267話 帝都貧民窟、治療準備

 貧民窟の案内役だというその男は礼儀正しそうに見えたし、服も比較的良いものを着ていたが、全体的な印象がどうにも品がない。微妙に着崩した服に手や首にいくつものアクセサリー。チャラい。そう、こいつはチャラ男だ。そいつに対して俺からも事情聴取である。




「治療希望者は五〇人くらいだって?」




「へえ。川の水がやべえって聞いた時にはもうそこら中が病人だらけって有様でして、うちも半分くらいやられまして」




 しかも川の水が原因と知らされたところで、人は水を飲まずには生きられない。


 元々が川の水をすぐにでも飲める立地らしく、井戸はない。煮沸するにも燃料も簡単には手に入らない。むろん魔法使いの浄化など論外だ。魔法が使えれば貧民窟に居る理由などない。もちろん治療もろくに受けられない。病気の治療は回復魔法でも中級レベルでただでさえ使い手は少ない。治癒術師を呼ぶお金もないし、金を出したところで治安が悪い貧民窟に来ようなどという治癒術師は稀だ。神殿と神官は貧民窟掃討に協力したということで毛嫌いされている。




 健康を害する、死ぬかもしれないとわかっていても、手に入る水を飲まざるを得ない。そんな状況なのだとチャラ男は言う。


 井戸を作るか。いや、早急に帝都に精霊を連れてきて安定した水の供給を考えるべきだろう。住民は最低でも一万人。井戸を何個か作ったところで到底足りそうもない。




「それでお前は貧民窟の代表なのか?」




「外街って言うんでさ、神官様」




 なるほど。自分の住んでる場所が貧民窟などと呼ばれるのは嬉しくないわな。




「自分の組は外街では三番めくらいにでかい組っすけど、外街に代表とかは特に居ないんでさ」




 組って言ったか、こいつ。つまりギャングか暴力団みたいなのが縄張りを決めて統治している感じなのか。そして自分の身内だけの治療のお願いに来たと。




「治療は全員に対してやる。集められるか?」




「いくら治療のためっても、よそのシマにちょっかい出したら戦争になっちまいますよ」




 そもそも神官が嫌われている地域である。こうやって神殿に治療のお願いに来たのがバレれば、それすら難癖をつけられかねないとか言い出す。




「そんなもん知るか。治療は全員やるか、やらないかだ。そもそもお前らが来れないって言うから行ってやろうって話なんだ。そっちも譲歩しろ」




「んな無茶な……」




 外街全部なんて責任は負えない。そうチャラ男が泣き言をほざく。まあこんなところでうだうだやっていたも埒があかない。まずは現地に行って様子を見ようか。




「現地の様子がわかりませんし、まずは少人数で様子見でしょうかね?」




 チャラ男をとりあえず放置して、神殿長や俺たちだけで方針を相談する。俺と護衛のエルフ。それにエリーも当然のように付いてきているから、それだけの人員でも治療は十分行える。神託の巫女様は残念だがお留守番だな。


 それで現場は帝都のすぐ外だし、必要に応じて応援を呼べばいい。




「どうせなら大人数で行ったほうが脅しも効くんじゃない?」




 エリーがチャラ男のほう見ながらそんなことを言い出した。




「あー、俺たち容姿で舐められやすいからな……」




「それに戦力は一気に投入したほうがいいわ。それでぱぱっと片付けてしまいましょう」




 一理ある。しかしそうなると護衛の数に不安があるな。今日到着した神殿騎士団では全員連れて行っても数が足りそうにない。


 大半の神官は襲われでもしたらひとたまりもない。女性も多い。俺たちや神殿騎士団は精強だ。戦えばそこらのチンピラ風情には遅れは取るまいが、問題は非戦闘員を狙われて守りきれるかどうかだ。俺が要請して動かすのに怪我人とかは出したくない。


 恨まれていると言われているのだ。治療に行くんだからまさか妙なことは考えまいなどと安易に考えるわけにはいかない。




「護衛? そんなのヒラギスにいくらでもいるじゃない」




 そういえばそうだな。俺の要請に即応できるエルフのオレンジ隊を連れてくるのも悪くないが、後衛向きのエルフは護衛の適正が低い。ヒラギスになら兵士に冒険者、ビエルスの剣士たちといくらでも護衛向きの人材がいる。砦や町の防衛、魔物の残党狩りに出ている者をそうそう引き抜くわけにはいかないが……




