268話 貧民窟の獣人たち
しかし水を出すことなんて魔法さえ使えれば初歩も初歩の魔法だ。魔力は魔法使いでなくともあるから、日常で必要な程度の水量であれば、魔法を覚えさえすれば問題なく供給できるはずなのだ。
魔法は誰でも使えるはずだ。サティやウィルは加護で使えるようになったのは確かだが、普通の人にしたって何か制限があって魔法が使えないとかそういうわけでもない。
魔力を感じる。それだけが魔法を使う前提条件だ。
「それが難しいのよね」
水に殺到する外街の住民たちを見ながら、考えたことをエリーに語るとそんな返事がくる。治療はまだやってきた患者が少ないから、俺たちはしばしの出番待ちだ。
「まあなあ」
エリーの元のパーティメンバーが、回復魔法を覚えるのに何年もかかったことは聞いたことがある。俺のこっちでの数少ない友人である、シルバーとクイックも魔力を感じられなくて苦労をしていた。魔法を使えれば食いっぱぐれはない。そういう思いで俺に魔力を感じる訓練を頼み込んで付き合ったのだが、短期間ではどうにもならなかったし、有用でも使える人が少ないのが現状だ。
「方法ならありますよ」
護衛のエルフの一人がふいに言った。
「マジで? エルフの秘術とか?」
「そのような大層なことでもありませんが、要は体に直接魔力を流してやれば良いのです」
それだけか、そう思ったがエリーに否定された。
「簡単言うけど、下手すると死んじゃうわよ?」
エリーが言うには魔力は他人には送れないそうなのだ。
「直接はね。だからマサルとアンのやってる魔力の譲渡は高レベルの魔法なんでしょう」
魔力譲渡のできる回復魔法系統の奇跡の光は最高のレベル5である。火魔法ならメテオがぶっ放せるレベルだ。
で、直接魔力を送り込もうとすると、その人の持つ魔力、誰でもが生来持っている自然の魔力に反発するのだ。それでも無理に送ろうとすると恐ろしい痛みを伴う。
「魔力同士が反発しあって最終的には体を破壊するって聞いたわ」
一種の攻撃ではあるが、魔力が反発し相殺しあう分、かなり魔力が無駄になるので攻撃としての効率はひどく悪く、射程距離はゼロ。攻撃方法として考慮する価値もないし、活用方法もない。そう思われていて、知識として知っている人は知っているというレベルの話らしい。
しかしエルフには反発を回避する方法でもあるのだろうか?
「わたしも詳しくは知らないのですが、エルフでも魔法を覚えない子がたまにいて、そういう子に対してやるようです。魔力を直接体に送るための、何かそういった技術があるような話を聞いた覚えがあります」
曖昧な話であるが朗報である。もしその技術を一般に広められたら。
「リリア様なら詳細をご存知かもしれません」
王家の、王位継承者の一人として教育を受けているから自分より知識があるはず。そうエルフが語る。
いま人間族で魔法を使えるのは一割程度だと聞いたことがある。全員とは言わずとも、これを二割、あるいは三割にできれば。水問題を始め、様々な問題を解決できるだろうし、何よりも魔物に対する大きな戦力になる。
今目の前で水に殺到している住民は居なくなるし、水が悪くて病人が続出なんてことも世界から消えてなくなる。つまり俺やアンの仕事が減る。ゆっくりできる。
「じゃあ朝に会うだろうからリリアに聞いてみようか」
俺たちの話を興味深そうに聞いている神託の巫女様も朝食に誘っても大丈夫だろうか。いや、神託の巫女様の話をするんだし、さすがに本人が居たらまずいか。まだ何もかも話してしまうのは時期尚早すぎる。
軽い雑談をしつつそんなことを考えていると、給水場所で騒ぎが起こった。住民が怒鳴り合っていて、警備の兵士が介入している。普通ならそのまま警備に任せるところだが、聞き捨てならない言葉も聞こえた。獣人に対する、現代日本なら炎上必至の差別発言である。
「ちょっと様子を見に行ってくる」
