第37話

さて、訳のわからん女と訳のわからん事になったが……やっと外出することができた。


"銀蘭亭"を出た俺は、とりあえずセリアの予約を取りに行く。


"フータース"から魔法の触媒が届けられることを伝え、打ち合わせ通り受け取って貰わなくてはならないからな。


時間的にはもうダンジョン入口脇のテントに居るだろうし俺が予約を入れに来るのがわかっているので、誰かが雇おうとしても断っているはずだ。


朝食がまだなのでその辺の屋台で何かを食べたいところではあるが……"モーズ"の姿では飲食ができないな。


セリアに会い、用事を済ませてから"コージ"としてゆっくり食事を摂ることにしよう。





ダンジョン前へ到着した俺は、予想通り聖職者のテントに居たセリアへ近づいた。



「あ、モーズさん。おはようございます」



近寄る俺に気づいたセリアが、席から立って挨拶してくる。


今日はそんな彼女の近くに人が居たので、俺は筆談で話を進めようと紙やペンを出す。



「(荷物は今日届く。予約は明日の分でいいのか?)」


「はい。荷物の受取は宿舎の管理を担当している部署に伝えておけば大丈夫です。派遣の予約は聖堂に入ってすぐの所に受付がありますのでそちらのほうで」


「(派遣の依頼は冒険者でなくても可能なのか?)」



"モーズ"としては冒険者登録をしていないので、予約に登録証などが必要な場合はイリスに来てもらうことが必要になるが……


俺のその質問に、セリアは意外そうな顔をした。



「え?貴方は冒険者じゃなかったんですか?」


「(傭兵……みたいなものかな)」



自分の現状ではこれが一番近いだろう、というわけで俺はそう答える。


セリアはその答えに疑問は持たなかったようで、納得して頷き話を続けた。



「ああ、そうなんですね。派遣の予約には聖職者本人が同行していればお名前だけでも大丈夫です。何なら聖職者だけでも予約は入れられますので」


「(それだと、聖職者が嘘の予約を入れて自分に需要があるように見せたりできないか?)」



予約が入った回数や派遣された日数で評価が変わり、それによって収入が上がったりするのではないかと聞いてみるが……セリアは首を横に振る。



「いえ、そこは上がってきた利益でのみ評価されます。虚偽の派遣実績があったとしても、実際に派遣された際の実力が期待通りでなければ苦情が相応に上がってくるでしょうから……」



苦情が多ければ派遣実績に調査が入り、虚偽の実績があれば処罰もあるそうな。


なるほど、それなら聖職者本人が自腹を切って虚偽の実績を作る意味はないか。


というか、聖職者を名乗ってる連中が利益重視ということに違和感があるが……まぁ、宗教の教義なんて始めたやつが勝手に創るか、引き継いだやつが自分の都合がいいように変えるものだしな。


セリアの話に納得した俺は彼女の案内で聖堂へ向かい、受付で聖職者の派遣依頼を出す。



「"モーズ"さんですね。派遣費用と消費した聖水の費用は別であるという説明は受けておられますか?」


「(聞いている、問題ない)」



念の為に顔は見せておいたほうが良いだろうと、昨日セリアに見せた顔でそう書いた紙を受付の男性に見せる。



「えーっと……ちょっとよろしいですか?」



俺が見せた紙の内容を確認した彼は、耳を貸せという手振りをしながらそう言ってきた。


セリアに聞かれては不味い話か?


と思って彼に耳を寄せると……まぁ、確かに彼女の耳に入れる話ではなかった。



「その、彼女の治癒魔法は効果が小さいのでお気をつけください」


「(それも聞いている、問題ない)」


「ああ、そうでしたか。では……」



セリアの"小回復"というスキルまたは称号については聖職者の間でも知られているようで、そのことを確認した受付の男性は俺の返答に手続きを進める。



「……はい。では明日1日、セリアさんをご指名ということでご予約をお受けしました」


コクリ



俺はそれに頷いて答え、その場を離れようとすると制止される。



「ああ、その……先程の件で解約される場合は承知の上とのことですし、そちらの都合ということになります。その場合、苦情を入れられますと貴方のほうに問題があり、今後の聖職者の派遣をお断りする可能性がございますのでお気をつけください」



