262話 治療を必要とする人々
俺の思いつきの指示は思いの外上手くいったようだ。神殿の庭に四カ所の待機場所を作り、俺とティリカで順番にエリアヒールをしていくだけで、さくさくと怪我人や病人が処理されていく。庭の中央に陣取れば俺たちが移動する必要はないし、治療希望者も一旦中に入れれば、その場で座って待っていればいいから楽だし、俺たちも急いで治療しようと焦ることもない。
重症で奥に運ばれていくのは二割といったところだろうか。神殿の外にかなり人が溜まってしまっているが、それは病気の重さの選別と、あとは保安対策のボディチェックだ。俺や聖女様のすぐ近くまでくるのだ。不心得者がいないとも限らないと用心しているようである。
「しかし減らんな」
うん、と隣にいるティリカが頷く。二人がかりでエリアヒールをかけ続けているのに人の流れは一向に絶える様子がない。巨大な帝都だ。人が多くて大変だろうなとは覚悟はしていたが、だからといって二時間も三時間もずっと魔法を唱え続けると多少の疲労は溜まってくる。
人の流れに終わりが見えない。選別するためのゲートを増やしてもらうか? しかしあまりペースをあげるとアンが厳しくなる。
アンに昼食を取らせるために昼時に重症者向け治療を短時間受け持ったのだが、そうすると今度はティリカに負担がかかる。いっそ一番余裕のある俺とアンを入れ替えるか?
考えているうちに本堂のエントランスホールが今は空き場所となっているのに気がついた。
「いまエントランスが空いているだろう? そこにもう一カ所、重症者用の待機所を作って、人を振り分けてくれ」
そう近くにいた神官に指示を出す。重症者を今はアンが一手に引き受けているが、それを半分、俺が受け持つ形にする。本堂の大きな扉は開け放たれて状況はすぐわかるし、扉の前からなら庭と本堂、両方見るのに移動もほとんど必要ない。
アンは治療ペースが半分になる。俺の負担は増えるが、いまはティリカと半々でやっているから全然余裕がある。
「大丈夫?」
「平気平気。ティリカががんばってくれてるからな」
正直いまのままの体制でも魔力的には問題ないから、今日一日ならどうにでもなりそうだが、これが数日続くのだ。いまのペースだとアンがどこかで倒れてしまいそうだ。
「やはり数を制限致しますか?」
アンに俺が重症者を半分受け持つことを伝えに行くと、帝都大神殿のフローレンス・モンターナ神殿長が居てそう提案された。もし次にやるとしたら何かしらの制限が必要だろうが、今回はもうすでにやると言ってしまっているのだ。
「いよいよ無理となったら考えます」
ええ、とアンも頷いて同意してくれる。
「しかしどうも他の地区からも人がやってきているようでして」
治療は帝都を地区ごとに分けて日を変えてやっていく予定なのだが、その他の地区の者も、というかほとんど地区とか関係なしに帝都中からやってきているらしい。それを厳密に制限すれば相当数減るはずだとフローレンス神殿長が説明してくれた。
しかしこの世界、ギルドカードみたいな身分証はあっても、住所や生年月日まである厳密な物は存在しない。人頭税という住民税の一種があるから、戸籍台帳みたいなものはあるようだが、いちいち確認するわけにもいかないから、住所まで確認する方法が実質存在しない。
「では軽症者に関しては、他の地区の者は明日以降でと呼びかけてくれますか? 重症者はそのまま通してやってください」
自己申告頼りではあるが、神官は自分の担当地区の住人の顔くらいはおおよそ把握しているし、この世界の人はあまり嘘をつかない。真偽官が調べればすぐにバレるからだ。嘘の判別にも魔力が必要で疲れるらしいから、この程度でいちいち真偽官が出てくるわけもないのはみんなわかっているのだろうが、それでもしっかりとした抑止力となっているようだ。
「ではそのように取り計らいましょう」
フローレンス神殿長が頷き、続けていった。
「明日以降の予定はこのままでよろしいのでしょうか、マサル様?」
明日以降か。
「すでに場所とか告知はしてしまっているんですよね?」
神殿長が首肯し説明してくれる。帝都を六地区に分けての会場の確保と各所への告知を、神殿長自ら午前中かけて手配して回ってくれていたようだ。最初の場所は一番水質汚染の被害が大きい今のやっている地区と指定してあったのだが、明日以降はどの地区からにするか。その会場はどこにするかなど、俺たちに判断できるはずもないから任せっきりだったのだ。昨日の夜に連絡をいれて今日の午後からやれと言われ、さぞかし大変だったことだろう。
「では予定通りにお願いします」
俺の返答に神殿長はまだ何か言いたそうであったが、頭を下げると指示を出しに行った。言いたいことはわかる。そもそもが無理な話だったのではとでも言いたかったのだろう。