「ちょうどいい部隊があるわ。ほら、うちの領地でも領民軍が必要でしょ? それで獣人の部隊を作っててね」




 その指揮官がシラーちゃんだそうだ。




「え、なにそれ。初耳なんだが」




「今日決まったばかりね。後で話そうと思ってたのよ」




 聞いたことがないはずである。編成予定の領民軍であるが、部隊長クラスの経験者は居ても一軍を率いるとなると、いきなり任せられそうな人材が見当たらない。これから探すにせよ育てるにせよ、一時的な指揮官は必要ってことでシラーちゃんが、あくまで暫定な措置として急遽抜擢されたそうである。




「まあとりあえずはいいんじゃないか?」




 そう承諾を出しておく。当面は俺たちがパーティとして動く場面はなさそうだし、みんなそれぞれの仕事に各方面でばらばらに当たっている。シラーちゃんは護衛としてできれば手元に置いておきたいが、とにかくどこも人手不足だ。有用な人材を俺だけのものだと抱え込んでおくわけにはいかない。


 シラーちゃんも指揮官適性は未知数だが、とにかく腕っぷしは強い。強い者には従う獣人たちである。それにやることといえば訓練か砦や町の防衛のみだし、大きな動きはなかろうとの配置だったそうなのだが、今回の魔物の動きで指揮官の重要性が増してしまった。案外良い案だったということになるかもしれない。




「いい訓練にもなるし、連れてきましょう」




 作りたての部隊とはいえ、ヒラギス陥落から奪還作戦にかけての生き残り、歴戦の兵士揃い。領民軍でも中核となる予定の兵士たちだ。戦力としての不足はない。そうエリーが言う。




「じゃあ俺が現地に行ってから迎えのゲートを出すから、エリーはヒラギスに戻って護衛部隊の準備を頼む。現地組と居残り組の人選は神殿長に任せます」




 場所は歩きでいける距離だそうだ。なら神官の人たちは神殿騎士団の護衛で町の門まで歩きで移動してもらって、俺たちは少数でフライで先行。外街で治療会場の確保をして、ヒラギスから獣人部隊を転移。神官たちに迎えを出して合流と、こんな感じでどうだろうか。


 俺のざっくりとした進行案にエリーと神殿長が頷く。




「わたくしどもは余力がございます。外街での治療に回りましょう」




 横で聞いていた神託の巫女様が言うので、俺も聞いてみた。




「イオン様も少人数で先に行くメンバーに入りますか? 少々危険な場所らしいですが」




「マサル様のお許しがいただけるのであれば」




 いいですよと言う俺を神殿長や周囲の人たちが正気か、みたいな表情で見るのを知らないふりをする。俺も通常ならそう思うが、これから魔物と戦わせるつもりなのだ。夜のスラム街やギャングごときにビビるようでは困るのだ。平然と頷く神託の巫女様に、多少の度胸はありそうだと少し安心をする。




「よし。じゃあ各自動いて動いて」




 俺の言葉にさっそくエリーが転移していく。ミリアムは俺に残しておいてくれるみたいだ。決して置いていかれたわけじゃないからキョロキョロしない。


 ミリアムに俺の護衛に付くように言って、エルフの護衛とともに屋外へと移動する。




「フライで移動するので人数は運べません。他の方は徒歩でお願いします」




 そう言って付いて来たそうな神国神官団を留める。リリアあたりなら本気を出せば一〇〇人以上でも余裕で運べてしまうが、いま俺に付いてもらっているのは優秀でも普通の常識的な精霊使いである。魔力の限界も低いこともあるし、あまり無茶はさせられない。




「飛ぶのは初めてか? 暴れたら落っこちるかもしれんから大人しくしてろよ」




 そう言ってチャラ男の首根っこあたりの服を掴むとフライ役のエルフに頷く。




「おい、どっちに行けばいいんだ?」




 ふわりと神殿の上に飛び立ったあと、チャラ男にそう尋ねる。




「え、あ。えーっと、たぶんあっちです」




 指差す方向には帝都の城壁が見えて、その先にわずかな明かりが集まる地区があった。




「あの川沿いのところか? よし、移動開始」




 帝都の側を流れるでかい川。その川沿いに密集したバラックが立ち並んでいた。あれでは街と呼ぶのもおこがましい、貧民窟と呼ぶほうが妥当な雰囲気である。まともな家がほとんどない。


