第33話

孤児院を出た俺は人目のない路地へ入り、一瞬にして"コージ"に戻るとギルドへ向かった。


ギルドへ入るとまだ混み合う時間ではないからか、受付は空いていて担当者が居ない所のほうが多いぐらいだ。


そんな状況で受付を見渡している俺は目立っており、受付嬢さん達からの視線が集中した。


格好から新人だとわかるはずだがそれでも教育が行き届いているのか、やる気のなさそうな人は見当たらない。


なので俺としてはどの受付でも良く、正面の受付に行こうとすると……冒険者として登録をしたときの受付嬢さんがショックそうにこちらを見ていた。


彼女の受付も空いておりそちらへ行くことも考えたのだが、今は彼女の親身な態度が俺の足を遠のかせる。


今回は預けてある金をほとんど引き出すつもりなので、心配という形で詮索されることを嫌ったのだ。


そんなわけで……正面に配置されているだけあってかなりの美女が居る受付に行くと、何事もなく50000オールを引き出せた。




さて、次はセリアに仕事の話をしなければ。


彼女には商会から届けられた魔法の触媒を受け取ってもらい、ダンジョンの中でイリスに渡してもらいたい。


ギルドを出て、ダンジョン入口付近にある救護のために聖職者が待機しているテントを見ると……居た、本を読んでるな。


彼女の姿を確認した俺は、再び人目のない路地に入ると"モーズ"になる。


受け取るのはこの姿になるからだが、声は大丈夫かな?


