第75話 会談①
俺とリリィ、アルとウルは、春麗の部下で奴隷商に潜入していたカグラに泣き落としで、カグラが会わせたいという人物と会うことになったのだった。
あの後、カグラに宿屋から連れ出され、今、とても大きな屋敷の前にいた。
(一体何者なんだ?俺達に会わせる人は?!
どう見てもこの屋敷は、身分が高い人物が住んでいる屋敷だろ!なあ、ここまで来ても言わないのか?)
「私からは、口にしないあるね。
ご本人様が自ら名乗るあるね。」
頑なにカグラは、相手を言わない。
俺達は首を傾げながら、カグラについていく。
屋敷前に衛兵がいたが、カグラは顔パスで進んでいく。
明らかに衛兵達よりカグラは立場が上のようだ。
衛兵が姿勢を正し敬礼をするからだ。
そして、カグラは慣れた様子で屋敷に入っていく。
そして、サロンに俺達を連れていく。
扉の前で、カグラは立ち止まり俺達に言う。
「ここで、すでに待っているあるね。
では、開けるあるね。」
カグラが扉を開ける。
テーブルの奧に一人の男が座って待っていた。
長い黒髪を後ろで束ねて、切長の目、鼻筋の通ったとても綺麗な男だった。
その男が立ち上がり、俺達に向けて礼をする。
「わざわざ来て頂いて申し訳ない。」
俺は、それに答える。
(それは、構わない。
もしかして、春麗の兄上か?
何処となく似ている気がする。)
すると、綺麗な顔を崩して笑顔で答える。
「ふふふっ。鋭いですね。
私は、牛熊(ぎゅうゆう)。このサンダ人民国の第一王子で春麗の兄です。
通称、ベコベアと申します。」
「「「「!!!!」」」」
俺達は、一斉に武器に手を掛ける。
すると、牛熊(ベコベア)は笑顔で口を開く。
「その反応は、やはり春麗から私のことを聞いていらっしゃるようですね。
………ここでハッキリと言っておきましょう。
私は、貴方達と争う気はサラサラございません。
それに、今私はこのように丸腰です。
取り敢えず私の話を聞いてくださいませんか?
それから、私を斬るなり判断をくだされても遅くないでしょう?
私の話に納得してくださらないなら、いつでも私の首を貴方達に差し出します。
いかがですかな?」
穏やかな声で牛熊(ベコベア)は、俺達に語りかけてくる。
俺は警戒しながら口を開く。
(春麗からお前の能力は聞いている。
言うことが全てアベコベになると聞いた。
そうすると、今語られたことも全てがアベコベだと推測される!
俺達と争うつもりはない…俺達と争うつもり。
納得いかなければ自分の首を差し出す……納得いかなければ俺達の首をとる。
そのように取れるが!)
すると、牛熊(ベコベア)は笑顔で答える。
「ふふふっ。流石、強者ですね。
簡単に警戒は解いてはくれませんね。
では、貴方にお聞きします。
貴方は、沢山のスキルをお持ちだと聞く。
そのスキルは常に発動しているのですか?
違うでしょう。
確かに私のスキルは【天邪鬼】。
貴方が言ったように、私が口にしたことがアベコベになるというスキルです。
私は、今スキルを発動していませんよ。
う〜ん。どうやってそれを証明したらよいか。
では、こうしましょう。
このコップを今から床に叩きつけます。
私がスキル発動中なら"割れる'"と言えば、叩きつけても割れないでしょう。
一応普通のコップだと確認してください。
あっ。ここにコップが複数あります。
お好きなコップを選んでください。
普通、床に叩きつけたら割れるものです。
割れないならスキルを発動しているということです。良いですね。」
俺は、コップを指で弾いたりして確認する。
どれもガラスのコップだ。
床に投げたら割れるのが普通。
その中の一つを選ぶ。
「はい。ありがとうございます。では、投げますね。"割れる"」
"ガチャン!"
コップは割れた。当たり前のことだが。
「これでスキルを発動していないことがわかっていただけますか?」
(待て。ガラスのコップが割れる。当たり前のことを見せられてもな。
じゃあ、スキルを一度使って割れるコップが割れない様を見せてくれ。)
「ふふふっ。そうですね。当たり前のことを見てもなかなか信じて貰えないですか。
わかりました。では、このコップを投げる時だけスキルを発動しましょう。
では、投げますよ。"割れる!"」
" コン!"
