第55話

前回分54を大幅に改稿しています。

(変更前の文章を予約したままにしていました)

1/26の18:20頃差し替えましたが、それ以前にお読みいただいた読者様。

申し訳ございませんが、以降の話と繋がらなくなるので54を再読してから

お進みいただくようお願い申し上げます。  深謝いたします  志波 連




「私はエスポ……いえ、ホープスと共に帝国へ行くことを受け入れます」


 誰も声を出さず、フォード家のキッチンは重い空気が流れた。


「その代わり条件があります。まずはニックとの離婚を正式に認めてもらうこと、そして帝国側の都合のいい夫を迎え入れないために、婚約者を連れて行くことです」


 レッドが頷いた。


「当てがあるようだね。でも君が考えている人物は、君と同じくらい重たい過去を持っているよ? そこはどうするのかな?」


「あの方は……スミス・ノーランという牧師様で、エスミス・メルダという第三王子は死んだ。そうですよね?」


「その手を使う? 彼は納得なのかな? 国王という座を捨てるかな」


「彼は王位を望んでいません」


「なるほど。おいオーエン、スミス牧師を我が家にご招待申し上げろ」


 オーエンが目配せをすると、リアが頷きキッチンを出た。


「彼はどう話したの?」


 レッドの言葉に、キディはあの夜の会話を包み隠さず話した。


「そうか、全部本当のことを打ち明けたんだね。それで君は納得できたの? ずっと噓をつかれてたってことに怒りは無かった?」


「だってお義父様。私は彼の知るキディではなく、本当はキャンディ・レガートですわ」


「ははは! あ互い様ってことか。じゃあエスポのことはホープスと呼ばなくてはね。それで? ホープスはどうするの?」


「もちろん連れて行きます」


「それはそうか。隠したいなら手はあるが、決心は固そうだね」


「ええ、この子と離れるくらいならこの道は選びませんよ。一緒に生きていきます」


 ホープスがレッドの顔を見上げた。

 レッドはその純真な眼差しを正面から受け、そっとホープスの頭を撫でた。


「君の決心は固そうだ。正直に言うととても助かるよ。妻も息子も君たちに相当傾倒していたからね、私が無理やり契約を履行しようとしたら一家断裂の危機だった。妹はどうする? 一緒に連れて行く?」


 オーエンの肩がビクッと動いた。

 エマは無表情のままだ。

 キディがゆっくり口を開いた。


「それも条件の1つにさせて貰います。私が行くのだから必ずしも必要ないでしょう? 彼女の意志を尊重して下さい」


 オーエンが口を開きかけたとき、玄関が開いた。

 全員が立ち上がり、聖職者を迎え入れる姿勢をとる。


「おはようございます、皆さん。昨日はお疲れさまでした」


 スミス牧師がゆっくりと頭を下げた。


「どうぞ、お座りください」


 オーエンが自分の隣に座らせる。

 エマがスミスの前にお茶を出し、戻ったリアはレッドの膝からエスポを抱き上げ、壁際の椅子に腰かけた。

 レッドがスミスを見て言った。


「スミス牧師……いえ、敢えてエスミス王子と呼びましょう。決心はつきましたか?」


 声を出そうとするキディを手で制し、レッドはスミスの顔を見た。


「決心ですか。スミスという名を捨て、まだ弟が生きていると信じる姉に絶望を与えるという決心ならついていません。しかし私は運命を受け入れるという覚悟をせねばならないとは思っています」

 

 レッドは頷いて、キディに微笑みかけた。


「キディが帝国へ行くことを了承しました。これでとても動きやすくなります。彼女と引き換えに、我が国が喉から手が出るほど欲しい鉱山を入手できますし、女帝となる彼女を守ってきた国として、近隣のどの国よりも帝国に優遇されることになるでしょう」


「彼女の安全は?」


「生きるという意味での安全なら保証できます。あちらは皇帝の血筋が欲しいのですから、彼女を害することは絶対にしませんよ。むしろ彼女のための後宮を作って、子孫繫栄を目指すでしょうね」


「それでは彼女の尊厳が失われます」


「そうです。彼女は皇帝の血筋を残すだけの存在となるのです。これは我々の本意ではありません」


 スミスがギュッと掌を握った。

 レッドが努めて明るい声で言う。


「帝国側を納得させつつ、彼女の尊厳を守る方法はひとつです。彼女がすでに結婚していて、夫以外の男性と関係を持つことが許されない立場にいること。それ以外には方法がないでしょうね」


 スミスがゆっくりと顔を上げた。


「結婚は……すでにしておられるのですよね……彼女は既婚者だ」


「ええ、戸籍上はそうですが彼女の夫は恐らく既に死んでいます。もちろん手続きをする前に確認をしますが、もし生存していても国王の力でなんとでもなります。その後のことを言っているのですよ、エスミス王子」


 スミスが顔を顰めた。

 その名でよばれることに抵抗を感じるのだろう。

 レッドが続ける。


「あなたは聖職者だ。噓をつくことも既婚者へ恋情を抱くこともタブーでしょう? これを犯したらどうなるのですか?」


「どうなるとは……神がどうなさるのかという意味でしたら、何もなさいません。罪は自分の中にあります。この罪を犯した自分をどうするのかという意味でしたら、私は聖職者である自分を捨てるしか無いでしょうね」


「なるほど! ではそれを捨てる覚悟があるということですね? だとしたら私も最後のカードを切りましょう」


 レッドがニヤッと笑い、リリアンヌが肩を竦めた。


「エスミス王子、あなたは本当はスミス・ノーランという没落した子爵家の長男でしょ? 親族に爵位を奪われ教会に捨てられた子供だった。そして生きているのは王立図書館で働いている姉だけだ。その姉とはいまだに文通をしていますよね? ということはあなたという存在を証明できるのはその姉だけですよね? いやぁ、すっかり騙されていましたよ。エスミス王子はもう亡くなっていたんですね? 聖職者なのに私たちを謀るなんて悪い人だ」


 スミスが目を見開く。

 ハクハクと口が動くが声は出ない。


「あなたを拾った牧師に確認しましたよ。あの教会にはエスミスという名が刻まれた墓標があるそうですね。ということは、あなたは間違いなくスミス・ノーランだ。でもずっと私たちを騙していたんだ。約束通り聖職者を名乗ることは辞めていただきますよ? 当然でしょう?」


 スミスが俯いた。


「仰る通り、私に聖職者を名乗る資格はありません」


「だとしたら人妻に懸想しても問題ないですよ。ましてや離婚するのは決まっているんだ。何を戸惑うことがあるのです? しかし、あなたの愛した女性は、今窮地に立たされています。ただの男となったあなたはどうしますか?」


「全身全霊で彼女を守りたいと……いえ、守って見せます」


 レッドが手を叩くと、全員が拍手をした。

 キディがオーエンの顔を見ると、盛大に涙を流している。


「では、そう言うことで」


 席を立とうとしたレッドにスミスが言う。


「メルダ国はどうなるのでしょうか」


「気にすることはありません。皇太子も第二王子ももうすぐ天に召されるらしいですよ? 第三王子が苦しんだ病と同じらしいので、あの家系のもつ病気なのでしょう。女帝を迎えた帝国は配下の国に優しいでしょう? あの国は隣の国の王弟が統治することになるのではないでしょうか。まあ、女帝が承認すればですけどね」


 レッドがキディにウィンクした。

 キディは全身の力が抜け落ちていくのを止めることができなかった。

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