第29話

ダンジョンを出た俺とイリスは、戦利品の査定と換金のために解体場へ向かった。


感覚的には13時から14時ぐらいだろうか。


早い時間に戻ってきたからか冒険者は少なめな広場を通り、向かいにある冒険者ギルドの裏手に回る。


さてここで、俺には1つ考えがあった。


まだ詳しくはわからないが……この街の有力者の娘で、何故か解体場の受付をやっているフレデリカ・ヴァーミリオン。


変装しているので俺だとは気づかれないだろうから、このまま"モーズ"として他の受付に査定してもらっても問題ない。


ただ、あの女の伝手でイリスを襲った連中の件を探ってもらえれば……もしも連中がイリスを探していないとわかれば変装などする必要はなく、無駄に魔力を消費する必要もなくなるはず。


逆に、イリスを探しているとなれば警戒を続ければいいだけだからな。


そのフレデリカかアイツの家が"宝石蛇"と繋がっている可能性もあるが、"モーズ"としてならイリスの仲間だと知られてしまっても構わない。


顔は魔鎧の迷彩モードを駆使して別人に変装できるとしても、声は変えられないのでイリスに代弁してもらうことになるが。


そうなると……あの女が対応してくれるかが問題だな。


今回も戦利品は魔石のみなのだが、元々職務に忠実ではなさそうなあの女ならばこの量は嫌がる可能性が高い。


俺が顔を見せれば対応はするかもしれないな……状況を見て考えるか。


にしても、規模の大きいカンパニーなどはこの比じゃないほどに稼いでくるだろうし、その場合にはどうしているのだろうか?


その辺りのことを気にしつつ……とりあえず俺達は解体場に入り、フレデリカの受付へと向かった。






「……何?」



イリスと"モーズ"としての俺を見た彼女の態度は、初対面の時と同じように冷ややかなものだった。


そんなフレデリカにイリスが対応する。



「あの、査定を……」


「他が空いてるでしょ。そっち行って」



イリスを軽くあしらうこの女の言う通り、時間帯故かどの受付も空いていた。


しかし、こちらとしては"宝石蛇"について話を聞きたいので、家の情報網などがありそうな彼女でないと困るんだよな。


なのでイリスは食い下がる。



「いえ、ここというか……貴女がいいの」


「……私にの趣味はないわよ」



嫌そうな顔で発せられたフレデリカの言葉に、思いきり誤解されたことに気づいたイリスが慌てて言い返した。



「ち、違うわよ!私だっての趣味はないし、今は彼が居るんだから!」



そう言ってガシッと俺の腕を掴むイリス。


それはそれで誤解を生みそうな……まぁ、ヤることはヤッてるし、第三者には今の俺は別人として認識されるだろうから別にいいか。


そんな彼女にフレデリカが聞いてくる。



「じゃあどうして私に対応して欲しいのよ?空いてる所でさっさと査定して、宿に返って乳繰り合えばいいじゃない」



半ば呆れ顔で言う彼女にイリスはチラッと俺を見ると……彼女に対応してもらいたい理由を本人に告げた。



「それは……貴女に聞きたいことがあるからよ」


「聞きたいこと?何よ」


「"宝石蛇"の情報よ」



イリスがそう言うと、フレデリカは鋭い目で聞き返す。



「何故私にそれを聞くの?」


「貴女のここでの態度から……それが許されるような立場か家柄で、それなら色んな情報を持っていると思って」



自分の態度について自覚はあるからか、フレデリカが特に気分を害した様子はない。



「まぁ、それはわかるけど……私がその"宝石蛇"の後ろにいる有力者かその関係者かもしれないでしょ」


「そうなの?」



彼女の発言にそう聞いたイリスだが……返ってきた答えは一先ず安心できるものだった。



「……違うわよ。あんな連中と組む気はないわ」


「良かったぁ……」



俺の内心と同じくホッとした顔のイリスだが、もちろん嘘の可能性もあるので話半分に聞いておくつもりである。


誤情報だった場合はフレデリカが"宝石蛇"と繋がっていることになるが、少なくとも彼女が1人ではないということが伝わり、多少なりとも手は出しづらくなるだろうから問題ない。



「で、何を聞きたいっていうのよ」



面倒臭そうなのは変わらないが、何故か話を聞く気にはなったようなので……とりあえず、昨日"宝石蛇"に異常な動きがなかったかをイリスが聞く。


個人的に知っていたのか職務上知り得たのかはわからないが、フレデリカはそう言った話を耳にしていたようだ。



「あぁ……昨日2、30人ぐらい行方不明だってちょっと騒ぎになってたわね」


「それで、"宝石蛇"の対応は?」


「対応って言っても……入っていったのは数人のチームがいくつかって話だし、消えた連中は最近入った元盗賊なんじゃないかって情報もあるから、調子に乗って奥で痛い目に遭った可能性が高いって。だからカンパニーとしては特に何も……」



ふむ、イリスを待ち伏せしていた連中は複数のチームに分かれてダンジョンに入っていたのか。


そんな話になっているのなら、普通に出歩いても大丈夫なんじゃないか?と思ったところでフレデリカが追加の情報を出してきた。



「ああ、他の大きなカンパニーにちょっかい出してないかは気にしてるみたいな話を聞いたわ。もしも消えた連中がダンジョンの中でまとまって動いてたとしたら、"何か"に手を出してたかもしれないし」



なるほど。


大きなカンパニーは他にもあるようだし、そうなると他にも有力者の後ろ盾を持つところもあるのだろう。


その辺りと積極的に揉める気はないってことだな。


それを聞いたイリスが、自分のことであるのを伏せて尋ねた。



「"何か"……前日に街の入口で絡まれていた女性がいたのだけど、彼女とは関係ないのかしら?」



他所のカンパニーに話が伝わっていたぐらいだし、"宝石蛇"本体にもそのことは伝わっていたはずだ。


となれば、連中の行方不明にその女性が関わっているかもしれない、と思われている可能性は十分ある。


イリスがあの3人と一緒にダンジョンへ入り、行動を共にしているところを誰にも見られていないということはないだろう。


奴らも"宝石蛇"の一員だったわけだが、その目撃情報は伝わっていないのだろうか?