 上空に来て、そいつの指示で外街の外側のちょっとした空き地に着陸する。エルフが手早く上げたライトの明かりで見渡すと、とりあえず周囲に土地だけはあるが、利用は難しそうだ。木や草は生え放題だし、石や岩、ゴミなどが散乱していて、平地ですらない凸凹とした地形だしで、もちろん治療会場としては使えそうもない。


 まずは整地からだな。皆を下がらせ、地面に手をついて、一気に土魔法を発動させる。




 ふおーと、チャラ男から声が漏れる。




「草とか木とかなんもかもが消えた!? こりゃどうなってんです?」




「ただの土魔法の応用だ」




 そう言いながらもう半分も整地する。二回でサッカーの試合をするには少し足りない程度になっただろうか。なかなかの広さになった。




「こんだけの土地がありゃあ色々と使い出が……」




「色々って治療のための場所に決まってんだろう」




「治療なんかちょっとしたスペースがありゃあ十分でしょうや」




「土地がほしけりゃ、そこらへんを勝手に整地すりゃいいだろ」




 いくらでもってことはないが、川沿いなら土地は余ってる感じだ。まあ治水がしっかりしてないと、川沿いは水害があって利用が難しいんだろうな。




「人力でちんたらやった日にゃ、それこそ他の組と戦争ですぜ」




 土魔法使いにやらせようにも、整地だけならともかく、俺みたいに木や岩まで一切合切含めて消滅させるのは普通はできないらしい。俺に次ぐ魔法使いのエリーですら整地まで。農地にまで一気にやるのは相当難易度が高い魔法だそうだ。そして普通の魔法使いでも雇うのは高く付く。




「他の組に目を付けられる前にボスに知らせねーと!」




 走り出そうとするチャラ男の腕をがっしりと掴む。




「こいつを捕まえといてくれ。あと整地した場所に誰も入ってこないように警戒を。俺はヒラギスから応援を連れてくる」




 外街からは何事かとわらわらと人が出てきている。急いだほうが良さそうだ。


 ヒラギスビーストの町の、俺の領主の館に転移するとすでにエリーとシラーちゃん、それと獣人の部隊が転移部屋の外に待機していた。




「集まれ! すぐに転移するぞ! 各人いつでも武器を使えるようにしておけ!」




 俺の言葉にすぐさま集まって来るエリーたちに説明をする。




「地元の住民が集まってきているから、侵入されないようにその場を警備してくれ。だけど相手は一般人だからなるべくは怪我とかさせるなよ」




 そう喋りながら転移の詠唱を始める。




「危険なの?」




「まだ要警戒ってところだな」




 そうエリーに答え、転移を発動させた。


 すると目に入ったのはどこからか湧いて出て迫りくる大量の住民たちと、それを遮るように仁王立ちする師匠。それに後ろに付き従うサティとミリアム。


 なんで殺気立った感じに……って神官がいるからか!? 俺と神託の巫女様と護衛の二人。たったそれだけの神官を見ただけで暴動が起こりそうな気配だった。住民の、なんでここに神官がいるんだという怒りが籠もった声があちこちから聞こえる。




「この場に踏み入ること、まかりならぬ!」




 しかしそう言って師匠が睨みを効かせるだけで、外街の住民は一歩後ずさった。サティとミリアムはすでに抜剣していたが、師匠は武器に手をかけてもいなかった。


 戻ってくるまでのほんの二分かそこらでこの緊迫した状況である。




「小隊に分かれて散れ!」




 俺が指示を出すより早く、事態を察したシラーちゃんの号令で獣人たちがばたばたと周囲に散っていく。




「もっと増員したほうが良さそうね。オレンジ隊も呼びましょうか?」




「そうだな、頼む」




 冷静なエリーの言葉にそう返事をする。多すぎて困ることはあるまい。余ったら戻せばいいだけだ。


 いやしかし、エリーの言う通りにして良かったな。ここに少人数とか絶対ヤバいことになっていた。場所確保の整地とか目立つ明かりがまずかっただけの可能性もあるが、治療は大規模になりがちだ。ヒラギスからの部隊を呼んでから整地をすればよかったのかもしれないが、まさかほんの数分で暴動寸前かって状況になるとは思いもしなかったし、部隊も一〇〇人単位で転移ともなれば、やはり場所の確保が先に必要だ。


