第46話
「エマの祖父母……リブル伯爵夫妻はなぜ逃がそうとなさったのですか? その……もし皇帝の子供を身籠ったのなら喜ばしいことではないのですか?」
キディの質問にレッドフォードが何度も頷きながら答えた。
「うん、普通はそう思うよね。帝国の覇者の縁戚なんて名誉なことだもの。でもね、あそこの後継者争いは凄まじかったんだ。兄弟姉妹で殺し合うなんて当たり前、生き残った者が
次の皇帝になるという暗黙のルールが存在していた。だからあれほどの子供を作りながらも三人の王子しか残っていなかった。流行り病と言われているけれど、恐らく毒だろう。そして誰もいなくなった」
全員が息を吞んだ。
「きっとキャンディもエマも、入内した日に殺されていただろうね」
スミスが沈黙を破った。
「でも今は誰もいないのですよね? 唯一だとしたらその心配は無いのでは?」
「そうですね。殺し合いということは無いでしょう。しかし恨みつらみは相当残っていると考えるべきだと思いますよ。もし帝国に行くなら、まずは皇室とその周辺の大掃除をしなくてはいけない」
「難しいでしょうね」
「ええ、ほぼ不可能でしょう。しかし良いこともありますよ? あそこの政治体制は盤石です。皇帝が全てを動かすということはありません。むしろタッチしない方が安全でしょう。言い換えると、血さえ正統なら誰でもなれる」
「良いのか悪いのか、良く分かりませんね」
キディが顔を上げた。
「お義父様のお考えを教えてください」
レッドフォードは数秒黙ってから口を開いた。
「まずはソニアを利用して帝国にレガート侯爵家とメルダ王国の大掃除をしてもらう。きれいになったメルダにはエスミス第三王子が新王として即位。その後キディとエスポは正統な後継者として帝国に行く。その時点で既婚者か、もしくは婚約者がいれば女帝の配偶者争いも激化しないだろうね。下手に男が皇帝になるから無暗やたらと子ができるんだ。女帝であれば自分で産むのだから、自ずと人数は少なくなるさ」
「私に傀儡になれと?」
「いや、傀儡というより帝国の象徴として君臨すべきだね。政治には口も手も出さないが、最終決裁権は保有するんだ。それには上がってきた政策の善悪を見極めるだけの知識が必要だし、民が崇めたくなるような容貌も必要だ。そして何より次の後継者をじっくりと育てることができる母性。キディ、いやキャンディ。私は君こそふさわしいと思っているよ」
キディが大きく息を吸った。
オーエンが鋭い口調でレッドフォードに言い返した。
「キディを犠牲にすると言うのか?」
「ではお前はずっとこの母子を逃亡者にするつもりか?」
オーエンが唇を嚙みしめた。
レッドフォードが続ける。
「もう気付いているとは思うけれど、ドーマ子爵は王弟だ。そしてキディを守れという指示は王弟から出ている。今我が国は深刻な資源不足だ。命綱だった鉱山が崩落してしまったからね。そして主な輸入先はメルダ王国だよ。王弟はキディという女性を高く評価している。とても大切に思っているからこそ、我々に守れという指示も出したんだ。しかし彼も王族。国の存続を一番に考えなくてはいけない立場だ。いざとなったら冷酷な判断も下すほどの胆力も持ち合わせている御方だよ」
誰も何も言わない。
レッドフォードが困ったように眉間に皺を寄せた。
「理想のプランとしては、この国の王も王弟も為政者として素晴らしい能力を持っているし、後継者も育っている。メルダ王国は民の心に寄り添える第三王子が新王となり、今までの悪政を正す。そして帝国は女帝が治め、近隣諸国と戦争をしない外交を繰り広げる。夢のまた夢だろう? スミスさん」
スミスがギュッと目を瞑った。
オーエンが声を出す。
「理想は理解した。確かに言うとおりだと思う。我が国であれ隣国であれ、キディが利用されるのではなく、自分の意志で選ぶべきだと思うよ。でも当面の問題はレガートだ。まずは奴らに諦めさせて、ソニアを送り込ませないと」
「その通りだ。今私が言ったのはあくまでも理想論だと思って欲しい。オーエンが言うとおりまずは目先の羽虫を追い払おう。エマはキディになり切ってくれ。エスポのダミーはこちらで用意する。そしてキディとエスポは……どこに隠すかな?」
スミスが手を上げた。
「教会でお預かりしましょう。貴族がいるなら教会への宿泊は選ばないはずです。泊まるなら領主邸でしょう」
「さすがのご慧眼だ。では今日からキディはスミス牧師の妻ということにしよう。エスポは数人の子供たちと一緒に教会に住んでいる孤児っていう設定かな。ここは部屋が少ないからオーエンとエマは夫婦で同室が自然だね。部屋はリリアンヌの部屋を使いなさい。私とリリアンヌは教会で働く下男と下女だ。メイドはルーラ。村人たちへの連絡はオーエンに一任する。ケインのところの息子をエスポに、教会に住む孤児は5人ほど選べ」
レッドフォードが立ち上がる。
キディとスミス以外がほぼ同時に立ち上がった。
「失敗は許されない。ミッションスタートだ。ゲッツセッツ!」
「ゴー!」
立ち上がった全員の声が揃った。
キディは心臓の鼓動が早まるのを感じた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます