264話 神託の巫女

 神託の巫女と紹介された女性は恭しく頭を下げて言った。




「わたくしは神託の巫女を拝命しておりますイオニティースと申します、マサル様」




 しかしか細い声で俺にそう挨拶をしたが、頭を上げても顔を目は伏せたまま俺を見もしない。その神託の巫女様は年齢は二〇かその下くらいの年齢だろうか。南方人に多いらしい褐色の肌、髪色が見たことのないくらいの抜けるような白髪なのも相まって、かなり目を引く美人だ。神官服も王都や帝都で見る物と違って露出が多めでスタイルもいい。


 いや、そっちも重要だが加護が発生しているのだ。ステータスはーー




 イオニティース・ファイマウル・ミスリル ヒューマン 治癒術師


 【称号】神託の巫女 レベル16




 体力はレベルの割に低いが、魔力が多い。そして忠誠の数値が50。




 回復魔法レベル5、風魔法レベル1、魔力感知レベル5、魔力増強レベル3、MP回復力アップレベル1、生活魔法 スキルポイント80P




 回復魔法が5もある。それに魔力増強スキルや魔力回復。神国随一というのも頷ける。それに名前がミスリル? ミスリル神国の皇族なのか?




「あの、マサル様というのは……」




 その誰かの声に、俺に周囲の注目が集まってるのに気がついた。




 神託の巫女がどういう立場なのかは不明であるが、相当高位なのは間違いない。聖女や勇者に近い立場でしかも皇族。それが頭下げ、俺のほうはといえばステータスに気を取られて反応も示さない。そして帝都の神殿のトップであるフローレンス神殿長ですらマサル様呼びで、神託の巫女を俺に紹介したのだ。それも名前だけ。


 治療大会に関しては俺の名前は出さずに聖女様に協力ということにしてくれと神殿長には頼んであるし、ならこいつは誰だとなるのは当然だろう。




 格好は周囲に紛れるように神官服に着替えてあって、見た目は地味で神殿では余計に目立たない。師匠に習った隠密スキルに頼らず気配を消す方法で極限まで一般人っぽく。魔力も抑えて魔力感知持ちから見ても普通の人にしか見えない。


 むしろそれで神託の巫女はどうして俺を認識したんだろう? ステータスが開いたのは確かに神殿長の紹介の前だった。




「あー」




 何か言わないと思って、言葉に詰まった。俺が使徒なことは今のところ神殿でも上層部でも恐らく一部のみが知る極秘事項だ。そして勇者であることもはっきりと否定していて、そうなると俺が何者だっていう話になる。俺は自分のことをなんと説明すればいい?




 帝王陛下以下帝国ではもう勇者ってことで通ってしまっているが、それは神殿の査問会で使徒として否定したのだ。神殿の立場としては勇者とは呼べないし、俺も名乗る気もない。


 適当に誤魔化そうにも治療場に戻れば俺が全体の指揮を取っていて治療も主力として行っている状態だ。その俺がマサル・ヤマノス、冒険者ですと名乗ったところで余計に意味がわからないだろう。




 公式には……俺はなんなんだろう? Aランク冒険者でパーティリーダー。小さな村の領主。王国の子爵位を貰える予定があるが、それは先の話。剣聖の弟子ではあるが、サティのようなソードマスターの称号もない。どこかの大会で優勝した経験もない。


 転移術師にして聖女に匹敵する治癒術師。そして恐らくは世界で最強の魔法使い。一応ハイエルフでエルフの守護者という偽装身分もあったが、顔出し状態では通用しないし、それももう各方面にバレてしまっているだろう。


 いっそ世界最強の魔法使いですとでも名乗るか? だがそれだとまるで中二病患者のようだ。それなら勇者や使徒と名乗ったほうがマシまである。


 聖女様の旦那で転移とか治療の手伝いをしている者です、くらいが無難な回答だろうか。




「マサルさん?」




 対応を考え中にそう声をかけられた女性神官は確か……そうそう、王都で会ったアンの神学校時代の同期だというローザちゃんだ。小柄でふわっとした髪型のかわいらしい女性である。どうやら知った名前が出たので、神官集団の中から顔を出したところ俺を見つけたようだ。マサルというのはこっちでは見ない珍しい名前らしい。