 まあ最悪、エルフたちが飛んで逃げてくれただろうし、その前に師匠とサティたちは簡単には突破できないだろう。


 


「ねえ、神官様。この場所は俺たちと共有、なかよく折半しましょうや」




 もはや治療などどうでもいい様子でチャラ男が、戻ってきた俺にそんなことを言い出す。




「あれを見たっしょ? いくら兵士を揃えたってずっと貼り付けとくわけにもいかんでしょう? 外街の顔役に認められなきゃ、土地の占拠なんてできないんすよ」




 治療が終わった後か。確かにこんな場所で土地を手に入れても使い道はないし、維持も面倒だが、だからってこいつにやるのは腹立たしい。終わった後はいっそ潰して池にでも変えるか。




「そういえば今もきれいな飲み水は確保できてないんだよな?」




 池で水を思い出した。俺の問いにチャラ男が頷く。




「ええ、そうっすね?」




 後のことは後のこと。できることからやっていく。


 治療もだが、まずは水の確保だった。帝都の中心に水精霊を設置して上水道を整備して、なんて待っていたら外街では病人が増えるばかりだ。精霊とか井戸とか言わずに手っ取り早く魔法で水を出してしまえばいいのだ。




「この場所の警備は滞りなく進んでいる、主殿」




 考えているとシラーちゃんがそう報告してくる。ガチ装備の軍隊にケンカを売ろうという者も居ないようで、外街の住民たちは整地場所を遠巻きにして見ているだけにしたようだ。




「じゃあ次だ。今転移で来た部隊を使って神官団を迎えに行ってくれ」




 そう言って事情のわかる、ずっと俺の護衛に付いているエルフを道案内につける。




「シラーの任務はその神官たちの護衛とこの場所の警備だ」




「了解した」


 


 そう返事してきびきびと動いていく。


 俺のほうは水の確保だ。貯水池。貯水タンクのほうがいいか。住民の人数がいるから、給水しやすいように小さいのをいくつか作るほうがいいだろうか。とりあえず最初は小さいのを作ってみてテストだな。




 サイズは両手を広げたくらいの幅に、高さは身長の倍くらい。イメージして土魔法を発動。


 できた貯水タンクの下のほうに穴を開ける。そこに栓をして水を出すようにする。土魔法で栓も作って……嵌める。嵌った。ちゃんとサイズが合ってる。下に水桶も付けておくか。そこに水を貯めて各人が掬えばいい。そうすると水桶は大きいほうがいいな。バスほどの長さで縦を半分に切ったくらい縦に細長い水桶が土魔法でぽこっと生えてくる。




「これは何をされているのでしょうか?」




「貯水タンクですよ」




 そう神託の巫女様に返事をしながら、実際に水を少し貯めて流して栓をして漏れがないか確認する。うん、大丈夫そうだ。


 なかなかいい出来だ。土魔法での作業にもますます器用さが増してきたように思える。




「治療だけして病人が増えるままでは片手落ちでしょう?」




 どうやらエルフのオレンジ隊も到着したようだ。




「水精霊持ち、来てくれ。うん、この水槽に水を満たしてほしい」




 俺の要請に応じて水精霊が、貯水タンクと大きな水桶に水を満たしていく。直接補充するなら貯水タンクのほうはいらない気もするが、しかし水精霊持ちがずっと張り付いてるわけにはいかないだろう。これは水の消費量次第だな。




