第51話

 オーエンを先頭に総勢8人の大所帯だ。

 裏庭で遊んでいた子供たちが、何事かと木の陰から覗いてみている。

 

「あっ! オーエン父さん!」


 一人の子供が駆け寄ってきた。

 すると他の子供たちも一斉に駆け出し、あっという間にオーエンを取り囲んだ。

 みんな口々にオーエン父さんと呼んでいる。


「待て待て! 挨拶をしなさいといつも言っているだろう? 今日はクッキーを持ってきたから、みんなで食べなさい。私はお客様を案内するから邪魔をしてはいけないよ」


「はぁ~い」


 一番年長の男の子が籠を受け取り、小さい子たちの手を引いて裏庭へ向かう。

 オーエンはホッと息を吐いた。


「おい、ちょっと待て」


 レガート侯爵の声がかかる。

 子供たちはビクッとして立ち止まった。


「子供たちを並ばせろ」


 オーエンが頷いて見せると、子供たちがバラバラと横並びになる。

 馬を降りた侯爵が、一人ずつ子供の顔を確認し始めた。


「何事ですか?」


 スミス牧師が教会から出てくる。


「ああ、牧師様。お客様です。何かお探し物があるそうで」


 オーエンが口を開くと、スミス牧師が頷いた。


「お客様ですか。こんな田舎に探し物とは珍しい」


 その間にも傭兵たちは教会の庭をうろつきまわる。

 背丈の高い草の中まで探る念の入れようだった。


「お前、名前と歳は?」


 レガート侯爵が端の子供に質問した。


「おいらはサムです。11歳です」


「お前は?」


 どうやら全員に聞くつもりのようだ。

 子供たちはおろおろしながらも、きちんと答えている。

 そして侯爵の足がホープスの前に止まった。


「お前は?」


「僕は……スミスです。5歳です」


「ん? お前……おい! 領主!」


「はい! 何でしょう」


 オーエンが慌てて駆け寄る。

 

「こいつ怪我をしている。見てやれ」


「あれ? 本当だ。どこにぶつけたんだ? ほっぺたが切れてるぞ」


「さっきね、鬼ごっこしてて木にぶつかっちゃったの」


「そうか、水で洗って薬を塗ろう。こっちにおいで」


 オーエンがエスポの手を引いて、教会の方に歩いて行った。

 スミスが後を追う。


「領主様、私がやりますので。領主様はお客様を」


「ああ、そうですね。お願いします」


 オーエンはエスポをスミスに渡し、レガート侯爵の元に戻った。

 最後の子供まで全て確認し終えた侯爵が振り返る。


「どいつもこいつも田舎臭い顔をしている。子供はこれだけか?」


「まだいますが、後の子たちはみんな親の手伝いで畑に出ています。歩けないほど幼い子は母親がおぶっているか、籠に入れられているかですが」


「もういい。教会の中を見せろ」


 庭の探索を終えた傭兵たちも集まってくる。

 レガートはオーエンを先頭に立たせて、教会の扉をくぐった。

 小さな礼拝堂には、今にも壊れそうな木の椅子が十数個、無造作に並んでいる。

 説教台の横でのろのろと箒を動かしているのは教会の下男だ。


「爺さん、いつもご苦労だね」


 下男が顔を上げる。


「ああ、領主様かね。今日も差し入れかね? ありがたいねぇ」


 下男は酷い猫背で、左足を庇うようにして腰を伸ばした。

 傭兵の一人が下男に声を掛ける。


「おい、じじい。厠はどこだ」


「ご不浄なら外に出て左に回った小屋でさぁ。今は婆さんが掃除をしているんじゃなかったかな?」


 よほど我慢していたのか、その傭兵は侯爵の許可も取らずに駆け出した。

 他の傭兵たちはへらへら笑いながら見送っている。


「腹でも壊したか? 腐ってるもんでも食ったんじゃねえか?」


「それなら同じもんを食った俺たちも下してるだろ? 腹出してねたんだろうぜ」


 それを聞きながら侯爵がチッと舌打ちをした。


「牧師さん、ここはあんただけかね?」


「いいえ、私ともう一人神に仕える者がおります。後は雑用をしてくれる老夫婦です」


「さっきの子供らは?」


「親が働いている時間はここで預かっています」


「孤児は?」


「何人かはおりますが……」


 スミスが不安そうにオーエンの顔を見た。

 オーエンが話を引き取る。


「流行り病で両親とも失くした子供がいますよ。先ほどの中で大きい子たちはほとんどそうです。あと何年かしたらどこかの商会にでも奉公に出す予定です」


「もう一人の神のしもべとやらはどこにいる?」


 スミスが口を開こうとしたとき、厠へ行っていた傭兵が戻ってきた。

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