第30話

解体場の受付であるフレデリカとの話の後。


ここまで話し込んでおいて戦利品の査定をしないのは不自然だ、ということで魔石の査定をしてもらうことにした。


だが……



「多すぎ」



背負っていた鞄から出した戦利品の袋は鞄とさほど変わらない大きさに膨らんでおり、それを見たフレデリカは非常に面倒臭そうな顔をする。



「そう言われてもな……大手のカンパニーはもっと沢山稼いでくるんじゃないか?その場合はどうしてるんだ?」


「一定以上の数なら仕分けに手数料が掛かるから、事前にそれぞれのカンパニーで大きさごとに分けてから持ってくるのよ。大抵の場合、所属してるけど冒険者じゃない人にやらせてるわね」


「大きさを誤魔化されたりはしないのか?」


「数はこっちで数えるんだし、その過程で大きさだって見てるわよ。意図的に誤魔化してるのがバレたら相応の処罰があるから、ただのミス以外で混ざってることは基本的に無いわね」


「そうなのか……で、コレはどうすればいいんだ?」


「手数料が掛かってもいいならここで対応できないことはないけど……あっ、良い所があるわ!」


ガタッ



戦利品の袋を指して言う俺に渋い顔をしていたフレデリカだったが、何かを思いついたように席を立つと奥の部屋へ入っていった。



「「?」」



それを疑問に思った俺達が顔を見合わせていると、程なくして彼女は戻ってくる。


何故か着替えており、受付としての制服からおそらく私服であろう、上質そうなブラウスとスカートで良家のお嬢様に見える格好となっていた。



「さ、行くわよ」


「何処にだよ。というか受付はいいのか?」


「用事が済んだら戻るって言ってきたから大丈夫よ。行き先は……魔石の仕分け作業を頼めるところね」


「ちゃんと言ってきたんならいいが……だが魔石の仕分けって、信用できるところじゃないと困るぞ。金と同じような物だし」


「そっちも大丈夫よ。うちの……というか、私の管理下にあるところだから。何かあったら私が補償するわ」


「なら、まぁ……」



そこまで言うのならと承諾し、解体場を出る彼女に俺達も続いた。






「ここよ」



フレデリカが用意した馬車に乗せられて運ばれたのは、街の北西部にある職人街に近い建物だった。


家と言えば家なんだろうけど……一軒家にしては大きく、屋敷と言うには小さい。


彼女が万が一の際には補償すると言うぐらいには信用しているのだろうし、自分の家の関係者が数人で暮らしている社宅のようなものだろうか。


俺がそんな予想をしていると、イリスがその点についてレデリカへ質問した。



「あの、ここは?」


「知人がやってる孤児院よ。親がわからない子を可能な範囲で引き取ってるわ」


「へぇ……ということは、魔石の仕分けを子供たちに仕事としてやらせるの?」


「そうよ。小さすぎる子は口に入れて飲み込む可能性があるから近づけさせられないけど、それ以外に危険はないでしょうしね」


「そう……えっと、いいの?」



その返答に、イリスは俺へそう聞いてくる。



「何がだ?危険には配慮しているようだけど……」


「いえ、仕事として頼むのなら報酬が必要なはずでしょ?そうなれば当然あなたの収入は減ることになるし、それが嫌なら私が仕分けしても構わないのだけど……」



そう言いながらも孤児院の方をチラチラと見るイリス。


優しい女だし、孤児院の子供達のことを気にかけているのだろう。


ただ、建物の外観や門の周囲はそれなりに整備されており、そこまで財政状況が悪いようには見えないんだよな。


そこについてフレデリカに聞いてみると……複雑そうな顔をした彼女からこう答えられた。



「……良いとは言えないわね。私の私費でやってるだけで、とりあえず体面は保ててる形だから。それで可能な限りしか受け入れられてないし」


「ああ、可能な範囲でって言ってたな。でも何でこんなことを私費でやってるんだ?」


「家でもこういう施設を運営してはいるけど、そっちは将来の利益を考えて男を優先してるから。こういう所に入れない女の子は……危ない目に遭いやすくて、それが気に入らないからよ」