騒ぎは人間と獣人の間で発生していた。一人の獣人が列から追い出され、当人たちだけじゃなく、それに怒った獣人たちと人間との間でケンカになりそうだったのだ。
ヒラギス居留地でもあったことだ。炊き出しの列から獣人は排除されていた。帝国でも獣人差別。いや帝国だからこそか。エルフも迫害されていた。ドワーフは上手く溶け込んでいたようだが、獣人も当然、人間族より下に見られていた。それは貧民窟のような場所でも変わりはないようだ。
「獣人は列から出ろ!」
俺の言葉に人間たちはそれ見たことかという表情だ。獣人側は怒り心頭といった様子だが、それでも警備の兵士に逆らうこともできずにしぶしぶ列から離脱していく。人間に比べて多くはないが、それでも無視できない数だ。一割か多くて二割ってところか。一緒にしておくとトラブルの元になりそうだ。
「獣人はここからだ!」
そう言いながら少し離れた場所に手早く新しい水槽を設置し、水路を延長して繋ぎ、兵士たちに獣人をこちらに誘導するように告げる。
わっと水に群がる獣人たち。子供、老人、女の子。なんでここでもヒラギス居留地みたいな年齢構成なんだ? あそこは男衆が根こそぎ徴兵されたからなんだが。
「おい、そこの少年。食い物をやろう」
そう言ってアイテムボックスから串焼きと唐揚げを取り出す。わからないことは聞いてみるに限る。
その水瓶を抱えた獣人の子供は、俺の声掛けに警戒する様子を見せたが、食べ物を見てふらふらと近寄ってきた。まあ俺の周囲は警備が固めていて、ちょっと物々しいからな。
「お前らもいいぞ」
そう後ろで見ていた子供らに声を掛けたことで、その獣人の子供は出遅れまいと飛びつくように食べ物の前にやってきた。あんまり数がないから一人一本と制限して、ちゃんと並んだ獣人の子供たちに手渡しをしていく。
「もっとほしいか? そうか。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
食い物で釣って聞いたところによると、ここで生まれ育った獣人はある程度の年齢になると外に出るのだそうだ。ほとんどは兵士か冒険者として成功を求めて、または家族を養うため命をかけてお金を稼ぐ。
そうして残ったのが女子供に老人たち。もちろん強制ではないし、ここでの仕事も多少はあるから居残る者もいるようだが、見た感じほぼゼロ。やはり少しある仕事というのもどうしても人間が優先となるのだろう。結果、強制的に徴兵されたヒラギス居留地と似たような状況になっていたのだ。
「稼いでどうするんだ?」
ここに戻るわけじゃないだろうし。
「田舎に土地を買って麦を育てるんだぜ!」
最初に声を掛けた子供は俺の質問に戸惑っていたようだが、他の子供がそう答えてくれた。
たとえば商人や職人は獣人には人気がないらしい。識字率が人間よりさらに低い獣人に商人は無理だと思われているし、建築や職人の分野に行っても下働きが精々だ。軍での地位や騎士の位を目指すこともできない。なぜならそれは人間の国家、人間が作った地位だからだ。そしてそれ以前に貧民窟の住民を喜んで、あるいはかろうじて受け入れてくれる場所が冒険者か軍隊くらいしかないという現実がある。
獣人に選択肢は少ない。冒険者として成功し、引退後は農地を耕してそこそこ裕福に暮らす。犯罪者になることを望まなければ、本当にそれしかない。あるいは他の道で成功した獣人もいるのかもしれないが、少なくともここでは皆無だ。
もらった串を大事そうに食べる子供を見ながら考えを巡らす。助ける。そう口に出すことは簡単だ。しかしそれで送り込む場所は危険なヒラギスの魔境沿い。その上、女子供に老人だらけ。さらに獣人以外の住民はどうするんだ? 獣人だけ助けて他は見捨てるのか? ヒラギス居留地と状況は似ていて非なるものだ。あそこは全体に援助があった上で、不足分を獣人に追加で援助しただけ。しかしここでは外部からの援助はおそらくまったくない。その中で獣人たちだけを救うのか?