コップは、ヒビすら入らず割れなかった。
「ふふふっ。もうスキルは切りましたよ。
これで理解いただけますかな?
私は、貴方達と話がしたい。
それが妹、春麗の為になるのだから。」
終始穏やかに話をする牛熊(ベコベア)。
俺達は、話を聞くことにしたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、何から話をしましょうか。
う〜ん。そうだな。
皆さんは、この王都の街はすでに歩かれていますね。
私の能力で、王都の民の言葉がアベコベになっていることはご存知かと。」
(ああ。知ってる。何故あのようなことをしている?春麗は、嘆いていた。)
「嘆いていましたか。
それを正常に戻す為に私を討つと言っていたのですね。
あれは、全て春麗の為なのですよ。
私がスキルを発動したのは、王都と王城、そして春麗にです。
発動しなかったのは、そこに居るカグラ。
そして、その時に居なかった5剣神のチェンとブルスリ、ガオシュンですね。」
そう言うと牛熊(ベコベア)はお茶を一口すする。
「今の春麗は皆さんにはどのように映っているのでしょうか?」
(とても、誠実で実直、そして優しさも兼ね備えているのではないか。)
「そうですね。
しかし、私は言いましたよ。
春麗にはスキルを発動していると。」
俺達は、その牛熊(ベコベア)の言葉に唖然とする。
(実体は、その逆だというのか。
不誠実で非道な女性だと?!)
牛熊(ベコベア)は優しい笑みを浮かべで答える。
「いえ、実体は誠実で実直。優しい妹ですよ。実体はね。
違うな。10歳までは、そうだったと。
民の皆にも愛されていた。10歳までは。
私も自慢の妹でしたよ。10歳までは。」
そう言って牛熊(ベコベア)は目を閉じる。
まるでその頃を思い浮かべているかのように。
(何があった?)
「5剣神チェンのことをどこまでご存知か?
奴が人の心を縛るスキル持ちなのは知っておられるな。
では、精神操作をするのはご存知か?
穏やかな性格だった者を凶暴に変える力があるのを知っているか?」
これには、リリィが反応した。
「ふっフミヤ様!
チェンが勇者パーティを邪に染めていったと言ってましたわ。
コリーさんも、ある時からダビエラの性格が変わったと!」
俺は頷き、言う。
(10歳の時に、チェンに精神操作をされたと言うことか。)
「はい。奴は、春麗が10歳の時に教育係として王城に出入りしていたのです。
春麗は精神を蝕まれていったのです。
春麗だけではなく、民達も。
私もカグラもチェンの精神操作を受けましたが、私とカグラは元々生まれつき精神耐性のスキルがありましたから影響を受けませんでした。
民達も荒れすさむ精神。サンダ人民国の評判が悪いのはそれが大きく影響しています。
そして奴の影響で精神を病んだ春麗は、力を求めました。
そして、邪神像に血を注ぎ5剣神となりました。
そこから、春麗は非道の限りを尽くしました。
まだ幼い春麗が街で非道な限りを尽くしました。民に対する暴虐な行為に横暴な姿。
それまで愛されていた春麗の姿は無くなりました。
城でも暴れるだけ暴れていました。
私とカグラは悩みに悩みました。
そこで、邪神像の両面邪鬼の像の力に私は頼りました。
【天邪鬼】の力に。
まず街の民達に発動し、荒れた精神を穏やかに入れ替えました。全てをアベコベに。
春麗に対する民達の感情も悪から愛に入れ替えました。
そして、春麗にも発動し、汚染された精神をまともな精神に入れ替えたのです。」
(チェンによって汚染された精神を街の民全てと春麗に【天邪鬼】を発動して元にもどしたのか!
そして、民に対して非道な行いをした春麗を恨む民の感情も【天邪鬼】で入れ替えて、10歳までの愛されていた春麗への感情に入れ替えたということか。
でも、それなら何故春麗は貴方を討とうとしている。
今の話だと貴方は春麗の為に動いているではないか!何故それが伝わらない。)
牛熊(ベコベア)は苦渋の表情で言う。
「精神の病みが予想以上だったということです。
今の春麗は、私を5剣神のベコベアだと認識はしていますが、兄だということは記憶から抜け落ちているのです。
自分には兄がいると認識はしているが、私ではないと思っているのです。
そして、心の中で荒ぶった精神が私を討てと春麗の心を侵食しているのでしょう。
荒ぶった精神を抑えているのが私ですからね。」
俺達は、牛熊(ベコベア)の話に耳を傾けるのだった。
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