第38話

モノカさんの孤児院に向かうのならばと路地に入り、俺は再び"モーズ"の姿となって目的地へ到着した。


閉じられている門を見て、その端からぶら下がっている取っ手を引く。


この取っ手は門を通して建物へ繋がっており、これを引くか門を開ければ中のベルが鳴るのだそうだ。


鳴子みたいなものだな。


前回は関係者であるフレデリカが普通に開けて入ったのだが、ここは女子専用というのもあって俺は気軽に入るべきではない。


なのでインターホンを押すように取っ手を引いたのだが……やはりそれは正解だったようで。


確認のためか奥の玄関についている覗き穴が開閉すると、その後に開いたドアから顔を出したのは知らない娘だった。



「……どちら様?」



そう聞いてきたのは俺より少し年下に見える、どちらか言えば物静かな性格なのではないかと感じる娘だ。


そんな彼女に、俺は用件を紙に書いて差し出した。


ここでは声も顔も、モノカさん以外にはまだ秘密だからな。



キィッ、スタスタスタ……



距離的に書いた内容が見えにくいからか、彼女はドアを開けて顔から下を現しこちらへ近づいてきた。


フレデリカ曰く「最悪身体が良ければ生きていけるから、食事は不足のないようにしてる」とのことで、それが実践されているからか体型はバランスがいいと言える範囲である。


彼女は俺が門の格子から手を入れても届かない距離でその歩みを止め、俺が書いた内容を細目で読む。



「"俺はモーズ。ここに魔石の仕分けを依頼している者で、今日は別件でモノカさんに相談があって来た"……合ってる?」



誰でも読み書きができるわけではないが、彼女は問題なく俺が書いた文章を読み上げる。


それに俺が頷いて答えると、「ちょっと待ってて」と言って孤児院の中へ戻っていった。





タタタ……ガチャッ!


「あっ!」



少しして、やや慌てたように玄関からモノカさんが出てきた。


彼女は俺を見ると短く声を上げ、すぐにこちらへやって来る。



タタタタ……

ブルンブルンブルン……


「すみません、お待たせしました!」



大きな胸を揺らして走ってきた彼女はそう言うと、すぐに俺の用件を聞いてきた。



「おはようございます。あの、魔石とは別件とお伺いしましたが……」



まだ外なので筆談で答える。



「(おはようございます。宿ではなく、部屋を借りたいと考えてまして)」


「お部屋ですか?」


「(ええ。フレデリカさんに聞いたら、モノカさんのほうが知っているだろうから聞いてみたらどうか?と)」


「まぁ、多少は……あ、中へどうぞ。ここでは話しづらいでしょうから」


ガチャ、キィッ……



筆談の手間を気遣ってか、モノカさんが門を開けたので中へ入り、俺が通過した後の門を閉じた彼女の誘導で孤児院の玄関も通過した。




「……」

「……」

「……」



孤児院の中に入ると受付の奥にあるドアが少しだけ開いており、そこから縦に並んだ3人の瞳がこちらを窺っている。


1人は先程出てきた娘だな。


こうしてモノカさんに招かれてはいるが……全身に鎧をまとって大きな盾を持った男だし、彼女達が不審がっても仕方ないか。



「あっ、こら!何してるの!?」


バタン!



