記憶の欠片 To that day
私の誕生日から1ヶ月、彼は無事退院した。
もう死ぬ確率は0に等しかったとはいえ、私は安心して胸を撫で下ろす。
本当に良かった。私は人殺しという建前から逃げ切ることができる。
空は快晴で太陽が燦々と煌めき、カーテン越しに日差しが差し込んでいた。
カーテンをまくり窓を眺めていると、ピコン!っとスマホが鳴る。
『今日ご飯行きませんか?」
彼、優馬からの連絡だった。
珍しい。彼から連絡してくるなんて。私は少し嬉しい気持ちになりパネルに指を這わせる。
『いいよ!行こ行こ!』
と返信し早めに準備を始めた。
彼との待ち合わせは12時。朝連絡が来たのが早かったため昼ごはんの時間で待ち合わせることになった。
私は準備が早すぎたため、30分前に現地に着いてしまった。あと20分くらいは適当に時間を潰そう。
駅のホームからの分かれ道を待ち合わせと反対に進もうとした時、
「美玖?」
背後から呼ばれ、背筋が凍った。
光瑠ではないかと思った。
もし光瑠だったらこの後何するのか聞かれて、そこを切り抜けても、優馬といる時にまた再開するかもしれない。そしたらその男はだれだってなって優馬は私の彼氏だと名のるだろう。そしたら私の浮気は2人同時にバレて。そしたら彼は、優馬はまた、、。
声が聞こえてすぐにスーパーコンピューターのように一瞬で頭が動いた。
私は恐怖と共に振り返る。
そこにはきょとんとした優馬の顔があった。
なんで、すぐに優馬だとわからなかったのだろう。以前ならなんの問題もなくわかったはず。
私は彼の自殺未遂という事実が私に今まで感じていなかった、いや感じないようにしていた恐怖との境界線を完全に壊していることに気づいた。
「え何何どしたん?」
私が硬直していると彼は心配そうに聞いてくる。
この瞬間私はううっと吐き気が襲ってきたがなんとか抑え、大丈夫!と返した。
「ってかなんか今日めっちゃ早いね。」
「あー、優馬から誘ってくれたの嬉しくてつい…」
それは良かったわ、と笑って彼は歩き始める。私もその後をついていくように歩いた。
「あ、お昼何食べたい?」
彼は聞いてきたが、私はさっき感じた不安とそれによる吐き気でいまいち食べる気が起きなかった。
「ちょっと食欲なくて、カフェとかでどう?」
「あー全然いいよ!」
彼が優しくて助かるのはこういうところ。
「ちょうどさ、!私たちが初めて行ったカフェ近いし!そこ行かない?」
それっぽい話で場を和ませる。
「お!いいねー!」
彼は振り返る。
「ってか、今日体調悪い?無理してこなくても良いよ?」
「大丈夫だよ!」
それどころでは無かった。体調は良くない。けど私はとにかく自分に異変があると思わせずにこの場を切り抜けなければいけない。
それに必死だったのだ。
15分ほど歩くと、私たちの初デートで来たカフェ、コネダコーヒーが見えてきた。
食事が近づくにつれ私の吐き気はここぞとばかりに攻撃をしてくる。
「初めての時さー。」
彼が話し出す。
「ここの道で初めて手繋いだよね。」
「あー。」
確かにそうだった。店に入る直前で繋いじゃって、結局繋いでる時間は短かった。不器用な私たちの関係を示唆する時間だったと思う。
たわいもない会話も挟みつつ、無事コネダについた。
私はグッと息を飲み、店の扉を開く。
「うっ。」
いつもなら食欲をそそる匂いが、今はものすごい嫌に感じられる。
「うわー!いい匂い!!」
彼はご満悦のようだが、私は悶絶する勢いで不安と吐き気が襲う。
店員がお二人様ですね〜と言って私たちを席に案内し、メニューを置いて厨房へ戻って行った。
メニューをヒラヒラと力無くめくりながら軽く目を通すが、何も胃に入る心地がしなくて結局コーヒー一杯だけ飲むことにした。
彼はびっくりしていたが、お腹空いたら僕の分食べていいからね!と私の気を使ってくれる。
メニューを頼み終わった後、お互いにスマホを開いてしまい1分ほど気まずい時間が流れたが、彼から口を開いてくれた。
「美玖さ、俺たちが出会った時のあのアプリって消したんだっけ?」
「あー。うん消したけど?」
私は「浮気したら怖いでしょ?」とか言いながら、付き合いたての頃、彼に消したことを報告していた。
だが実際、アプリは消したがログアウトはしていない。
「じゃあ安心だ。」
彼は自分に言い聞かせるように呟く。
もしかして、今。
私が浮気してるんじゃないかって疑われたの?
アプリ消したの?って何?
もしかして気づかれてる、?
私、もうすでに終わってるの?
息が上がる。鼓動が早くなる。唾も飲み込みにくい。喉が締め付けられるような感じがする。
どうしよう、もう私どうしたらいいの?
ねぇ、教えてよ誰か、無理だよ、耐えられない、無理、生きたくない、死にたい、死にたい、死にたい、いっそのことこのまま彼の前で
「コーヒーお持ちいたしました〜」
がっと我に帰る。
「あ、あ。あーありがとうございます。」
変に戸惑ってしまったが、不幸中の幸い彼は私の異変に気づいていなかったようだ。
気づかれていたら彼なら一瞬で「帰ろう、送ってく。」とか言ってくるはず。そうだよね。
コーヒーを一口飲むと、大好きな味に心が落ち着いてきた。
ふぅー。
私は一息ついて口を開く。
「ねぇ優馬ってさ。私のどこが好き?」
「えーなによ今さら〜。」
彼は手をヒラヒラさせながら言った。
「それはやっぱり美玖は自分をしっかり持ってるところだなー。」
いつもと同じ返答だった。
大丈夫、彼はいつもと変わらない。私がおかしいだけなの。だから私が元に戻れば全部元通り。
彼の頼んだロコモコが届いた。
私のコンディションが乱れてなかったら、多分このロコモコすごく美味しそうに見えるんだろうなー、とか考えながらロコモコをじっと見ていた。
「え、やっぱ食べたい?」
と彼から言われてしまったので、「大丈夫!」と言ってすぐに目を離した。
「そっか〜。今日やっぱり美玖変だよ。大丈夫?」
「え、そうかなー?」
「うん。だっていつもはもっとめちゃくちゃ話しかけてくれるじゃん。」
普段はかなりおしゃべりさんな私が喋らないと全く会話がない。ただ、今の私は自分から話題を考えて口に出すほどの余裕もない。
早く終わってくれ、と切実に思っていた。
昼食が終わり、私たちは再び駅の前まで歩く。
「今日はもう帰ろっか。」
もともと一緒に昼食という約束だったが、私たちはそのあと流れで一緒に遊ぶことが多かったので、彼は多分私のことを気遣ってくれたのだろう。そう思った。
「そうだね、!今日はありがとう!楽しかったよ!」
私はできるだけ平然を装う。
するとさよならの代わりに、
「ねぇ美玖。」
「ん?」
「なんか俺に隠してることない?」
彼は真剣な言葉と眼差しで私の胸を刺した。
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