サティをちらりと見るがあまり感情を表には出していない。獣人ならミリアムもシラーちゃんもいる。どうしたいか聞いて……聞いてどうするんだ?
結局決めるのは俺だ。獣人組は当然助けたいのが心情だろう。あとはメリットとデメリットをどう考えるか。だが多少のデメリットがどうだというんだろうか。
役に立たない老人や子供たちだらけ? サティもそうだった。ヒラギスでもそうだ。助けたい。そう思っただけで、そこに打算などはなかったはずだ。
「俺は獣人が大好きなんだ」
そう誰に言うでもなく呟く。とりあえずは獣人だ。人間は人間で同士でまた何か考えればいい。
「ほんともの好きなんだから」
エリーが呆れたように言う。エリーは特に反対もしないようだ。サティも嬉しそうに俺を見上げた。やはり内心を出さないようにしていただけのようだ。確かにここで助けてと、そういうのは簡単だが、とにかくタイミングが悪すぎる。どこもかしこも手一杯で、この上新たな面倒事はとても言い出せないと思ったのだろう。
確かにタイミングは悪い。だが構うものか。
「ビーストの町の入植者、あんまり順調に集まってないんだろ?」
「それはまあそうなんだけどね」
しかし女子供に老人ばかりの集団を連れていこうというのだ。ビーストの町の切り盛りをしているエリーからすれば、なんら益のないろくでもない話なんだろう。
「予算は俺のポケットマネーで足りるだろ。これは将来への投資だぜ」
二〇年もすれば子供は立派な青年だ。老人も体が動けば、何がしかの仕事くらいできるだろう。俺の言葉にエリーが頷いて、それでも眉をしかめて難しい顔だ。向こうでの住居や農地の配分でも考えているのだろう。
「エリーには面倒をかけるな」
住民として永続的に暮らせる体制を作るのだ。家に当座の食料に仕事。それを一気に一〇〇〇人以上の追加。その実務は膨大だろう。
「いいわ。マサルの言う通り、悪いことばかりでもないしね」
「それはなんのお話なんでしょうか?」
そうイオン様が尋ねてくる。神国ではヒラギスの状況はまだあまり詳細には把握してないようだ。
「マサルがここの獣人を救うって話よ」
イオン様は首を傾げる。今でもすでに救うために働いてるしな。説明しようとしたが、シラーちゃんがやってくるのが見えた。
「主殿、水場が足りない。列がどんどん長くなっていっている」
「そうか。水場を増やそう」
解決策を即答する。
「それはわたしがやっておくわ。ほんと、なんでもこれくらい簡単に解決できればいいのにね」
そうだなと頷き、これから俺がやろうとしていることは、ちゃんと解決するのに一体何年かかるだろうかと考える。水場のほうへと向かっていくエリーについて行こうとしたシラーちゃんを引き止めて告げる。
「シラー、ここの獣人をビーストの町に連れて行こうと思う」
「それは……いや、しかし……」
さすがにはいそうですかとはならないようだ。連れて行くと聞かされて改めて獣人の集団をしっかりと観察して考え込む。
「何人くらい?」
「一〇〇〇か二〇〇〇。あるいはもっとかもしれない」
ビーストに受け入れる余地はあるか? ある。というか作る。町の周囲には作りかけの農地があるくらいだし、農地を増やすことを考えても今の想定の数倍、あるいは十倍以上でも拡げることは可能だろう。
「帝都だけじゃない。不遇をかこっている獣人は多いだろう? いっそ帝国や他の地域で募集をかけてもいいかもしれんな」
ヒラギス外からも獣人を集める。そういう話もないでもなかったのだが、ビーストの町の建設自体が始まってまだ一〇日ほど。ヒラギス国内からの入植者の希望もまだはっきりしないし、何もかもが突貫作業で進めている状態である。考慮する余裕などなかったというだけなのだ。
「しかし危険だ」
それなあ。でも世界が終わるかどうかなのだ。安全な場所などどこにもない。問題をじっくり考えたり先延ばしできるような時間もない。