モノカさんはそんな彼女達に気づいて注意すると、即座に閉じられたドアへため息をついて俺に謝る。



「ハァ、申し訳ありません。あの娘達はお年頃だからか色々と興味があるみたいで……」


「(いえ。こんな所で武装した格好では注目されて当然ですから)」


「あっ、こちらへどうぞ」



まだあの3人がこちらを窺って聞き耳でも立てているかもしれないので筆談で返すと、それを見てモノカさんが昨日の応接室へ誘導した。





「どうぞ、お掛けください」



応接室に入ると着席を促され、それに応じてソファに座ったのだが……モノカさんは俺の隣に座った。



「何故隣に?」


「もしかしたらですが、あの娘達がまだこちらを窺っているかもしれません。なのでなるべく小さな声でお話できるようにと思いまして」


「ああ、なるほど。お気遣いありがとうございます」



そう返した俺は、話しやすいようにと兜の面を上げた。


それ自体は普通のことだが、隠していたはずの顔を見せたことにモノカさんは少々驚く。



「あら……その、お顔を見せていただいでよろしいのですか?」


「まぁ、頼み事をするわけですし。それに昨日、フレデリカとの話で俺が"コージ"って名前も使っているのは聞きましたよね?」


「ええ。フレデリカ様が秘密厳守だとおっしゃってましたし、口外するつもりはありませんが」



その言葉に頷き、俺は少しだけ説明をする。



「その"コージ"っていうのはこの鎧を脱いだときの名前でして。冒険者として登録してるのはそっちのほうなんですよ」


「はあ、そうだったのですか。でもどうしてそんなことに……あっ、すみません。余計なことを」


「いえ。まぁ、詳しくは言えませんが、イリスと行動を共にしているのは"モーズ"だということにしてるんです」


「そうですか……ああ、もちろん他言はしませんので」


「ええ、お願いします。では本題に入っていいでしょうか?」


「はい、どうぞ」



というわけで……話を聞く態勢となったモノカさんに、俺が今日ここに来た理由である部屋探しについて話を始める。



「で、部屋を探してるって話なんですが」


「あ、はい。もう部屋を探すぐらいお稼ぎになられたんですか?」


「そういうわけではないんですが……他人が入らない部屋を用意しておきたいと思いまして」


「それは、その……イリスさんとのアレを邪魔されたくないからでしょうか?」



どうやら、モノカさんは俺がイリスとのヤリ部屋を用意しようとしていると思ったらしく、顔を赤くしながらも興味深そうにそう聞いてきた。



「いえ、そういうわけでもなくてですね……色々と荷物が増えるかもしれませんし、そのために宿の部屋を長期間確保しておくのなら、部屋を借りたほうが安く済むんじゃないかと」


「あ……ああ、なるほど。アハハ……」



すべてを話した訳ではないが……俺が部屋を借りようとする理由に納得したモノカさんは、自分の予想した内容が恥ずかしかったのか誤魔化すように小さく笑う。


そんな彼女に俺は続けて言った。



「まぁ、借りたら借りたで使もするとは思いますが」


「えっ?あ、はぁ……じゃ、じゃあ、壁が厚いほうが良いんでしょうね!アハハ……」



俺の言葉に再び顔の赤みが増したモノカさん。


そのせいで壁の厚さに言及されたが、そこはヤるため以外にも重視したい所ではあるんだよな。


騒音問題によるトラブルなんていくらでも起きそうだし。


ただ……



「それはそうなんですけど、そういう部屋は高いんじゃないですか?」


「え、ええ。壁が厚いということは、建物全体の造りがしっかりしているということですし……コージさんはこの街に来られたばかりですよね?保証人の当てはありますか?」


「いえ」


「そうなると保証金が半年分というのが相場ですから、結構な金額を用意しなければなりませんが……」


「やっぱりそうなりますか」



今は金が殆ど無いから保証金は無理なんだよな。


なので、今日は不動産屋を紹介してもらえればいいと思っていたところ……



「んー……」



腕を組んで胸を持ち上げたモノカさんは少し考えると、組んだ腕を外し、解放した胸を揺らしながら俺に迫って1つの案を提示してきた。



「あの!」


ズイッ、ブルンッ


「おぉ……あ、はい。何か?」


「その、私が保証人になりましょうか?」


「え?いや、知り合ったばかりの相手にそこまでするのはどうかと」



そう返す俺に、彼女は首を横に振る。



「別に親切心で言っているわけではありません。今後、長期間継続して魔石の仕分けをさせていただければと」



なるほど。


仕分けの仕事は継続して頼むかもしれないとは言っていたが、それを確実にするという意図があってのことなのか。



「別に、こちらとしてはちゃんとやってくれれば継続して頼むつもりではありましたが……」


「ですが、順調に行けば今後は大物を主に集められることになるのではありませんか?」



どうだろう。


俺個人の目標はないのでイリスが求めるマジックアイテムを狙うわけだが、ある程度はダンジョンの奥へ向かうことになり、それ相応に敵も強くはなるだろう。


そうなると大型の魔物を狩る可能性が高くなり、それらの持つ魔石が大きくなる可能性も高くなるので……運べる荷物の量には限りがあるし、大型の魔石を優先して持ち帰ることになるな。