話したのは一度だけだし、覚えられてないといいんだが……一応声色ぐらいは変えて臨もう。


というわけで、テントへ向かってセリアに声を掛ける。



「ちょっといいか?」


「え?な、何でしょう?」



本へ向いていた顔をこちらに上げた彼女は少し驚く。


やはり全身に鎧を纏っているのは威圧感があるのだろうが、顔を隠す必要があるのでこれはどうしようもない。


そんな彼女が用件に用件を伝える。



「ちょっと仕事を依頼したいのだが……」


「えっ!?私にですか?」


「ああ」


「えーっと……その、私の治癒魔法は効果が低いのですが……」


「それでも構わないぞ」



顧客に対して誠実なのか、自分を指名するデメリットを説明するセリアにそれでも構わないと答える俺。


それを聞いた彼女は……不安そうな顔で言葉を返す。



「あのぅ……私、のほうはお受けしていないのですが、それでも構わないのでしょうか?」



ああ、雇ってあげる代わりに身体を要求していると思われたか。


そういったお誘いはあると言っていたし、誤解されても仕方がないな。


とにかく、依頼の説明をして誤解を解きたいところだが……



「そのつもりはない。ちょっと込み入った話なので他人に聞かれたくはないのだが……」


「えっと……では、教会の相談室でもよろしいでしょうか?」


「相談室?そんな部屋があるのか」


「ええ。それなりに規模が大きいチームやカンパニーの方との打ち合わせで使われますので、個人で使うことはあまりないのですが……」


「使っても問題ないのか?」


「長時間でなければ。今ぐらいの時間であれば空いてますし」


「そうか。なら、そこへ行こうか」


「はい。では……」



2人きりになりたいという申し出だったのだが場所を任せるという俺の返答に安心したのか、セリアは同僚らしき女性に席を離れると言ってから俺を教会へと先導した。




教会は冒険者ギルド並に大きく、誰でも入れる聖堂と受付で入館手続きが必要な別館に分けて建てられていた。


相談室は別館の方にあるらしく、その受付へ向かおうとするセリアが説明しながら進んでいたが……俺の足はやや重くなる。


治癒魔法の触媒である聖水の製法は教会が独占しているそうなので、その製法や聖水そのものが流出しないように別館は出入りが管理されているようだ。


となれば、受付では顔を見せることになる可能性が非常に高いな。


"モーズ"として話を進めたい俺には都合が悪く、どうしたものかと考え込んでいると……セリアが先を促してくる。



「あの、どうされました?」


「え?あー、えーっと……受付で金を取られたりはしないのか?」



別館へ入るのを避ける理由として金がかかるのではないかと聞いた俺だが、返ってきた答えは非常に都合が悪いものだった。



「いえ、お金はかかりませんよ?受付で署名と、あとは顔を見せて頂くことになりますが」


「そうなのか……名前が書けない人や顔を見せたくない人はどうするんだ?」


「相談室を使うのは規模が大きいところですし、1人ぐらいはどちらも可能な方がいらっしゃるのでその方が。個人でしたら聖職者を雇うことに関して聞かれて困るような話はありませんので、基本的にその場で予約をされますね」


「なるほど……」



言われてみれば「そうだろうな」と思わざるを得ない話だな。


受付で顔を見せるとなると、これから2人きりになるのだしセリアも確認しようとするだろう。


それを避けようとここで別館へ入ることを拒否するのは怪しすぎるし、依頼したいことも断られてしまう可能性が高くなる。


よし、ここは頭部を魔鎧で包み、前世で見た今の俺と同年代の海外俳優の顔を迷彩で表示させて誤魔化そう。


方針を決めた俺は再びセリアに先導を任せ、受付への歩を早めた。




「では、お名前とお顔の確認を」


「ああ」



受付の男性に言われて俺は魔鎧の兜の面を上げ、入館記録の書類に自分で名前を書き込む。


字が書けない場合は口頭で伝えて代筆してもらっても構わないらしいが、相談室を使うような込み入った話をする者が字を書けないというのは不自然かと思って自筆にした。


で、肝心の顔の方は……



「はい、結構です」



と、疑われることなくあっさり入館許可が出た。


再び先導するセリアについて行き、同じ間隔でドアが並ぶ廊下へ辿り着く。


おそらく、この辺りの部屋はどれも同じ広さの相談室なのだろう。


どのドアにも上向きのフックがあるが、これはセリアが受付で渡された、使用中を示す木札を掛けておくためのものだろう。


彼女は更に進んで、廊下の中ほどにあるドアの前で止まった。



「こちらでよろしいですか?」


「ここまでにも空いてる部屋はあったが、何故ここなんだ?」


「基本的に一番奥か手前から埋まりますので、この後にどなたかが相談室を使用される場合になるべく私達の隣室へ来られないようにと」


「ああ、なるほど。気を遣ってくれたのか」



そう言うとセリアは首を横に振る。



「いえ、こちらとしても不要な諍いが起きるのは避けたいところですので」


「……過去になにかあったのか?」


「当事者ではありませんので伝聞ですが……一方が盗み聞きをして相手の予定を把握し、その後をついていくことで奥へ行く労力を温存したということがありまして。それで先行した側から苦情が出て問題になり、その後はなるべく隣室を空けて使うようにと通達が出されております」