「ふーん、そうなのか……ん?じゃあ、ここは女の子のほうが多いのか」


「いいえ。多いというか……だけ、ね」



そう言うフレデリカの表情には、何か込み入った事情がありそうに見えた。


その事情を考慮しなければならない義務はないが、今後"宝石蛇"についての情報を聞かせてもらうわけだし、彼女との関係を悪化させるべきではない。


それに……こういう世界というか街だし女には職業の選択に幅が少ないとも聞いているので、せめて健康的であったほうが良いだろう。



「まぁ、きっちり仕事してくれれば良いよ。手持ちが必要ならちょっとダンジョンに入って稼いでくるから、必要以上に急かさなくてもいい」


「仕事はちゃんとやらせるつもりだけど……いいの?」


「そこは報酬次第だな。あまりにも高額だったら断るぞ」


「そんな真似はしないわよ。じゃあ、詳しい話もしなきゃいけないし中に入りましょ。管理人にも紹介するわ」



話が上手くいきそうだからか、機嫌良さそうに門へ手を伸ばすフレデリカ。


そんな彼女を俺は止める。



「あ、ちょっと待った」


「え?何よ。まさか気が変わったの?」



その表情が一気に反転するが……



「違う。この格好のままでいいのか?女の子ばかりなら怖がるかもしれないだろ」



そう、俺は"モーズ"のままであり、大きな盾を持つ厳つい見た目となっている。


なのでこうして確認すると……フレデリカの機嫌は戻った。



「ああ……でも人目のある所で"それ"を脱ぐわけにはいかないんでしょ?」


「ああ」



"宝石蛇"がイリスの件で動かないというのはあくまでも現時点での情報で、彼女が確実に安全になったわけではないからな。


そのイリスは……俺がこの孤児院に魔石の仕分けを任せると言ってからニコニコだが。


そんなわけで魔鎧の解除ができないことを告げると、フレデリカは腕を組んで俺を上から下まで眺めてから頷いた。



「まぁ、大丈夫でしょ。この街じゃそんな人多いし、ここの子だって外出はしてるから見慣れてるはずよ。小さい子は怖がるかもしれないけど……そういう子は施設の奥の方にいるから、入ってすぐの受付までなら会うこともないわ」


「ああ、それなら大丈夫か。別に奥まで入る用事はないし」



そう返すと……フレデリカはホッとした表情を見せた。



「ふぅ……アンタを捕まえられて良かったわ」


「ん?どういう意味だ?」


「中には寄付するからってその……ここの娘にをさせようとする奴がいるのよ。自分で判断できる歳の娘ならいいんだけど……」



彼女の見たくもない虫を見てしまったような顔からすると……おそらくの奴なのだろう。


個人か複数人かはわからないが、そういう奴に比べれば俺は安心できるってことだな。



「なるほど。まぁ、俺はある程度育ってないとダメな方だから」


「ああ、そう言えばそうね。私のも見てたし」



そう言って組んだままだった両腕を上下させ、十分な大きさの胸を強調するフレデリカ。



「良家のお嬢様にしては"はしたない"んじゃないか?」


「人である以上、その根底にあるものは大して変わらないものよ。結局、上手く隠せるかどうかなんじゃない?」


「まぁ、わからなくはないが……」



その辺りは人によるだろうと思っているので適当にそう返すと……横からイリスが身を寄せてくる。



「あの、間に合ってるから。そういうの」



さっきの笑顔は影を潜め、今は警戒するようにフレデリカを見つめていた。


彼女との関係が悪化するのは困るとわかっているからか、その態度は控えめとなっているが。


それを理解しているフレデリカは、スッと組んでいた腕を解いて胸を自然な形に戻してみせた。



「ハイハイ、わかってるわよ。この件はこっちにだって良い話なんだし、つまらないことで揉める気はないから」



そう言うと彼女は施設の門を通りつつ、自分についてくるよう手で誘導する。



「ふう……」


「……ほら、行くぞ」


ぺんっ


「ひゃっ。え、ええ」



そうして、先行するフレデリカにホッとしているイリスの尻を軽く叩き、俺はその孤児院の中へ入るのだった。

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