「ローザさん。王都で会って以来ですか」




「ええ。それがこんなところで奇遇ですね」




 ほんとにそうですねと頷く。ローザちゃんと会ったのも王都の剣闘士大会での治療の手伝いの時だった。そのあと王都のエルフ屋敷でご飯を一緒に食べて、神国の大神殿に留学するって話を聞いた覚えがある。その王都が半年くらい前だった。そこから帝国にヒラギスに神国。思えば遠くへ来たものだ。




「マサルさんも治療のお手伝いを?」




 まあそんなところです、そう条件反射的に言いかけて思い直した。俺は間違いなくお手伝いなんてレベルじゃない。いかんな。どうも目立たないようにする行動が身に染み付いてしまっている。


 説明するより見せたほうが早いな。そう思い詠唱を始める。




「手伝いというか、今は聖女様が休んでいるのでその代役ですね」




 詠唱に従い魔力が集まり光が周囲を照らす。見たこともない光の動きに神官たちがざわめく。どうせ帝都に行けば見せることになるか、誰かから聞くことになるのだ。それなら直接見せて説明したほうがいい。




「俺の名前はマサル・ヤマノス。Aランクの冒険者で光魔法の使い手です」




 そう言って加護を発動させた。


 そして案の定大騒ぎになってしまっている。聖女様の話を聞いて手伝いに来たら勇者っぽい何かが居たのだ。




「ヒラギスに勇者が現れたという噂は本当だったのか!?」




 噂はもう神国まで届いてしまっているのか。




「はい、そこの人。俺は勇者じゃありません。ものすごく魔法が得意で光魔法も使えるだけの冒険者です」




 自分でもどうかと思う言い訳であるが、これ以上はどう言えばいいというのか。




「帝国神殿はマサル様本人のご意向もあって勇者としての認定を見送りました」




 いまいち納得してない神国神官の面々にそう神殿長がフォローしてくれるのにうんうんと頷く。




「光魔法を使えるってことで各方面から勇者だろうとよく言われてるんですが、言ってしまえば光魔法を使えるというだけの話なんです。それだけで勇者とは到底言えないでしょう?」




 魔王を討伐してこその勇者だ。単に光魔法を使える者が勇者以降皆無だったってだけで、世界を救ったという勇者と同列はおこがましいというものだ。


 そして光魔法を見せたのは帝都で使った時に騒がないようにで、あちらでは治療に集中してもらいたい。そう説明を付け加えておく。




「ですが勇者としての資格資質にはまったく不足はないと、帝国神殿は万全の支援をお約束しております。神国大神殿の皆様もぜひともご協力をお願いいたします」




 しかしすぐに神殿長がそんなことを言い出す。言いたいことはまだあるが、そのあたりが落としどころだろうか。神殿としても使徒であることを俺が公表するなと言った以上、協力する口実はしっかりあったほうがやりやすくはなる。




「とにかくですね、今回の治療は聖女様の主催で、貴方がたもそれに協力するという話で来てもらっている思います。気になるのはわかりますが俺のことは一旦脇に置いて、帝都での治療に尽力していただきたい」




 わかったようなわからないような微妙な表情をしている一同だが、勇者だなんだの説明で時間を浪費するほどの余裕もない。


 


「じゃあ転移します。全員集まって!」




 なんでだろうなあ。治療大会、思いついた時は色々解決するすごくいいアイデアだと思ったのに、初日でこの苦労っぷり。


 おずおずと近寄ってきた神託の巫女様に手を差し出すと、ローザちゃんにさり気なくガードされた。


 なるほど。俺のことを知っていれば妙齢の女性を近寄らせようとは普通思わないだろう。ステータスが出たからめっちゃガン見してたし、警戒されたか。しかしそれはとりあえず後回しだ、そう考えて転移魔法を発動させた。 




「ここがもう帝都……?」




 誰かのつぶやき。帝都の神殿の物置になっていた部屋だな。物を整理して転移部屋用にしてもらっている。転移自体も派手な部分はないし、移動が部屋から部屋だと見た目の変化もぱっとしないしで、転移魔法というのは想像より地味だ。




「そうです。では治療場所へ案内しましょう」




 そう言って治療場のほうへ移動するが、その間、ローザちゃんがヒソヒソと俺に関しての説明を行っている。悪い人物ではないが五人も嫁がいる。若い女性はあまり近寄らないほうがいいかもしれない。そんな感じのことである。


