうだが」


「あの量の魔石が1日分の稼ぎだと聞いている。稼いできたのも貴方?」


「まぁ……俺かな。連れは1人いたが、主に魔石の回収を任せていたし」


「どこかのカンパニーに所属してる?」


「いや、してないな」



そこまで答え続けると、彼女は不意に抱き着いてきた。



「っ!」


ガバッ!


「うおっ」


「あっ、こら!何してるの!」



モノカさんが声を上げるが、少女は俺に抱き着いたままグリッと彼女へ顔を向ける。



「持ち込まれた魔石はお仲間の分と仕分けの手間賃を引いても十分なお金になる。一日でそれな上にどのカンパニーにも所属していないとなると、その稼ぎは全てこの人の自由だということになる」


「それはそうでしょうけど……」


「なら、私達を使用人か何かで雇うこともできるはず」



そう言いながら少女は再び俺に顔を向けると、行動の説明と売り込みの再開をした。



「あっちの2人もだけど、年齢的に私達がここに居られるのは次の冬を越えるまで。でも、股を開かなくていい仕事はなかなか無い」



まぁ、がない仕事はコネが必要らしいからなぁ。


ただ……



「それで雇えと?俺が身体を要求しないとは限らないぞ?」


「モノカの態度を見る限り、貴方がじゃないことはわかっている。仕事をくれている立場を使っていやらしい事をしていてもおかしくはなかったけど……服の乱れもないし、そこまで長居をしていたわけでもない。おそらく、貴方は自分から要求することがほとんどない」


「まぁ、そういうつもりがなかったのは確かだが……ん?もしかして、盗み聞きしようとしてたのはモノカさんを心配してか?」


「えっ?」



俺の予想に驚きの声を上げるモノカさん。


それに対し、少女は俺の予想を肯定した。



「まぁ、そう」


「貴女達……」



その返答に、盗み聞きを叱ったモノカさんは申し訳無さそうな顔をするが……続く少女の言葉で再び怒りの表情を見せる。



「……半分ぐらいは」


「半分って!じゃあ、もう半分はやっぱり興味じゃない!」


「お年頃なので。モノカの胸がどれだけ暴れるのか気になった」


「あ、貴女ねぇ……」



それは俺も気になるな……


怒りながら呆れるモノカさんをさておき、少女は再び俺に雇用を迫った。



「で、どう?あっちの2人はわからないけど、私は貴方が要求するなら応えるつもり」


「それなら他の職場と変わらないだろ……」


「自分から言い出している以上は全く違う。そしてそう言い出したのは貴方ならいいと思ったから」



俺の対応が紳士的にでも思えたのだろうか?


別にいい人だと思われたいわけではく、余計なヘイトを買わないためなのだが。


それに……



「俺の顔も見てないのによく言えるな。ものすごく気持ち悪い顔かもしれないだろう?」


「あー……まぁ、顔を見なくてもヤれるとは聞いている。私が聞いたのは女の顔を隠せばヤれた、という話だったけど」


「えーっと……」



身体は良いが、顔が好みではなかったという話なんだろう。


状況がわからないのでなんとも言えないが……事前に確認できなかったのか、確認した上でヤったのかが微妙に気になるな。


そんな事を考えていると、少女は俺の顔に手を伸ばす。


兜の面を上げて顔を見ようとしているのだろうが……俺はその手を掴んで止める。



ガシッ



彼女は首を傾げて聞いてきた。



「……見せられないほど変なの?」


「色々と事情がある。変かどうかは見る人次第だな」


「その言い方なら、見せられない理由は顔そのものではない。秘密は守るので見せて欲しい」



顔を見なくても応じるとは言っていたが、やはり気になるものは気になるのだろう。


だが、"コージ"として動きづらくなるリスクを考えると応じられないな。



「駄目だ。世の中には相手を痛めつけて情報を聞き出す場合もあるし、そもそも俺は人を雇うつもりがないからな」



まぁ、ここはフレデリカが支援している施設だし、そうそう手荒な真似はされないだろうと思うが。



「むー」


「不満そうな顔をしても駄目だぞ。まぁ、魔石の仕分けは継続してここに依頼するって話になったからそれで納得しろ」


「……わかった」



少女はそう言うと渋々俺から離れたが……



「私はネロ。諦めてはいないので、機会があったらよろしく」



と言って、真顔でウィンクをするのだった。






「本当に申し訳ありません……」



モノカさんはネロ達に仕分けが済んでいる魔石を取りに行かせると、俺の前で深々と頭を下げた。


やはり、立場上責任を感じているらしい。



「まぁ、半分はモノカさんを心配してのことですし、別に気を悪くしたわけでもないので」


「そ、そういうわけには。ただでさえ仕事をいただいてお世話になる予定なのに……」


「そう言われても……」


「な、何かお詫びを……あっ」



頭を下げたまま、何かに気づいたような声を上げたモノカさんだが……数秒後、その頭を勢いよく上げた。


スカートの裾と共に。



バッ!


「うおっ」



彼女は赤い顔で思い切りスカートを捲り上げ、その中に履いていた生成り色のパンツを見せる。


これは……さっきネロがやった"詫びパン"か。


ネロがやったときはモノカさんも驚いていたし、別にこれが一般的というわけではなさそうだが。


驚く俺に、彼女は感想を求めてくる。



「い、如何でしょうか?その、予定外だったのでそんなに良い物ではないのですが……」



そう言われて晒されたパンツに注目すると、彼女は特に飾り気のない、普段着だと思われる物を履いていた。


とはいえ、美女が恥じらいながらそんな姿を見せているので、余程粗末な下着でなければ十分すぎるほどの眼福ではある。


まぁ……前世の技術で作られた、美しい細工と機能性を併せ持った下着を身に着けさせたいと思わなくもないが。


そんなことを考えながらも彼女の質問に答える。



「いえ、十分良い物だと思いますよ」


「ほ、本当ですか?普通のと言いますか、安めの物なのですが……」


「んー……よっぽど変な物でなければ、身につけている人によりますからね」


「え?じゃあ、私が履いているから良い物に見える、と?」


「まぁ、そうですね。なのでお詫びとしてはもう十分ですよ」


「そ、そうですか。では……」



俺は恥ずかしいだろうと思ってそう言うと、彼女はスカートの裾を下ろしたのだが……顔の赤みはしばらく残った。



「ん?何があった?」



それによって魔石が詰まった袋を抱えて戻ってきたネロ達に勘付かれ、モノカさんは顔と胸を横に振って全力で誤魔化そうとする。


ネロと同じ詫び方をしたことを隠そうとしたようだ。


自分はそれでネロを叩いて叱ってたわけだしな。



「あっ、いや……なんでもない!なんでもない!」


ぶるんぶるんぶるん……


「……?」



その様子を、ネロ達は疑いの眼差しで眺めていた。

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