俺の魔力はまだまだ余裕がある。ティリカも今のペースなら大丈夫。アンの分を俺が一部でも受け持てば、アンにも余裕ができる。俺の負担は増えるが、魔力的には恐らく不足はしないはずだ。今回の主役のアンが倒れては元も子もない。
「まあ今日は大丈夫だろう」
そう言いながら加護を自分とアンにかけておく。だがいつまでこれが続くのだろうか? 今日の分だけでも終わりが見えないし、明日はどうなる? 現状程度なら魔力量には問題はない。ただ疲労がどうか。高位の魔法を連発することによる精神疲労はかなりきついし、行き着く先は魔力酔いである。やはりどうしたって応援は必要だろう。エルフの治癒術師には優秀な者が何人もいる。今日終わったら頼みに行こう。
それで明日はどうにかいけるとして、三日目に休みを入れるか? それかペースを落とすか人数制限ができればいいのだが。
いっそ軽症者を見るのをやめるか? だがそれは本当に無理そうだとなってからだ。
つらつらと対応策を考えながらティリカのところに戻ってみると、制限をかけたことで門のほうで少し騒ぎになっているという。神殿長に聞きに行ってみると、他の地区の者は納得して帰ったのだというのだが、それ以外が居たのだ。
「近隣の町や村からも治療を受けに来たものがかなりな人数おりまして」
朝に告知をしてその噂はすぐに帝都周辺にも広まった。三〇分か一時間も歩けば帝都にたどり着ける距離に町や村がいくつもある。帝都以外で治療の予定はいまのところはない。じゃあ我々は噂の聖女様の治療を受けられないのかと文句が出た。
「そんなこと言われてもな」
俺の呟きに神殿長も頷く。いくら無制限での治療を謳っているからといって、帝都以外もと言い出したらそれこそ切りがない。
「重症者は通してください。軽症者は断ることにしましょう。いくら聖女様でも限度があります」
予定では治療は六日間。それだけあれば帝国の半分くらいの地域から人を集めることもできるのだ。その上もうすぐ帝都の祭りが始まる。それに合わせて休暇を取って訪れる人も多い。祭り見物に来た旅行者や商人も大量に集まってきている。どこまで話が広がるか。どれほどの人が集まってくるか、予想もつかない。これはちょっと相談が必要だ。
「ということなんだが……」
治療を一時中断して裏方で人払いをしてアンとティリカに状況を説明する。大きな方針変更、あるいは規模の縮小や一時的な撤退まで視野をいれた内密の相談が必要かもしれないと考えたからだ。
「マサルとティリカには悪いけど、最後まで付き合ってちょうだい」
だがアンはこのまま押し通すことを即座に選んだ。
「一日置きにするとか、午前中だけにするとかでも良くないか?」
それでも大量の治療ができる。無理のない範囲でだ。
「まだいけると思うのよね。マサルも余裕がありそうだし」
まあ俺が言い出したことだし、やれっていうならやるけど。
「さっきも言ったが今日は大丈夫。でも明日か明後日くらいでたぶん限界だな」
もしかしたら四日目とか五日目もいけるかもしれないが、さらに治療希望者が増えそうな情勢である。特に重症者の治療は魔力も精神力も大幅に削られるから、このままの状態で人が増えればまず無理がくる。ぎりぎりを攻めるわけにはいかない。俺たちの誰か一人でも倒れてしまうと、その時点で詰んでしまう。
「応援を呼びましょう。私たちだけというのが無理があったわ」
応援といっても相当な回復魔法の使い手でも一〇人や二〇人程度ではさほどの戦力にはならない。それほど俺たちの魔力が飛び抜けてしまっているのだ。だが一〇〇人や二〇〇人なら? それくらいの数になると、十分以上の戦力になるのはわかっていた。単純計算で一〇〇の魔力持ちが一〇〇人もいれば、その総魔力はアンやティリカを上回る。
つまるところ中堅や上位クラスの使い手を一〇〇人単位で呼ばなければ手伝いとしては物足りなかったから、あえて応援を要請しなかったのだ。
「エリーはいまビーストの町かな?」
エリーも回復魔法はレベル4である。ただ、ルチアーナとリリアが転移ポイントの確保で遠方まで出張っているから、エリーまでこっちに呼び寄せると連絡や人員の移動が滞ってしまうのだ。更に土魔法を使っての開拓や建設もやってもらっているし、俺たちが受け持つ作業全部の指揮や進行も任せてある。はっきりいってうちで一番忙しいのがエリーである。一応手が足りなければ頼むかもとは話してあったが、まさか初日からとは思わなかった。
「ずっとはさすがにダメね。時間を決めて手伝ってもらいましょう」
午前二時間、午後二時間といった感じなら、いまエリーが受け持っている作業を調整してもらってなんとかなりそうか。ただでさえ忙しいエリーが限界を超えそうな気もするが。
「時間は本人に調整してもらおう」