伝わっていれば彼女についての情報も出てくるはずだが……それを聞いたイリスに、フレデリカは思い出したように答えた。



「ああ……あったらしいわね、そんなこと。でもその女が何か関係してるの?」


「連中がその女性を諦めていなくて、ダンジョンの中まで追いかけ回したりしていたら……」


「っ!」



イリスの発言に、俺は魔鎧の中で密かに顔をしかめる。


ダンジョンの中まで、ということはその女性が冒険者であり、珍しいはずの女性冒険者が目の前に居るとなれば……その女性がイリスであることに気づかれてしまうかもしれない。


その予想は当たり、フレデリカはニヤリとした。



「なるほど、アンタが連中に絡まれたその女ってわけね。で、その上で行方不明になった連中のことを聞いてきたってことは……連中に何があったか知ってるのね?」


「あ、いえ、その……」



自分の失言に気づき動揺するイリス。


身の安全のため、安心できる確証を得たいという気持ちが先走ったのだろう。


精神的には中年の俺でも焦って答えを急くことはあるのだから、10代の彼女がそうなってもわからなくはない。


今のイリスには言い繕うのが難しいかもしれないので……俺が動くことにした。



ズイッ


「っ!?……な、何よ」



全身鎧の俺がカウンターに身を乗り出すと、威圧感があったのかやや萎縮するフレデリカ。


そんな彼女に、俺は兜を外して顔を見せる。



「俺だ」


「アンタは……どういうこと?」



元々控えめの音量で話していたのもあって、フレデリカは驚きの声も小さく抑えた。


俺はかなり訝しんでいる彼女に、少々事情の説明をする。



「街へ入るときにこの娘が絡まれてるのは見ていてな。そのときは誰かが何らかの手段で助けて俺の出番はなかったんだが……昨日、とある店でこの娘が3人の男に付きまとわれていて、心配になって後をつけたらそのままダンジョンに入っていったんだ」


「……それで?」



俺が前回と違って敬語でないことは特に気にせず、先を促す彼女に話を続ける。



「第2区に入ってしばらくすると連中がこの娘を襲い出したんだが、そのときに偶然魔物の一団が現れてな。連中が魔物の相手してる間にこの娘が松明を捨てて逃げ、そこを俺が保護してダンジョンを出たっていうのが昨日の話だ」


「うーん?今までの話からそれが出てくるってことは……そいつらが"宝石蛇"だったって言うわけ?」


「それはわからない。だが、前日にこの娘が"宝石蛇"に絡まれたことは他のカンパニーにまで伝わっていて、それが原因でこの娘は加入を断られている。そんな相手に翌日手を出せるとなれば……」


「お仲間だろうってことね。でも、それが数十人消えたことと関係あるの?たった3人でしょ?」


「それもわからないが……"宝石蛇"がこの娘を疑う可能性はあるだろう?」



俺がそう聞くと、フレデリカは腕を組んで顎に手をやる。


その仕草で寄せ上げられた胸に目が行くが……こいつも中々の物を持ってるんだよな。


家のことを考えると後が面倒だろうし、手を出す気は一切ないが。


そんなことを思っていると彼女は口を開く。



「うーん……まぁ、犯人である可能性も含めて話を聞こうとはするでしょうね。で」


「っ!」



その手段にある程度の想像がついたのか、嫌そうな顔で小さく息を呑むイリス。


そこへ俺は否定の難しさを含めて、彼女がただの被害者であると説明する。



「俺が見かけた店の店員によれば、前日にこの娘を助けたのは自分達だと言ってダンジョンに誘ったらしい。この娘はそれを信じてダンジョンに同行しただけなんだよ。逃げたのだってそいつらが原因なわけだし、証拠のない否定しかできないのに疑われるのは酷だろう?」


「それは、まぁ……だから数十人が行方不明になった件で、"宝石蛇"がどう動いてるのかを聞きたかったってことね」



納得のいった表情で言うフレデリカに、イリスが真剣な目で改めて確認する。



「それで……"宝石蛇"は本当に動かないの?」



それに対する返答は微妙なものながらも、多少の安心材料があった。



「今のところは。でも断言はできないわね。別に私は情報屋ってわけでもないし……ただ、何か動きがあったら教えてあげるわ」


「本当!?ありがとう!」



一先ずの安心と情報提供の申し出に素直に喜ぶイリスだが……その隣で俺は複雑な心境になっている。


この女は俺の出自についての疑惑を持っていて、それをネタにして俺を何かに利用しようと目論んでそうだったんだよな。


そんな女が手を貸してくれるとなると後が怖いんだが……さて、どうなるか。

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