35 事前準備は入念に
ネムルートに着くまでの数時間、カケル達は交代で仮眠を取った。グラスラの背中は、並みの竜が寝転がれるくらい広いのだ。
昼食代わりに携帯食の固いクッキーをかじっていると、目的地が見えてきた。
空の高い場所を飛ぶグラスラからネムルートは、遥か遠くの地上、尖った山の中腹にビー玉が埋まっているように見える。
「ネムルート補給基地……
イヴが魔術で、ネムルート補給基地の様子を拡大して見せる。
丸いシャボン玉の周囲を、夕焼け色の揚羽蝶の群れが飛んでいる。蝶の数が多過ぎて、まるで夕焼け雲の中に水晶球が浮かんでいるようだった。
「
ホロウが青ざめて言ったので、カケルは「そんな訳ないでしょ」と突っ込んだ。
「
「じゃあ、あれは何?!」
「ただの
断言するカケルに、皆の視線が集まる。
「あの蝶々は、偽物だ。人間が怖がると思って、ネムルートに近付けないために、
「根拠は?」
「ネムルートの壁が元に戻ってる。俺が最後に見た時は、壁が破損して煙が上がってた」
言いながら、カケルは自分の言葉に確信を抱く。
目的地はもうすぐだというのに、
「たぶん、戦力を出しきって余裕が無いから、ああやって壁の中に閉じこもって、時間稼ぎの蝶々を出してる」
「グラスラさん、聞きたいことがある」
『なんだ?』
「グラスラさんは、都市の壁を壊せるんだよね? グラスラさんの吐く炎は、都市を破壊できる。だからこそ、グラスラさんはネムルート補給基地奪還作戦に必須だったんじゃないか……敵に奪われた基地を完膚なきまでに破壊するために」
カケルの指摘に、イヴとクリストファーがぎょっとした顔になり、オルタナは眉間のシワを深くする。しかし、軍人のホロウだけは、暗い表情で視線を落としている。
足元の竜の背中から、低い男の笑い声が響く。
『正解だ、坊主。お前は戦争を知っているな』
「やっぱりね。ネムルート補給基地を破壊するだけなら、グラスラさん一人でも十分なんだ」
アロールの言葉は、カケル達を試しているようで、実はそうではなかった。アロールにはアロールの思惑があり、十分に勝算のある賭けをしていたのだ。
「このまま突撃したら、グラスラさんが理由を付けてネムルートを破壊して、戦功は全部アロールさんのものになっちゃう。それじゃ、俺が困るんだよね」
カケルは口元に冷笑を浮かべる。
謀略に、奸策、詭計。それらは、闇深い一族である
「俺は、
昔から、考えていたことだった。
今のカケルは、故郷が何をやっているか情報を手に入れる術がない。何も知らないまま襲撃に巻き込まれ、右往左往するのは、うんざりだった。
『坊主、相手が人間だったら捕まえて拷問できるだろうが、
グラスラが指摘する声は、面白がるような響きがある。
カケルがそれに答える前に、イヴが言った。
「カケル。あなたなら、情報を引き出せるのね」
「うん」
たぶん、今この世界で、
「グラスラさん、俺たち、ネムルートに降りて、敵の
『時間制限付きなら、良いぜ。待ってやる』
それは、カケル達がもたついているようなら、ネムルートごと焼き尽くすという予告だった。
ネムルート補給基地の破壊は、グラスラがいれば簡単だ。
敵の侵略機械の拿捕は、それよりずっとハードルが高い。しかしそれでも、カケルは今回やってみたいと考えていた。敵の侵略機械は弱っている。こんな機会が次いつ訪れるか分からない。
「イヴ、オルト。二人は、グラスラさんの背中で待っていてくれるかな」
「え?!」
「……なんだと?」
「クリストファー、ホロウさん。俺と一緒に、地上に降りて頂けますか」
イヴとオルタナの二人は、カケルに同行する気満々だったらしく、仰天している。一方、指名されたクリストファーとホロウも困惑していた。
「イヴは魔術で、外から俺たちの動きを観測して欲しい。ホロウさんは、基地内部に詳しいだろうから案内として必要。クリストファーは竜の姿になって、俺とホロウさんを運ぶ役」
「……俺は何の役だ?」
オルタナが険しい表情で問いかけてくる。
「オルトは、見張りかな」
伝わるだろうか。
カケルは祈りを込めて友人を見返した。
この場に一人だけ、動きが読めない危険な男がいる。鋼の巨体を持ち、人も機械もまとめて焼き尽くせる、グラスラだ。彼を止められるとしたら、殺傷能力の高いオルタナだけだ。
カケルの視線を受けたオルタナは、何か考えているようだったが、やがて「分かった」と溜め息を吐いた。
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