 だが五人どころか今はもっと増えて、愛人も含めれば二〇人ほどもいる身としては言い訳のしようもない。




 加護のことがあったので少し仲良くしておこうかと思っただけなのだが、しかしふと、重大なことに気がついてしまった。




 俺は神託の巫女様の個人情報をステータス以外何も知らない。特に既婚か未婚か。なんとなく巫女のイメージ的に未婚だしとしても、これほどの地位と能力、美貌の持ち主だ。彼氏なり婚約者なりという相手がまったく居ないなどとは考えにくい。しかも王族だ。迂闊にちょっかいをかけるのは非常に危ない。




 しかし尋ねようにもローザちゃんのお陰で警戒されたし、彼氏いるの? なんて下心丸出しの質問、ここの誰にできるだろうか。


 貴重な魔法タイプの加護持ちだ。万が一逃さないよう、ここは慎重に動く必要がありそうだ。


 幸い今は戦いも何もない平時だ。治療は大変といえば大変であるが、加護持ちを緊急に増やしたいほどの事態でもない。




 現場に戻ると転移前に治療は終わらせていたから、戻ったときの重症の患者はまだ数名ほど来ただけとのことだった。さすがに日が落ちて時間もたち、治療希望者のペースが落ちてきたようだ。これなら任せて休んでも大丈夫なのだが……




「ローザさんは神国には留学でしたっけ?」




 ローザちゃんにそう話しかける。神託の巫女様の周囲は神国の神官たちが取り巻いていて直接話すのは難しそうだ。特に両脇を固める二名。神官の格好をしているが、武器は持っているし立ち居振る舞いに隙がない。護衛だろう。あからさまに俺への警戒感がある。


 だが都合のいいことにローザちゃんも神託の巫女様の側にいる。知り合いに話しかけるのなら不自然ではないし、光魔法を見せたおかげか俺を邪魔しようという動きもない。




「ええ。そこで巫女様に気に入られて、光栄にも付き人にと申し出がありまして……」




 絶対アンジェラの知り合いだからだ。相当早い時期から俺たちのことを調べて把握していた? タイミング的にはヒラギス居留地でアンが聖女だと評判が立ち始めた頃だろうか。




「それでその……聖女様のお名前がアンジェラだというのを小耳に挟んだのですが、特に珍しくもない名前ですし……」




 そうだね。友人としてはそこがとても気になるところだろう。たぶん聖女の噂くらいは聞いていたことだろうが、しかし同名なだけでまさか友人のアンジェラではあるまいと思っていたところ、旦那の俺が現れたと。頷いてあっさりと告げる。




「聖女アンジェラはうちのアンジェラで間違いないですよ」




「何がどうなってそんなことになっているんですか!?」




 ローザちゃんと会った王都の頃は上手く隠せていた。




「ヒラギスがなかなか大変で。こう、色々とがんばったらなにやらそういうことに」




 ヒラギス居留地では私財を投じて避難民を救い、ヒラギス奪還では常に最前線で活躍した。俺たちはエルフに紛れての誤魔化しようのある戦果だったが、アンだけは逃げも隠れもせず治療に攻撃にと全力を尽くした結果。ヒラギスではアンは聖女に相応しい働きぶりだった。




「詳しい話は本人にゆっくり聞いてみるといいですよ」




 明日、治療の合間に雑談する時間くらいはあるだろうし。




「わたしくも……ヒラギスでのお話を聞いてみたいです」




 不意に神託の巫女様から発言があった。静かだが透き通ったいい声だ。




「もちろん大歓迎ですよ」




 向こうから来てくれると言うなら願ってもない話だ。後で食事にでも誘ってみようか。




「ええっと、イオニ……」




 名前はなんだっけ。ステータスを開く動きは目の前でやるにはちょっと不自然すぎる。




「イオンと、そうお呼びくださいマサル・ヤマノス様」




「はい、イオン様。俺のことはマサルと」




 そこで会話が途切れてしまう。しばし治療の様子を見ながらもう一度話しかけてみた。




「ちょっと俺はよく知らないんですが、神託の巫女というのは神託を受けるのですよね?」




 まったくの初対面なのだ。向こうは加護がついて俺に狙われているなどと知るよしもないのだし、少しずつ距離を詰めていく必要がある。




「はい、それが一番のお役目となっております」




「神託というのはどのようなものなのでしょう?」




 他の神託がどんな感じなのかちょっと興味がある。




「まあ。そのようなことを聞くのは不敬というものですよ」




 だがそうローザちゃんにたしなめられた。




「いえ、いいのです、ローザ。ここのところは重要な神託はございませんでしたが、新年を祝う奉納の儀で毎年簡単なお言葉や御印を頂けるのです」




 神託の間という場所に伝達用の石板があって、そこに文字とかが書かれるようだ。なるほど、決まった場所に目に見える形で神託を発すれば、騙りや誤魔化しなど起こりようもない。