「ヒラギス北方は要衝だ。戦力はあればあるだけいいだろ。要は勝てばいいんだ」
魔物が来るのはわかっているのだ。獣人で守りを固め、俺たちとエルフで支援をする。それで突破されるようなら勝利など望み薄だ。
「そうか。勝てばいいんだな」
「そうそう。勝てば万事解決だ」
今日聞いた魔物の動きも気になるが、それは面倒以上のことにはならないだろう。所詮はヒラギス奪還戦の残りカスにすぎない。
「あそこはいい土地だよ。ここの獣人もきっと気に入る」
すっきりした表情でシラーちゃんが言う。場所的には魔境沿いとはいえ、ヒラギス公都の衛星都市といってもいい好立地だ。そしてヒラギスの先人たちが首都に選んだ場所だけあって、気候風土は良いらしい。
危険に関しては説明して納得した者だけ連れていけばいい。救いの手は差し伸べる。それを受けるかどうかはここの住人次第だ。
「よっし。じゃあさっそく勧誘するか」
そう言いながら先ほど餌付けした子供の一人がまだ居たので呼び寄せた。
「とてもいい話があるんだ。聞かないか?」
そうにこやかに話しかけたのにまた警戒されてあんまり近寄ってこない。食べ物を与えてちょっと話したくらいじゃまだ仲良くなれないらしい。というかこんな場所じゃ、警戒心が強くなければやっていけないのかもしれない。
いい話があると近寄ってくる、貧民窟では信用ならないと言われている神官。うん、アウトだわ。
「話ならわしが聞きましょうかのう」
そう言って腰の曲がった老獣人がのそのそと前に出てきた。
「ああ、話のわかる大人の方がいいな」
話のわかる年齢の女の子も居たけど、子供よりもっと警戒されてるもんな。ちょっとした食べ物程度では釣れる気配もない。
「私が話そう」
そうシラーちゃんが言うのでお任せすることにした。
「仕事がある。きれいな水と豊富な食料もある。望むならここの獣人たちを連れて行ってもいい」
「ほう。しかしわしのような老人では仕事もままならぬからのう」
「それは気にするな。老人の一人や二人、面倒くらいは見てやる」
「何の役にも立ちませんぞ?」
「構わない。死ぬ前に見せてやる。我らが作っている獣人の国を」
「獣人の国?」
「そうだ。獣人が治め、獣人が住む国だ」
だが老人は感銘を受けた様子もない。
「知っておるぞ。知っておるぞ。お前らはヒラギスから来たのであろう?」
そうだと頷くシラーちゃんに続けて言う。
「ヒラギスは大きな被害を受けた。大方減った兵士を獣人で補おうという魂胆であろう」
「それがどうした? 我らの国を自らで守るのだ。そこになんの不都合がある?」
「騙されているに決まっておる。獣人を尖兵として使い潰し、挙げ句そんな約束など知らぬと最後はゴミのように捨てられるのよ。悪いことは言わぬ。そのようなことからはさっさと手を引くがいい。必ず後悔することになる」
尖兵として使い潰す。実際に先頭に立って戦ってもらうのだ。とても鋭い指摘ではあるが、エルフが付いているのだ。十分な魔法の支援があれば、前線部隊の損耗は驚くほど抑えられるのは俺たちはよく知っている。
「そうか。ご老人は苦労したのだな」
だがシラーちゃんの口から出たのは、エルフ云々ではなく、そんな優しげな言葉だった。見る見る老人の表情が歪んでいく。
「苦労? 苦労だと! 若造が舐めたことを抜かすな!」
そこにはもう柔和そうな老人はどこにもいなかった。ギラギラを目を光らせ、憎しみの籠もった言葉を吐き散らかす。
「戦って戦って、ひたすら戦って何が残った!? 家族も仲間もすべて死んだ。それでも剣は捨てなんだ。だがそれで何が手に入った? 何もだ! すべて失った! 戦えなくなったわしなどもう必要ない、戦えぬ獣人など何の価値もないと、はした金ですぐさま追い出したのだ!」
老人の激しい言葉に周囲が静まり返る。
「お前もそうなる。人間など信じるに値せぬのだ。なぜそれがわからん!」
