第45話

 一度全員の顔を見回したレッドフォードが口を開く。


「もうすぐここにレガート侯爵達がやって来る。人数は6人。5人は傭兵上がりというところだろう。武力も知力もそこそこあると見た。ただ奴らは寄せ集めという感じだな、仲間意識は薄い。そこが狙い目だろう」


 ふとレッドフォードがスミスを見る。


「牧師様はご自身の出自はご存じですね?」


「実はよく知りません。私を拾ってくれた恩師からは、高貴な身分だと思うとは聞きましたが、具体的にはわからないのです。幼い頃は大きな離宮のようなところで育ちました。父は時々会いに来るという感じで、顔はぼんやり覚えています」


「どうしてそこを出たのかは覚えておられますか?」


「朝早くに母に起こされ、何の説明もないまま馬車に乗せられました。そこから数日移動した街で、いきなり放り出されたのです。蹲る私の服や装飾類はその日のうちに剝ぎ取られました。何も食べることもできず、道端に倒れていた……それが全てです」


「なるほど。ご苦労なさったのですね。あなたは隣国メルダ王国の第三王子、エスミス・メルダ殿下です。お父様は現王で、あなたを探しておられます」


 スミス牧師は静かに目を閉じた。


「もう過去のことです」


「そうお考えになるのもわかります。メルダ国王は病床にあり、皇太子と第二王子の間で後継者争いが勃発しています。皇太子は正妃の子、第二王子は側妃の子です。皇太子は大人しい性格で、決断力に乏しく体も強くない。第二王子は猛々しい性格ですが、胆略的で知性に乏しい。現王は賢王と呼ばれるほどの方だったのに惜しいことです」


「そうですか」


「どうです? メルダの王になりませんか? おそらくあなたが一番の適格者だ」


「いや、お断りしましょう。私はただの牧師であることを望みます」


「民が苦しんでもですか?」


「どういう意味でしょう」


「皇太子がそのまま即位すれば、欲にまみれた貴族たちの傀儡になり下がり、国は荒れるでしょうね。第二王子が即位した場合、近隣諸国に攻め入り徴兵と重税で民は疲弊します」


「そう決まったわけでは無いでしょう? 彼らは正当な王子です。私のように捨てられたわけでは無い」


「あなたの母君は当時皇太子だった現王の専属侍女でした。二人は愛し合っていたのです。それを妬んだ正妃と側妃に命を狙われ、当時の王妃が見かねてお二人を逃がしました。ただ託した相手が悪かった。後はご記憶の通りです。現王はずっとあなた方母子を探しておられたのですよ」


「だとしても……やはりお断りしたいと思います」


 この話はこれで終わりだとばかりに、スミスは目を閉じた。


「わかりました、では他の作戦を考えましょう。今現在、キディとエスポを狙っているのはレガート侯爵だけです。彼が隣国第二王子と組むか帝国と組むかで対応を変えなくてはなりませんが、かなりの確率で第二王子と手を組んでいると思います」


「なぜそう思われるのですか?」


 キディが聞いた。


「彼が替え玉のことを口にしたからです。キャンディ・レガートとしてソニアを送り込むつもりなのでしょう。これは第二王子の協力が無くては絶対にできないでしょう?」


 キディは頷いた。


「第二王子はキャンディが本物か偽物かなど関係ありません。本物ならそのまま、偽物なら演技をさせれば良いだけですからね。その点ソニアは好都合だ。一応高位貴族のマナーも知識も身につけているし、何より生きることへの執着が凄まじい。これ以上の替え玉はいないでしょう?」


 ソニアの名前を聞いて、キディは胸に痛みを覚えた。


「帝国側はそうはいかない。とにかく血筋が正統でないと何の意味もありませんからね。第二王子とレガート侯爵は重要な情報を入手していないのです。だから替え玉なんてつまらないことを思いつくのでしょう。皇帝の血統には必ず現れる特徴があるのですよ。これは帝国でも知っている人間はほんの数名です」


「それは何ですか?」


 エマが前のめりになる。


「虹色の目。これが必ず引継がれるのです」


「虹色の目? 私の瞳は七色ではありませんよ?」


 キディが口を開き、エマが頷いた。


「虹色と言っても七色というわけではありません。これは光を当てないとわからないのですが、瞳孔の周りの虹光部分に複数色が現れます。日常生活の中で気付く人はいない」


「では、ソニアがキャンディとして帝国に行ってもすぐに偽物とわかるということ?」


「その通りです。そうなると怒った帝国側は第二王子とレガート侯爵を潰すでしょう? こちらの手間が省ける」


 オーエンが口を出す。


「でもそうなると、帝国側は手段を選ばずキディとエスポを奪いに来るのでは?」


「そうだね。そうなるよね」


「この村が襲われるということですか?」


 キディの顔色が悪い。


「うん、まあ一週間くらいはなんとか凌げるかもね」


「そんな……」


「ここの村人たちは命を捨てて君たちを守ろうとするだろう。年寄りも子供たちもね。この村の住人は全員が戦闘員として教育を受けている。だから一週間だよ。普通の村なら一晩というところだね」


 キディがエプロンをギュッと握りしめた。

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