ああ、悪質な客は派遣を制限したり断ったりするって聞いてたな。


了承済みの件で苦情を入れれば、あちらのブラックリストみたいなものに入れられそうだ。


そんなわけで再び俺は頷くと、セリアと共に聖堂を後にする。





「では、私は宿舎へ。荷物の受取を頼んできます」


「……暇なら自分で受け取れないか?」



周りに人が居ないのを確認すると、俺はセリアにそう返す。


それなら、中を見られる可能性を低く抑えられるのではないかと思って聞いてみたが……彼女は苦笑いで答える。



「えーっと、一応仕事が入るかもしれませんので。もちろん、明日のお仕事に支障のない範囲でしか受けませんが……」


「1日でも稼ぐ機会を逃したくないってことか」


「まぁ……あそこで待機しているだけでも少しはお手当が出ますから。なるべく稼がないといけないので」



そう言えば……昨日も思い出したが最初に"コージ"として声をかけられたとき、自分の治癒魔法で治すか、誰かに頼んで治してもらいたい人が居るようなことを言ってたな。


俺が"紛い物"で作った薬でも治せる可能性はあるかもしれないが、今のところはこちらの能力をこの街で誰かに教える気はない。


というわけで、俺はそんなセリアに「そうか」とだけ言って別れ、ダンジョン前の広場から離れた。





で……人目のない路地で"コージ"に戻った俺は広場の屋台で食事を取り、その後冒険者ギルドの解体場にやって来ていた。


目的はフレデリカに聞きたいことがあるからであり、今日も端っこの受付でだらしなくはない程度にダルそうにしていた彼女の前に立つ。



「……ん?あら、今日はなのね。何か用?」


「ちょっと聞きたいことがありまして」


「何で敬語……ああ、と使い分けるのね。で、聞きたいことって?」



俺の態度に一瞬疑問を持つも、"モーズ"とは別人であることを強調するためだということを察した彼女は俺の用件を聞いてきた。



「ええ。1人で借りられる部屋ってありませんか?」


「部屋?宿じゃなく?」


「ええ。他人に入られない部屋が欲しくてですね」



そう。


俺がここに来たのは身体を洗いたいからであり、人目に付かない場所を探しているからだ。


俺はお湯と浴槽を作り出して入浴するので、人目があるとまず間違いなく目立って困るだろうしな。


一応、井戸がある宿などでは排水を考えた石造りの水場があり、衝立を設置して水浴びをするらしいが……今は秋頃で少々肌寒く、これまでお湯での入浴を普通にしてきた俺にはややキツい。


今後、冬になればもっとキツくなるだろうし、早いうちに入浴できる場所を確保できないか確認しておきたいのだ。


"紛い物"で作り出した物は魔力に戻せるので、お湯や浴槽、洗剤などは消してしまえるのだが……俺から落ちた汚れと洗剤の匂いは残る。


宿の自室で入浴した場合、汚れはともかく匂いに気づかれるとその正体を気にされるだろうから、それよって色々と勘ぐられるのは面倒だ。


そんなわけで俺は部屋を借りたいのだが……



「それで何で私の所に来るのよ」



ごもっともな疑問に答える。



「そりゃあ、ひ……いや、"フータース"みたいに伝手があるかと思って」


「……まぁ、全く無いとは言わないけど」



一瞬、暇そうだからと言いかけるも、上手く修正できたようでその答えを引き出せた。



「ああ、そうなんですね」


「言っておくけど、私が直接知っているわけじゃないわ」


「では、どなたが?」


「モノカよ。院を出るって娘のために、本人の部屋探しに同行することもあるみたいだから」



一定の年齢であの孤児院は出なくてはならないので、それまでに何かしらの仕事と住む場所を見つけることになっている。


まぁ、大抵は仕事が見つかれば住む場所も見つかるそうだが、やはり信用というものが重要であり、それがない人には保証人を求められる場合があってモノカさんも部屋探しに同行していたらしい。


ここで言う保証人は前世の日本とほぼ同じであり、部屋を借りた本人が家賃を払えない場合に代理で支払うことになるそうだ。


違いがあるとすれば……物騒な手段がごく普通に用いられるらしいことかな。


そんなわけで、モノカさんも誰にだって協力するというわけではないそうだ。



「だからまぁ、あの娘に聞けばいいんじゃない?ついでに仕分けを任せた魔石も引き取ってくれば?」


「はあ、そうします。でも魔石のほうは一晩じゃそこまで進んでいないのでは?」



通常業務もあるだろうし、魔石の仕分けは目でも判別するだろうから……やるとしたら明るい時間ではないだろうか?


夜に灯りを使うとなれば油や蝋燭などを使わなくてはならず、現時点では財政難の孤児院がそれらを節約しないわけがないからな。



「まぁ、出来てる分だけ回収すればいいでしょ。2区までなら魔石は2種類しかないんだし、ある程度のお金にはなるわ。アンタ、昨日の分でほとんど引き出したんでしょ?」


「それは、まぁ。調べたんですか?」


「まぁね」



まとまった量の魔法の触媒を購入するため、ギルドに預けていた金のほとんどを引き出したことが彼女に把握されていたようだ。


それはすぐ稼げるからなのだが……フレデリカは一応気にかけてくれているらしい。



「税金だってあるし、街を追い出されちゃ困るのよ。孤児院のためにも、アンタにはこの街で稼ぎ続けてもらわないと」



気にかけていたのは孤児院だった。


まあいい、話を進めよう。



「それで、冒険者でも部屋を借りられるんでしょうか?」


「カンパニー単位で建物ごと借りてるところもあるし、保証人かそれと同等のお金を積めばいいんじゃない?」


「ああ、お金でもいいんですか」


「貸す側によるんじゃないかしら?まぁ、その辺りのことはモノカに聞きなさいな」


「わかりました。では今から聞きに行ってみます」



そう言うと俺は解体場を出て、モノカさんが居る孤児院へ向かうことにした。

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