第5話

「キャンディ、迎えに来たよ」


 リリアの声だ。

 その後ろにはクリスも立っている。

 目を見開くキャンディにリリアがわざとらしい大声で話しかける。


「荷物はそれだけ? もっと出せないの? 孤児院のバザーに寄付するんだからドレスとか本とかもっと出してよ」


 リリアの心遣いに泣きそうなほど感謝しながらキャンディは頷いた。


「ええ、あまり重たいと持てないと思ったの。たくさん出すわ。手伝ってくれる?」


「もちろんよ、そのためにクリスまで連れてきたのだもの」


 執事を振り向くとこくんと頷いた。


「こっちよ。クリス様もどうぞよろしくお願いします」


 二人は執事に目線だけ送り、キャンディの部屋に向かった。

 誰もついてきていないことを確認し、ドアを閉めたキャンディ。


「はぁぁぁ……助かったわ。神だわリリア。今日出るって良く分かったわね」


「当たり前じゃないの。私たちは親友よ? やっと決心したのね。良かったわ。あなたが渋るようなら無理やりにでも連れ出すつもりだったの。それよりどうしたの? その顔は。まるで鬼に殴られた様に腫れているわね」


「正解。我が家には鬼が二匹も棲んでいるのよ。それと小鬼が一匹」


 笑いながら昨夜の出来事を話すキャンディ。

 黙って聞きながら顔を顰めていく二人。


「あり得ないわ。なんてことなの!」


「ああ、リリアからは聞いていたがそこまで酷いとは想像していなかった。君の親も大概だな。娘の顔を殴るだなんて、なんて野蛮なんだ。それに延期は必要ないだと? 鬼畜か?」


 自分のことで自分以上に怒ってくれる人を見ると、どうやら冷静になるらしい。


「ありがとうね。二人とも。でもお陰でキッパリと決心がついたわ」


「全力で応援するわ」


「ありがとう。まずは宝石を換金してお金を作って家を探す。どこかの商会に入れば良いのだろうけれど、紹介状も無いし親の承諾も無いでしょう? 難しいと思うのよ」


「それは後で考えましょう。とにかく荷物よ。できるだけ持ち出した方がいいわ。ドレスは案外高く売れるし。一人で生きていくならお金は大事よ」


 三人は手分けをして高く売れそうなものからトランクに詰め込んだ。

 クリスが一番大きなトランクを抱え、キャンディとリリアはトランクに入りきらなかったドレスを両手いっぱい抱えている。

 ロビーに行くと、待ち構えていたように母親が駆け寄ってきた。


「何処に行くの?」


「あら、お母様。孤児院のバザーに寄付をしに行くのです。もう着ないドレスや読み飽きた本などを提供しようと思って」


 後ろでニコニコ笑っているリリアとクリスを見た母親が、急に声色を変えた。


「まあ! それは素晴らしいことね。もう学生では無いのだから不要なものも多いでしょうし。たくさん持っていきなさい。次回は私のも寄付したいわ」


「……行ってまいります。今日はリリアの家に泊まります。明日は夕方までには戻る予定ですが、近いので辻馬車を使います。どうぞご心配なく」


「辻馬車? 知らせをくれれば迎えに行かせるわ」


「知らせを送る時間の方が無駄です。それに辻馬車は慣れておりますので」


「慣れているって……そんなはずないでしょう? ああ、わかったわ。お友達と使っていたのね? あまり危険なことをしてはダメよ? 馬車ならいつでも出してあげるから」


 自分が行けと指示をした茶会と通学以外で、馬車を使わせてくれたことなど無かったのにと思ったが、大事の前の小事と考え聞き流すことにした。


「では、時間がありませんので、もう行きます」


「ええ気をつけてね。リリアさん、ご迷惑をおかけするけれどよろしくお願いします」


「はい、畏まりましたわ、おば様。明日の夕方は婚約者の家で食事会があるので、送ってあげられなくてすみません」


「いいえ、この子ももう学生では無いのだから大丈夫でしょう」


 玄関先で馬車が出るまで手を振る母親を、シラケた目で見ながら三人は暫し笑いあった。

 そしてそのまま馬車は街の中心部に向かい、抱えて来た荷物を全て換金する。

 ニックからのドレスを見た買い取り業者が提示した金額の低さに、三人は啞然としたが、相場ですという業者の言葉に爆笑した。


 まとまったお金を手にしたキャンディは、二人に付き添ってもらい不動産業者を回った。

 一人暮らしなら集合住宅の方が安全だと言われ、なるべく大通り沿いの物件を見て回り、女性専用で管理人が常駐するという物件に決めた。


「少し高めだけれど、安全の方が大切よ」


 リリアの言葉にキャンディは大きく頷いた。

 保証人がいると言われたが、クリスがエヴァン侯爵家のカフスボタンを見せると、すんなりと審査を通過した。

 これを見越してこのカフスを着けてきてくれたのだと思ったキャンディは、改めて感謝の言葉を口にした。

 ベッドやクローゼットは備え付けがあるので、小さめのテーブルとソファーを購入し、三人はリリアの家に向かった。


「あの母親のことだもの。絶対に確認してくるはずよ。目が疑っていたもの」


 リリアの読みは的中し、差し入れと称してホールケーキを抱えた執事が夕食前に来た。

 その頃には部屋着に着替え、寛いでいたキャンディとリリアは、ケーキを受け取りながらほくそ笑む。

 事情を知っているリリアの両親は、絶対に口外しないことを約束し、当面の生活費としてまとまったお金を渡してくれた。


「ここまでしていただくわけには参りません」


 遠慮するキャンディに父親が笑いながら言う。


「卒業祝いだよ。人見知りだったリリアがこんなに明るくなったのは、すべて君のお陰だ。これから大変だろうけれど、聞いた話が本当なら家には戻るべきではない。協力できることがあれば私に相談して欲しい。もしも父親に追い出されたら、うちの養子にしても良いとさえ思っているんだから。キャンディ、卒業おめでとう。負けるなよ」


 実の親にも言われなかった言葉に、キャンディはリリアに抱きついて泣いてしまった。

 泣きながらなぜか心地よく、ずっと我慢していたのだと自覚した。

 明け方までおしゃべりをして、昼前に起きだした二人は、遅めの朝食をいただきながら、今後の相談を始める。

 昼過ぎにクリスもやってきて、キャンディが喜ぶ情報をもたらした。


「僕の友人が家庭教師を探しているんだ。ガヴァネスというほど正式なものではなく、子守りをしながら簡単な読み書きを教えるって程度なんだけど、どうかな」


 キャンディとリリアは顔を見合わせた。


「ああ! ありがたいお話です。ぜひお願いします」


「クリス! あなたと結婚できる私は本当に幸せ者だわ!」


 二人の令嬢に一斉に抱きつかれ、真っ赤な顔でおろおろするクリス。

 キャンディは心から感謝した。

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