第32話
フレデリカがポケットマネーで支援している女子限定の孤児院に、魔石の仕分けを仕事として依頼する話はまとまった。
報酬については大体の相場通りにし、持っていた魔石はそのまま預けることに。
そこでこの後買い物することを思い出し、その件で解決していなかった点を踏まえて彼女に聞いてみる。
「ああ、そうだ。フレデリカ、これから買い物するつもりなんだが、魔法の触媒を買ったことが他人にバレない店を知らないか?」
「触媒?……ああ。モノカ、これからする話は秘密厳守で」
「え?あっ、はい!」
今後のこともあるし、モノカさんを信用できる……というか口止めできる相手だということを示し、フレデリカが俺の質問に答える。
「その娘が魔法使いなのを隠したいってことよね?」
「わかるか」
「まぁね。その娘、剣を使うにしては全体的に細いしね」
「ま、そういうことだ。
"宝石蛇"が今のところはイリスを疑ったりはしていないとしても、ダンジョン内から帰還していない連中が魔法で
そこで、有力者の家の娘であるフレデリカなら顔が利く店ぐらいはあり、彼女の口利きで魔法の触媒を秘密裏に購入できるのではないかと考えたのだ。
その予想は当たったようで、フレデリカは顎に人差し指を当て、思い出すような仕草をしてそれに答えた。
「なくはないけど、高級店は出入りの時点する目立つわよね。なら普通の商品を扱ってる、客が多くて大きい店……ああ、ウェンディの所なら丁度いいかしら」
「ウェンディ?」
「"フータース"って店があって、ウェンディはその店を経営してる商会の会長の娘ね」
イントネーションは違うが、字面だけ見るとスタイルのよろしいお姉さん達が店員なのだろうか?
いや、たまたま名前が似てるだけだろうな。
フレデリカの答えに、話を聞いていたモノカさんがその店について言及する。
「フレデリカ様の口利きで、ここへ納品していただく物をなるべく安くしてくれたりしているお店ですね」
「ええ。まぁ、赤字になるような無理は言えないけど、彼女とはそれなりに親しくしていてここの事情に配慮してくれてるのよ」
「へぇ……そこなら秘密裏に触媒の取引が出来ると」
「大口の取引なんかは別室で交渉したりするから、そっちで話をまとめて宿に届けてもらうって形になるかしらね」
ああ……その別室で商品を受け取るとその部屋に魔法の触媒を持ち込まれることになるから、それを誰かに目撃されないようにか。
「店から宿に届けるんなら外部からの目は誤魔化せるか。だが内部から漏れる可能性は?」
「別室を使うこと自体はそこまで注目されないでしょうけど……ただの冒険者にウェンディが対応するとなると注目されるし、商会長である父親に報告が行くでしょうね」
「その商会長も口止め出来るのか?」
俺がそう聞くと、フレデリカは腕組みをして難しそうな顔をする。
「うーん……私の家ならともかく私自身にそこまでの力はないから、彼女が信用する部下に対応してもらうよう紹介状を書くわ。ただ、そうなると何処に何を納品したって記録は残るわね」
「その記録を確認できる人からその内容が漏れる可能性はあるな。だとしたら、少なくとも宿では受け取れないぞ?」
「かと言ってここで受け取るわけにもいかないわ。ここに魔法の触媒が持ち込まれたと外部に漏れれば、ここの子どもの中に魔法使いの素養を持つ娘が居ると思われてしまうでしょうし」
「そうなると……まともに交渉して引き取ろうとする人はともかく、拐おうとする奴も出てきそうだな」
「でしょうね。だから他に、触媒を買うのが当たり前の魔法使いであることがすでに知られていて、その上で暇そうな人が居れば手数料を払ってダンジョンの中で受け取ってもいいのかもしれないけど……そもそも魔法使いはお誘いが多いでしょうし、暇な人はあまり居ないわよね」
「確かになぁ……ん?」