 やってるうちにもう神官団が到着したようだ。やけに早いと思ったらなんか走ってきていてめっちゃ息を切らせている。




「ご無事で!?」と、神託の巫女様のところに集まってきている。神国の神官団が心配してダッシュでやってきたようだ。




「そう急がずとも危険などありませんよ。空を飛べるエルフの方がいらっしゃるのですから」




 鷹揚に答える神託の巫女様は、外街の住民の圧にも動じる様子がない。やはり肝が座っている。自己を犠牲にして神殿に、神に殉じる覚悟があるからだろうか。自分自身の安全にあまり頓着してないようにも見えた。むしろ護衛の二人が大変そうだ。二人とも女の子なのに。




 帝都の神官たちも遅れて、それでもかなり急いだ様子でやってくるのが見えた。エリーも引き続き、獣人とエルフの部隊を輸送してきている。


 やろうと思えばすぐにも治療を開始できそうだが、治療の手順や場所の確認、警備の配置も必要だろうし、落ち着く時間も必要だ。




 水槽も一つじゃ足りんだろうと、作った貯水タンクから水が流れるように水路を作って、治療会場の川の側にもう二つほど設置しておく。貯水タンクとかはあとで考えよう。どうせ一時的な処置だし、とりあえずは直接水を補充すればいい。




 ようやく人が入ってそれらしくなった治療会場は広場だけの野ざらしだが、まあ天気が崩れる様子もないし平気だろう。安全性を考えるなら壁が必要だろうか? あったほうが恐らくいいだろうが、今から作るのは面倒だし魔力を節約したい。それに外から何をしているか、住民に見えたほうがいいかもしれない。




 やってくる外街の住民も順調に増えてきている。なにせ夜間に煌々とした明かりだ。そりゃ目立つし何事かと見に来るだろう。




 神官たちは、不安そうな表情は見えるが混乱はない。今日朝からずっとやってきた作業の再開をするだけだ。警備もエルフと獣人がよく連携して油断なく周囲を警戒している。そろそろ始めてもよさそうだな。




 集まっている住民のほうへと移動し、一段高い台を土魔法で作る。学校の朝礼とかで使う演説台みたいなやつである。


 上から見渡した住民はヒラギス居留地で見慣れた風体だ。不衛生でボロを着て、栄養も足りてない。身なりは戦火から逃れたきたヒラギスより多少はマシという程度。


 食料支援、炊き出しも必要そうだが、それも後の話だし、一万人以上という住民に対する援助は簡単には決められない。そもそもそれは俺のやることかという疑問もある。


 まずは水と治療。そこから始めよう。




「静かに!」




 そう声を張り上げる。それだけで静かになったというほど遠いが、多少ざわめきは減った。大きな声で、それでいて低音で静かな感じになるようお腹から声を出す。




「帝都で聖女様が無償での治療を行っている話を聞いた者は多いと思う」




 知っている、聞いたことがあるという声がそこここで上がる。あと神官は帰れという罵声を上げる者もいる。しかしそれもほんの数名。だいたいの住民は神官にそこまで敵意を剥き出しというわけではないようだ。




「しかし帝都に入れない壁外の民、外街の住民がいると知り、それを憂いた聖女様は、現地で治療することを決定された。それと水だ。魔法で作った清浄な水を提供する」




 そこで一息ついて、息を吸い込み大声を張り上げた。




「水と治療。どちらも無料だ!」




 俺の言葉が染み渡るにつれ、住民たちの騒ぎがまた再燃していく。また暴動でも起こりそうな動きだが、今度は外街へ戻るほうへと向きが変わっている。治療者を連れてくるにせよ、水を貰う器を用意するにせよ、一度家へと戻る必要がある。




「シラー、部下の兵士に復唱させてくれ。無料の水と治療を提供する。治療は全員やる。水も十分な量がある。押すな、割り込むな、大人しく並ばないと列から叩き出す」




 シラーちゃんが頷き部下に命令を出していくの確認して、俺は治療場所へ。




「仕事はこれまで通り、やることは変わりませんからよろしくお願いします。困ったことがあればすぐにエルフか獣人の兵士へ。どちらも俺の部下ですから気軽に頼ってください」




 神官たちにもそれだけ言うと、エリーと神託の巫女様が待つ場所へと歩いていく。すっかりひと仕事終えた感があるが、俺の仕事はここからが本番だ。


 見落としがないか、不都合や問題がないか、歩きながらも油断なく周囲を見渡しながら、どうか恙無く事が終わりますように、そう神様に祈るのだった。

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