 しかし俺のこと、勇者に関する神託はないという神殿長の話だった。ならなぜ神託の巫女は俺のことを知ったのだろうか。それとも神託がないというのが嘘なのだろうか。いや、重要な神託はなかったと言ったな。何かしらの神託はもしかするとあったのかもしれない。


 俺も日誌での細々としたやり取りは頻度はそう多くはないにしてもあるのだ。




「へー、一度見てみたいですね」




「よろしいですよ。いつでもご案内致しましょう」




 えっ!?とローザちゃんと周辺の神官たちが驚いた顔をしているし、取り巻きの神官からも苦言がでてきた。




「よろしいのですか? あそこは許された者しか入ることは……」




「それは」




 そう言って発言した者に顔を向ける。




「誰が許すのでしょうか?」




 静かな、これまでと同じような声色だったが、言われた神官は顔を青ざめさせた。普通に考えれば許可するのは神殿の偉い人だろう。だがこの世界は神様が実際に居て、その神託がある場所なのだ。直接神々と交渉できる者の権威は、あるいは王の権威すら上回る。




「も、申し訳ございません、巫女様。差し出がましい発言でした」




 大人しい雰囲気の神託の巫女様だが、自分の意思はしっかり押し通す感じだな。


 そこでまた会話が止まってしまう。ちらりと神託の巫女様の様子を伺うと、身じろぎもせずじっとしたまま、静かに目を閉じている。




「もしかして眠いですか? 治療も神国の方々のお陰で余裕もできましたし、お休みになられても……」




 神国の神官集団は優秀で、ぽつぽつとやってくる希望治療者をテキパキと処理していってくれている。これなら俺や神託の巫女様の出番はなさそうだ。




「いえ、特に眠くは……ああ、そうですね。わたくしは目が見えないのです」




 そう言ってようやく俺のほうを見て、目を開いた。その視線は俺のほうを見ながらもどこか焦点があってないように見えた。


 


「それは治療は……」




 俺の問いかけに静かに首を振る。そりゃそうだ。満足に治療の受けられなかった奴隷身分だったサティとは状況が違うのだ。治療が可能なら治療しているだろう。




「まったく見えないのですか?」




「明るい場所であれば、多少の物の輪郭程度は感じられる程度でしょうか」




 完全な失明じゃないのか。それならスキルの鷹の目で多少なりとも改善できるかもしれない。あるいは空間探知ならかなりな部分視覚の代用になる。




「俺は少しばかり回復魔法が得意なんです。一度治療を試してみても?」




 俺の言葉に周囲から失笑が漏れた。




「失礼、失言でした」




 そりゃそうだ。この神官だらけの場所で少しばかり得意だからなんだと言うのか。相変わらず目立たないような行動が身についてしまっていて自分でも呆れるほどだ。




「言い直します。俺は回復魔法が得意、ものすごく得意なんです」




 治療も魔力値が高いほうがおそらく効果は高いし、魔力量から治療できる人数もずば抜けている。そしてうろ覚えだとしても現代医療の知識が多少なりともある。そして禁呪。死者すら蘇生したこともあるのだ。


 俺の言葉に今度ははっきりと笑いがおこった。それに構わず言葉を続ける。




「かの聖女様よりも、そして恐らくこの世界の誰よりも。俺なら普通では治せない状態でも治療ができるかもしれません。一度治療を試してみても?」




 俺が誰だか周囲も思い出したのだろう。数人から笑いが漏れたようだが、すぐに静まりかえった。


 誰一人として使うことができなかった光魔法の使い手。勇者としての資格資質に不足なしと帝国神殿が保証した人物。果たしてそれは大言壮語なのだろうかと。




「ああ、そのようなことは……」




 そして神託の巫女様が明らかに動揺した様子を見せていた。


 ああ、そうか。禁呪のことを知っているのか。そして禁呪を使うとでも思ったのか。




「どこかで少しお話しましょうか?」




 それならそれで都合がいい。他に聞かれたくない禁呪の話をするという口実で、人払いができる。




「はい、その必要があるようでございますね」




 そう言って神託の巫女様が頷いた。


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