「へぇー……それでか。ああ、中に入ろうか」



セリアの話に納得し入室を促すと、彼女はドアを開けて俺を先に部屋へ入れた。




相談室の中は華美でも質素でもない程々の装飾に留められた様相で、派手ではないが質は良さそうな机にいくつかの椅子が置いてある。



「お好きな席へどうぞ」



ドアを締めたセリアにそう言われ、俺は奥側の適当な席に着いた。


一応、女性と2人きりになるのだし、入口側は空けておいたほうが良いだろうと思ってそうしたのだが……



「では、私はここで」



そう言ってセリアが座ったのは俺の隣の席だった。



「何故隣に?」


「内密なお話とのことでしたし、なるべく声は抑えたほうが良いかと思いまして。それに……気を遣って奥の席を選ばれるような方であればは不要かと」



いかがわしいことをされる心配がないと判断してのことらしい。


気を遣ったのは正解だったな。



「では仕事の話に入っていいか?」


「はい。込み入った話だと仰ってましたが」



隣で俺の方へ身体を向けた彼女が自分の膝に手を付き、やや前傾姿勢で話を聞く体勢になった。


この娘も胸部の質量が豊かなので、両腕で押し出される形になっているそこに目が行くが……すぐに視線を顔に戻して本題に入る。



「簡単に言うと……商会から君に届く魔法の触媒を、ダンジョンの中で渡してもらいたい」


「触媒を、ですか?買ったその場で受け取れないのですか?」


「連れが魔法使いであることを隠しておきたくてな。今のところは、だが」



"宝石蛇"の一部の行方不明について、イリスが関与している疑いを相手方に持たれていないことが確定したら……魔法使いであることを隠す必要性は低くなる。


そうなったら触媒は堂々と買えるだろうが、その場合彼女にはスキルもあるので他所のカンパニーからのお誘いが来そうなんだよな。


まぁ……俺のせいかイリスはそれについてかなり消極的に考えており、"宝石蛇"の件を気にする必要がなくなっても魔法使いであることを隠し続けるかもしれないが。


その辺りの事情は伏せて答えた俺に、セリアは顎に手をやり少し唸る。



「うーん……その方、お尋ね者だったりはしませんか?そういった方に協力するのは、場合によっては罪に問われる可能性が」


「いや、そういうわけじゃない。そいつは現時点で他所からのお誘いを受けたくないだけだ。俺がいれば十分だと考えてるんだろうな」



俺がそう返すとセリアはズイッと顔を寄せてくる。



「つまり、貴方は相当な実力者だということでしょうか?」


「うーん、それなりだとは思うが……比べる対象によるとしか言えないな」


「なるほど、確かに。では1日にどのぐらいの魔物を倒されてますか?」


「え?この街に来てまだ日が浅いから2区までしか進んでいないが、魔石だけで袋が一杯になるぐらいには……」


ガシッ


「お受けしましょう」



俺が言い切るまえに、いきなり両手を掴んできてそう答えるセリア。


魔鎧は触感を遮断しているのでその感触や体温は感じていないのだが、その目からは熱意が感じられる。


能力を高めるために魔物との戦闘経験が必要だと言っていたし、俺達がそれだけの魔石を稼ぐぐらいに魔物と戦うと知ったからかな。


治癒魔法の効果を上げて治したい人がいるようだし。


ただ……



「待て。君を雇う予定についてまだ相談してないぞ」



俺がそう言うと、セリアは魔鎧に覆われた俺の手を弄りながら答えてきた。



「特に予定は入っておりませんのでいつでも結構です。ただ、よろしければその……なるべく頻繁に同行させていただくわけには行きませんか?」


「えぇ?えーっと……」



俺は微妙に困る。


彼女には魔法の触媒を運んで来てもらいたいだけだし、頻繁に同行されるとなると俺の顔を見られてしまう可能性が高くなる。


まぁ、それは今回のように別人の顔に見せれば良いが、魔力の糸で魔物を拘束する戦い方をあまり他人に知られたくないので控えるつもりだったんだよな。


どうしたものか。


あの戦い方じゃない場合、イリスとセリアの2人を気に掛けながら戦うことになって面倒だ。


触媒を受け取る日だけ浅い地区で魔物を狩ればいいと考えていたので、予定外の申し出に考え込んでいると……余計なことを言ったせいで依頼が白紙になるかもしれないと考えたのか、セリアはやや妥協した提案をしてきた。



「あっ、じゃあ……一度同行させていただいて魔法の触媒をお渡しし、その日私がお邪魔にならなければということでは如何でしょうか?」


「うーん……まぁ、そう言うことなら」



その日の結果として、頻繁に同行するという申し出を断ればいいかと考えてそう答える。



「じゃあ決まりですね!よろしくお願いします!」



笑顔でそう言うセリアになんとなく不安を感じたが……一応は話がまとまったので良しとして、俺はスケジュールなどの打ち合わせに話を移した。

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