第42話

 侯爵が言っていた『弾』は、おそらくソニアのことだろう。

 帝国に直接売るつもりなのか、それとも隣国第二王子と共謀しているのか。

 どちらにしても本物の方が良いに決まっている。

 ぎりぎりまで探した後の最終手段だろう。


「どちらに売るのかによってこちらの動きも変わるな」


 タイムリミットはいつか。

 これがわかれば動きやすい。

 そう考えたレッドフォードは単独行動に踏み切った。

 それにしても緊迫感がない。

 もしかすると別動隊がいるのか、援軍を待っているのか。

 何にしてもレガート侯爵の動きは鍵になる。


 その頃、フォード村の入口に到着したオーエンは、いつもとは違う雰囲気に戸惑った。

 農民がいない。

 とにかく人の気配が無いのだ。

 いつもなら景気の良い音を立てている鍛冶屋も鳴りを潜めているし、なにより畑に農民がいない。

 領主邸が見えた時、オーエンは声に出して叫んだ。


「なんだ? あの人だかりは」


 急いで乗り付けると、領主邸の庭に集まっていた村人たちが一斉に振り返った。


「お帰りなさい、領主様」


 明るい声がかかる。


「何事ですか?」


 オーエンの声に答えたのは保護者会代表のケインだった。


「開所式ですよ。今日からあの建物が老人保養所になるのです」


「老人保養所?」


「ええ、若い者が仕事に出て、子供たちが学校に行くと、年寄りが家に残されるでしょう? 心配だから仕事を抜けて様子を見に帰ったり、子供も学校にいけなかったりするのを何とかしようって、領主夫人と牧師様が動いて下さったのです」


「キディが……スミス牧師と……」


 村にとっては良いことだが、手放しでは喜べないオーエン。

 しかもキディとエスポはその身に危険が迫っているのだ。

 正直言ってそれどころではない! オーエンはそう叫びたかった。


「あら、お帰りなさいオーエン。お手紙が届いたのね? 間に合ってくれてよかったわ」


「手紙?」


「ええ、そうよ。一週間前になっちゃったけど手紙で開所式を知らせたでしょう? だから戻ってくれたのではないの?」


「あ……いや、手紙は読んでないよ。このところ忙しくて宿には戻ってなかったんだ。別件で戻ってきたのだけれど、間に合ったのなら良かったよ」


 いつもの制服とは違い、キディにしては華やかなドレスを身に纏っている。

 ふと見るとエマとリアは制服だ。

 オーエンは慌ててキディに言った。


「キディ、悪いことは言わない。制服に着替えるんだ。誰がどこで見ているかわからいから、用心に越したことは無いよ」


「えっ? ニックがいなくなったからもう大丈夫かと……わかった。すぐに着替えるわ。あ……でもこの後テープカットがあるのだけれど、あなたが代わりに出てくれる?」


「うん、わかった。そうするから早く着替えてきて」


 キディが屋敷に戻ると、何かを察知したのかエマとリアも入って行った。

 キディの代理でスミスが開所の挨拶をし、オーエンがテープカットの列に並んだ。


「おいおい! 領主様がボロボロだぜ?」


 誰かがオーエンを揶揄う。


「間に合っただけでも良しとしてくれ! これでも寝ないで駆けてきたんだ。今日という日がフォード村にますますの発展をもたらしますように!」


 一斉にテープが切り離され、会場が拍手に包まれた。

 拍手が鳴りやまないうちに、急いで出てきたキディたち三人も、満面の笑顔で手を叩いている。

 オーエンはやっと息を吐いた。


 ガーデンパーティーが始まり村人たちが楽しそうにテーブルを囲み始める。

 人ごみを縫うようにしてキディに近寄ったオーエンが、そっと耳元で言った。

 

「ちょっと屋敷に戻れないか? エマとリアも連れて行く。エスポを頼むよ」


「わかったわ」


 キディが不安そうな顔で頷いた。

 仲間たちと走り回っているエスポを捕まえて、屋敷に戻るキディをスミスが見ていた。

 スッと動くスミス。


「領主様、何事ですか?」


「ああ、スミス牧師様。ギリギリ間に合って良かったです。後でお話ししますので、今はこちらをお任せできませんか?」


「……わかりました。頑張ってみます」


 オーエンは悪いと思いながらもスミスを置き去りにするように屋敷に戻った。

 ロビーにはキディとエマとリア、そしてエスポを抱いたリリアンヌが揃っている。


「帝国の最後の王子が死んだ。帝国も動き出す。レガート侯爵はすでに行動を開始した。侯爵が帝国側なのか隣国側なのかは不明だが、隣国も未だ跡継ぎが決まらない状態だし、皇太子が一歩リードしてるのも変わらない。慌ただしくなるぞ」


 四人が息を吞む。

 エスポは仲間から引き離されて不満げな顔をしていた。

 そんなエスポの手を取り、オーエンが目線を合わせる。


「なあ、エスポ。君はお母様が好きかい?」


「勿論だよ。僕はお母様が大好きだよ」


「お母様を守れる男になりたいかい?」


「当たり前じゃないか。どうしたの? オーエン父さん」


 エスポは誰が教えたわけでもないのに、いつからかオーエンのことを『オーエン父さん』と呼び始めていた。


「お母さんと君の安全を守るのは私の役目だ。でも守られる二人も協力してくれないと難しいんだよ。できるかな?」


 エスポが神妙な顔でリリアンヌの膝から降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る