ここで俺はある人物を思い出す。
治癒魔法を独占している教会に所属するも"小回復"という称号故か治癒魔法の効果が低く、ダンジョン前で救急隊のような役割で待機して日当を貰っているらしいセリアのことだ。
彼女なら予定が空いている可能性が高く、一度にまとまった量の触媒を受け取るようにすれば……周囲からはたまにお情けで雇ってあげている程度に思われるだろう。
受け渡しの日だけはそれなりの時間を彼女と過ごすことになるが、その場合は浅い地区で狩りをして時間を潰せばいい。
いい案だと思ってその考えを話してみると……フレデリカが口を開く。
「そんな人が居るんなら、魔法の触媒はその人に代理購入させればいいんじゃない?」
「いや、その人はそこまで金銭的に余裕のある人じゃない。だから魔法の練習用に触媒を提供するという形で俺達が代金を支払い、彼女がその成果をダンジョンの中で俺達に見せるってことにしたらどうだろう?」
「なるほど……触媒を必要としているのがイリスだと知られさえしなければいいからよね?」
「ああ。それに触媒以外にも買いたい物が色々あるから、どっちにしろ店には行くつもりだしな」
「ん、わかったわ」
フレデリカはそう言って頷くと……モノカさんに紙と筆記用具を取りに行かせて紹介状を作成し、テーブルの上を滑らせてこちらに寄越してきた。
「じゃあ、これはイリスが持っててくれ。交渉はともかく、別室に通されるまでは任せるから」
「ええ、わかったわ。でもそのセリアさんが引き受けてくれなかったらどうするの?」
「その時は……仕方がないから"コージ"に頼むかな」
セリアが無理なら別の魔法使いを探すことになるが、先ほど話に出た通り"暇な魔法使い"となると中々見つからないと思われる。
となれば、容易に準備できるのは"魔法使いとしての俺"になるだろう。
"モーズ"のようにまた別の人物をでっち上げてもいいのだが……ここで魔法使いの常識が邪魔をする。
どうやら魔法は金属に阻害されてしまうそうで、基本的には金属製の武具などを身に着けないらしいのだ。
他の魔法使いが金属製の装備をあまりしていないのは流行ではなく、実害があるから避けられているだけだったらしい。
つまり、顔まで覆える全身鎧で魔法の触媒を必要とするのは不自然になってしまう。
そんなわけで、セリアが駄目だったときの次案として本来の俺を候補に上げた。
それを聞いたイリスが懸念点を挙げる。
「でも、それだと貴方が魔法使いとして勧誘されるんじゃない?」
「実際には魔法を使えないんだし、魔法を使うことに憧れてる奴だってことにしておけば誘われたりはしないんじゃないかな?」
「そう……かしら?」
俺の返答に微妙な顔をするイリスだが、今のところはこのぐらいしか思いつかなかったので仕方ない。
一応、魔鎧を通して炎を纏うことはできるので、魔法の素養はあるが発動の仕方がおかしいから練習するという言い訳はできないこともないだろう。
不完全にしか魔法を使えないとなれば、誘われたとしてもすぐに諦めてくれるはずだ。
まぁ、魔法使いに憧れてという理由は自分でも不自然だと思っているので、セリアが引き受けてくれることを願いたいところである。
取り敢えず、一通りの話がまとまったということで俺達は孤児院を退去することになった。
この後フレデリカに紹介状を書いてもらったフータースという店に行き、必要な物を買いに行くつもりなのだが……
「あ、そうだ。フレデリカ、お前の受付でギルドに預けてある金は引き出せるのか?」
皆が席を立とうとしたところでそう聞くと、前に座っていた彼女は振り返って俺に答える。
「解体場は査定しかしないわよ。ああ、その格好じゃ引き出せないわね。となると……」
"モーズ"のままでは"コージ"として預けている金を引き出せないことを察して考え込むフレデリカ。
