第43話

 エスポがきりっとした顔で言う。


「できるよ。僕は何をすればいいの?」


「えらいぞ、エスポ。君は常にお母様と一緒に行動してくれ。学校の授業も大切だが、今はお母様を優先するんだ」


「うん、わかった。絶対に離れない」


「よし。次にキャンディだが、君はなるべく屋敷の中で過ごしてくれ。エマかリアのどちらかを必ず側に置くんだ。ちょっとそこまでだからなんて甘いことは考えてはいけない。ほんのキッチンに行くというだけでも一人で行ってはいけないよ」


「ええ、わかったわ」


 エスポがキディに抱きついた。


「そしてリア、君には影の仕事に戻ってもらう。保護対象はキディとエスポだ。交代要員は呼び寄せるが、すぐにとはいかない。大丈夫か?」


「任せてください」


 オーエンが一息ついた。


「さあ、エマ。君は今からとてもショッキングな事実を聞くことになる。覚悟して最後まで口を挟むな。いいか?」


 エマが無言のまま頷いた。


「君は僕の妹ではない。君の母親は王都で亡くなったレディ・アイラで間違いないが、父親はフォード前男爵ではなく帝国の前皇帝だ。言い換えると君はキディの腹違いの妹だよ」


 全員が息を吞んだ。


「君を隠し通すというミッションを受けた私の父が、レディ・アイラと駆け落ちしたという格好で、ここから君たち親子を逃がした。このことは仕事として請け負ったことだから、もちろん母も承知している」


 エマが小さく頷いた。


「父が亡くなり、レディ・アイラも亡くなった。君はそう思っているだろうけれど、父親は生きている。生きて君の側にずっといたんだよ。母親の再婚相手として君に武術を教えて、ドーマ子爵邸に入れたのも父だ。そして父もドーマ子爵邸で働いていた」


「レッドフォード執事……」


 エマが呟くように言う。


「そうだ。彼が前フォード男爵であり、母の夫、そして私の実の父だ」


 レッドフォードを知っているキディもリアも目を見開いた。

 リアがポツリと言う。


「あの影組織の長が……オーエンさんのお父様? え? あの死神が? マジで?」


 オーエンが頷く。


「そうだよ、リア。死神と呼ばれ、地獄の番人と畏れられた彼が僕の父親だ。そして、もうすぐここに戻って来る」


 リリアンヌ以外の者たちが声をあげて驚いた。

 妻であるリリアンヌは、嬉しそうにニコニコ笑っていた。


「それほどの状況なのですね?」


 リアの声が緊張に震えた。


「そうだ。そして、もしかしたら依頼内容の変更があるかもしれない。私自身が依頼主の性格を把握しているわけでは無いからなんとも言えないが、父はその可能性も視野に入れるべきだと言っている」


「どういうこと?」


 エマが聞く。


「我が国の資源状況の悪化に関わっている。そういえばわかるかな?」


 エマとリアが大きく息を吸った。

 エスポを抱き寄せたキディの背中を、リリアンヌが優しく撫でた。


「レガート侯爵は二人を確保できなかった場合、手に入れているソニアをキャンディとして売るつもりだ。どちらに売るのかは定かではないが、隣国の皇太子も第二王子も喉から手が出るほど欲しがるはずだ。もちろん帝国もね」


 キディが口を開いた。


「エマのことは把握されていないの?」


 オーエンがキディの顔を見て答える。


「この村から少し離れた場所にあるリブル伯爵領、そしてその領主夫妻こそレディ・アイラの両親だ。狩りに来ていた皇帝に犯された娘を逃がすために、リブル伯爵が助けを求めたのが私の父だ。リブル夫妻はまだ妊娠も確定していない時点で逃がすことを決意したんだ」


「だから私の存在は把握されていない」


 エマが呟いた。


「その通り。しかしこのミッションに係わった父と母、そして私は知っている」


「私って……売られちゃうの?」


 エマの声は震えていた。


「そうならないために、キディとエスポを全力で守る。いいね?」


 扉が開きケインが顔を出した。


「領主様、そろそろお開きになります」


 オーエンが明るい声で答える。


「わかった。すぐに行くよ」


 オーエンがキディに手を差し出す。


「さあ行こう。エマとリアは両脇を固めろ。母上はエスポを頼みます」


 キディはふうっと息を吐いた。


「ええ、行きましょう」


 四人は立ち上がり、扉を開けた。

 オーエンとキディ、そしてスミス牧師が順番に閉会の挨拶をしてお開きとなった。


 数人の村人たちが残って片づけを手伝ってくれる。

 その中にはエマもリアも合流したが、警戒は怠っていない。

 リビングにはオーエンとキディ、そしてスミス牧師の姿があった。


「今日はありがとうございました。もうすぐこの家の本当の主が戻ってきます。全てをお話ししますので、もう少し待っていてください」


 オーエンの言葉にスミスは頷き、もう冷めてしまった紅茶のカップをじっと見ていた。

 ふとスミスが口を開く。


「先日教会にお泊めした旅人から『紅茶も無いのか』と言われました。確かに今はありませんし、私は薬草茶でも十分おいしいと思うので不便も感じないのですが、人によって感じ方が違うのだなと改めて気づかされました」


 ニックのことだとわかったキディは、自分のことのように恥ずかしいと思った。

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