老人は指を突きつけてシラーちゃんを糾弾する。
「わからんよ、ご老人。きっと私は運が良かったのだろう」
運が良かったとの言葉にふんっと鼻を鳴らす老人に向かってシラーが静かに話しだした。
「私の生まれた村はとても貧しかった。ろくな作物も取れない僻地に、そこにしがみつくようにして皆が生きていた。ようやく取れた作物は人間の領主がほとんど持っていった。知っているか? 税というのは王国では三割が基本なんだ。私はそんなことも知らなかった」
だが豊作の年もあれば不作の年もある。しかしその年は不作にも関わらず、例年通りの税を納めろと、取れた作物のほとんどを奪い取られた。
「村の者が食べるため、私は奴隷として売り払われた。その年まで、剣を握れなくなるまで戦い抜いたのと、剣を握ることもできずに奴隷として売り払わるのと、どちらが果たして不幸なんだろうな?」
「だがお前は……」
今のシラーちゃんは立派な装備に身を包み、たくさんの獣人を指揮している。
「私を買った冒険者はとても変わった人間でな。奴隷の私に剣を与え鍛えてくれ、そしてビエルスまでも連れて行ってくれた」
ビエルス。剣の聖地。
「そこで私は剣聖に剣を学んだ」
そう言ってすらりと腰の剣を引き抜き、高々と天へと捧げた。
「オリハルコンの、剣?」
シラーちゃんの手にするオリハルコンの剣。その帝国王室の宝物庫に保管されていたほどの一振りは、特徴的な金色の輝きを放ち、誰が見ても業物だとわかる精巧な造りの剣だった。
「我が名はシラー。ヒラギスがビースト領、領民軍将軍シラー・ヤマノスである。この剣に懸けて誓おう。戦って戦って、戦い尽くし、獣人の国をこの手すると!」
「そのような、そのような戯言……わしは信じぬぞ……」
そう言うとかろうじて立っていた老人ががくりと膝を落とした。
「人間が信じられぬというならそれでもいい。私を信じよ」
「し、信じたところでもう何もかもが手遅れじゃ。病を得たこの身、長くはあるまい」
怒り狂って叫んで無理をしたからだろうか。老獣人はぜぇぜぇと息も絶え絶えにその場に完全にへたり込んだ。
病気か。俺、それを治すためにここに来たんだけどな。なんかすげー遠回りした気分だ。そんなことを考えながら詠唱をする。
「【エクストラヒール】」
何が起こったかわからないのだろう。軽くなった呼吸でぽかんとシラーちゃんを見る老獣人にシラーちゃんが告げた。
「さてご老人。これで病の心配もなくなった。私と共に来い。ヒラギスの地、我らが領地ビーストの町を見せてやろう」
「だ、だが、病が治ったところでこの老いさらばえた身で旅など……」
ヒラギスまで普通に移動すれば1カ月以上。馬を使えれば半分くらいだろうか。確かに老人の足では厳しい旅になる。
「イオン様、最初の治療のお願いをしても? こいつらを転移で送ったらすぐに戻ってきますので」
そろそろ治療の開始をしないと、病人が相当集まってきている。
「ご老人だけでは心配だろう。獣人の国を見たい者がいれば今すぐだ! 転移魔法で連れて行ってもらえるぞ!」
シラーちゃんのその言葉だけでは迷う獣人たちに、周りの、ヒラギスから来た獣人の兵士たちが口々に言う。
出来立てのきれいで立派な町がある。獣人だけの町だ。開拓も順調で誰でも農地が持てる。危険はそりゃああるさ。だけど俺たちはこうして生き残ったし、この先も負けんさ。なにせエルフと聖女様、それに勇者様のご加護があるんだからな!
「なあ神官様、勇者って本当にいるのか?」
希望し、転移のために集まってきた獣人のうち、俺が餌付けした子供が寄りにもよって俺にそんなことを聞いてきた。
勇者が本当にいるのか? 果たして俺が勇者なのか?
「わからん。もし見つけたら教えてくれるか?」
そう言うや、子供の返答も待たずに詠唱を始めた。
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