フレデリカと共に解体場から出たのは"モーズ"とイリスであり、戻ってきた馬車から"コージ"とイリスが出てくれば彼女との関係を認知されてしまう。
なので、既に"モーズ"の正体を知っているフレデリカなら"コージ"のギルド証を使えて金を引き出せるかもしれず、"モーズ"のまま一緒に解体場へ戻れるかと思ったのだ。
「?」
その点については知らないモノカさんが疑問の表情を浮かべていると、イリスが横から言ってくる。
「あの、私が引き出すから今日は私が払っても……」
「いや、ここまでの旅費でお前もそこまで余裕があるわけじゃないって言ってたろ。荷車も買わなきゃならないんだし、俺も出したほうがいいだろ?」
「それは、まぁ……」
共に過ごしている間の雑談でその辺りの事情を聞いており、だからこそ俺も金を出すつもりなのだ。
結構な長旅だったそうだし、その中で身の安全を確保するとなれば結構な金がかかるのは想像に難くない。
この街に割と近づいた頃に少し節約したところ、護衛として雇っていた男達に夜這いされたらしいからな。
もちろん、そいつ等は一瞬で放たれた炎により火だるまになってしまわれたそうだが。
その結果、この街の入口には1人で並ぶことになっていたらしい。
そんなわけで、「ある程度はある」などと言っていたイリスの懐事情はそれなりに危うく、2人で1つの部屋に滞在することも考えた。
まぁ、俺は1人でゆっくり過ごしたい割合が多いし、稼ぎを2人で分けたとしてもそれなりの額になりそうなのでその必要はないようだが。
そんなことを思い返していると……
「よし、これでいきましょう」
と、フレデリカが何かを思いついたようなので聞いてみる。
「何かいい案が?」
「イリスと"コージ"が一緒じゃなければいいんでしょ?だったらイリスは馬車でお店に送り届けておくから、アンタはギルドでお金を引き出してから来ればいいわ」
「そうしたいところだが、そうなるとこの鎧をどうするかって問題があるな」
「ここに預けていけばいいじゃない」
「ここに?えーっと……そうなると"モーズ"がここから出て行ってないことになるし、そこで"コージ"が出て行ったら正体がバレるぞ?」
魔鎧はある程度の距離までしか伸ばせず、離れすぎると消滅してしまう物だということは秘密だ。
それ故ここに置いて行くわけにもいかないので……急遽、ここで魔鎧を脱げない理由を探してそう返すと、彼女はその発言に納得した。
「あぁ、なるほど。でもここの出入りをそこまで見てる連中は……居ないとは言えないわね」
一応、有力者の娘が支援している施設なので侵入をしたりしようとする者はいないが、やはり女性のみでは注目されてしまうのだろう。
俺だって守備範囲内の女性が出入りしているのなら、わざわざ監視はしないが偶然通りかかったら多少は気になるだろうしな。
「だろう?……まぁ、適当な宿でも取ってそこに置いて行くか」
"モーズ"がここを出て行けばいいのだし、フレデリカ達には鎧をどこかで脱いだと思わせられればいい。
実際には、人目のない所で魔鎧を解除して"コージ"になり、金を引き出してからまた"モーズ"になって店へ行くことになる。
セリアとの交渉は可能なら依頼内容の説明だけでもしておきたいが、それは彼女が暇そうにしてたらだな。
「いいの?余計な出費になるけど」
「このぐらいはいいさ。仕分けをキッチリやってくれればすぐに余裕は出る」
俺がフレデリカにそう返すと、彼女はスッと席を立った。
「じゃあ行きましょうか。ああ、"フータース"は南西地区で少し人に聞けばわかるはずだから」
「ああ、わかった」
別行動を取る俺へそう言った彼女に合わせて俺達も席を立ち、その後モノカさんに見送られて孤児院を後にすることとなった。
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