そのほうが利益は大きくなるらしいし。



「まぁ、そうなる可能性はありますね」


「そうなれば持ち帰る魔石の数は少なくなって、仕分けの必要はなくなってしまうでしょう。ですからそういうことになっても、小型の魔石を一定の量は確保して来ていただきたいのです」


「で、その代わりに俺の保証人にって?そのつもりはありませんが、必ず無事に返ってくるとは限りませんよ?」


「その場合は私が一度家賃を肩代わりした時点で契約解除ということにしておけば……」


「そんな契約が可能なんですか?」



そう聞くと彼女は複雑そうな顔をする。



「それは……部屋の貸し主によるとしか。去年ここを出た娘の部屋を探したときには、その条件を飲む代わりにってを好きにされましたけど」



モノカさんはそう言って、自分の胸を指さした。


微妙な表情をしたのはそのせいか。


どこのスケベ親父か知らないが、誠にけしからん奴である。


にしても……貸し主によってはある程度の融通が聞くのなら、不動産業者を通さずに契約したりもできるのだろうか?


それを聞いてみると、彼女の答えは否だった。



「それをやると不動産業者から嫌われて借り主の斡旋をしてもらえなくなりますし、最悪貸した部屋の数を誤魔化した脱税を疑われてしまいますから。それに応じる貸し主はまともじゃないと思ったほうが」


「そうですか……まぁ、胸触って交渉が有利になるって貸し主もまともではなさそうですが」


「それは、まぁ……それで保証人の件はどうでしょうか?」


「んー、魔石の量次第ですかね。一定の量と言われても、明確な基準がなければ困るので」



小型の魔石を大量に、というのはそこまで難しくはない。


俺は魔石の位置がわかるので魔物の位置もわかるし、小型の魔石を持つ魔物なら大して脅威にはならないだろう。


こうして舐めて掛かってると痛い目に遭うかもしれないが、十分な魔力があれば魔鎧で防げるはずだしな。


そんなわけで、保証人になる条件としての魔石の量を聞いてみると、モノカさんは恐る恐るその量を提示してきた。



「一週間当たりに昨日お預かりした量で、というのはどうでしょうか?」



俺3人分の幅がある鞄が一杯になるぐらいか。


仕分けの報酬は相場でという話になっているし、継続的にそれだけの収入があれば十分ではあるのだろう。


だからこそ、部屋を借りる際の保証人になる条件として、魔石の仕分けを継続的にと言い出したんだろうしな。


彼女の様子からこれは結構ギリギリな量のようだが、俺なら1日あればクリアできる量ではある。


それに……直接金をと言って来ず、あくまでも自分達で稼ぐという形に拘っている姿勢は好ましいと思う。



「まぁ、無理ではないでしょうからそれでも構いません。仕分けの報酬については相場のままで?」


「あ、それは……す、少しなら下げられても構いません」



長期契約なら、単価が下がっても総合的な利益は上がるからだろうけど……



「いえ、そのままで良ければそれで。俺が戻ってこれなくなる可能性はありますから」


「は、はぁ。では……?」


「ええ。保証人のほう、よろしくお願いします」


「はい!こちらこそよろしくお願いします!」


スッ、ユサッ



そう言ってこちらを見て頭を下げるモノカさんだが、俺の隣に座っている都合でそれを横から見ることになる。



「おー……」



それによって彼女の大きな胸が重力に引かれる様を目の当たりにし、そこに目が惹かれていたのだが……



「あ……」



彼女は俺の視線に気づきながらも目を逸らし、顔を赤くしながらその姿勢を保っていた。

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