エリーは多忙に慣れていて、限界が近くなると本能的に休みを取る習性がある。今回も無理のない範囲で手伝ってくれると信じよう。
「あとはエルフに帝国軍の治癒術師。それにもちろん帝都の神官がたね」
神官は現状、手伝いはしてもらっているが治療自体は行なっていない。ただでさえ回復魔法の担い手は人手不足で激務なのだ。こんな無謀な企画に参加してさらに消耗はさせられない。そもそもの目的が帝都での聖女様の名声を高めるため。会場の設置や運営の協力をしてくれるだけでもありがたい話なのである。
「エリーに声をかけて、それとエルフと帝国は俺が頼んでこよう」
エルフはこの話が持ち上がった時にすでにリリアからの応援の提案があったから、一声かけるだけでいい。帝国は帝王陛下に直接お願いしにあがればいいだろう。この企画の責任の一端はあるし、そもそも帝国の臣民のことなのだ。相応の負担はしてもらおう。
「じゃあ帝都の神官がたには私が頭を下げるわ」
話が決まったのですぐに動くことにした。まずはアンを先頭に神官たちの前に出る。
「私はとうの昔に覚悟を決めております」
そうアンが集まった神官たちに話し始めた。
「人々を救い、治療をするのは私の生涯の仕事です。困難だからといって手を引くことは断じてありません。ですが帝都の広大さは王国の田舎者には想像以上でした」
それな。王国でもヒラギスでも大人数の治療は問題なくやれていたから、その延長で考えてしまっていた。
「どうかお願いします。帝都、帝国で苦しむ人を救うため、貴方がたのお力をお貸しください」
そう言ってアンが深く頭を下げる。
「頭をお上げください、聖女様。我々も人々を救うことこそが本懐。そう決めて神官になった者ばかり。聖女様のお力からすれば微力でありますが、協力するのは当然のことです」
そう神殿長が代表で答え、周囲の神官たちも口々に賛同する。
「皆様ありがとうございます」
「礼を言うのは我々のほうです。これほどの数の、病を患っている者が帝都にいるとは、聖女様がいなければ気がつくことがありませんでしたし、救いをもたらすこともできなかったでしょう」
治療にはお金がそれなりにかかる。重い病なら尚更だ。貧乏人はそもそも治癒術師にかからない。軽症なら自然治癒に任せるし、重症の治療に払うお金がないからだ。
「帝国軍の抱えている治癒術師とエルフにも応援を要請しようと思っているのですが、問題はないでしょうか?」
そうアンが神殿長に確認をする。
「一部にエルフに対する隔意を持つ者がいるのは確かですが、人手が増えるのはいつだってありがたいことです」
帝国軍に関しては特に何事もないらしい。今も帝国騎士が警備で働いてくれているし、ある程度の協力関係があるようだ。エルフに関しても治療の現場はどこも激務だ。手伝ってくれるなら種族差など些細なことなのだろう。
これで話は付いた。まずはエルフの里かな。エルフはたぶん準備しているだろうが、それでも集まるのに少し時間がかかるだろう。その間にエリーを探して、最後に帝都城でいいか。
帝都のエルフ屋敷に飛んでエルフの応援を呼び寄せることを知らせておく。宿泊することになるなら準備が必要だ。エルフの里へと飛んで応援を要請し、続けてビーストの町に飛ぶと、タイミングよくエリーが居た。
「手伝いは問題ないわ。ずっとじゃなくていいのよね?」
「いまはまだ余裕がある。合間合間で手伝ってもらって俺たちを休ませてくれるだけで十分なはずだ」
そしてエルフに帝都の神官、帝国軍の軍医に協力を要請する話をする。
「ほんと人手不足ね。マサル、もう二、三人くらい、どこかで加護持ちを増やせない?」
「簡単に言うな」
俺としても今後のことを考えるといくら加護持ちが居てもいいとは思っているのだ。とりあえずエルフ三姉妹をどうにかしてしまうか? たっぷり仲を深めてみたら、もしかするとお姉ちゃん二人にも加護がつくかもしれない。
しかしヤッたからといって単純に加護がつくというものでもないのだ。俺には愛人枠でメイドちゃんが八名も居てとうの昔に手出し済みなのだが、ミリアムとルチアーナに加護が付いて以来、そこから追加は出ていないのだ。
可愛がりが足りないのだろうか。それとも相性問題なのだろうか。よく働いてくれているし、夜のほうも喜んで相手をしてくれる。好意がしっかりあるのは間違いないのだが、加護には達しないようなのだ。
加護の付く条件は忠誠心という数値なのだが、加護が付くまで数値を見ることはできないし、いまだにどうやって上げれば良いか明確にはわからない。よくわからないから安易に愛人とかを増やすのも躊躇われる。
リリアに言わせれば俺の名を、魂の奥深くに刻む必要があるのだという。なんとなくニュアンスは伝わるが、やはりよくわからない。
「もう諦めて勇者を名乗って、吟遊詩人とかに大々的に宣伝してもらうとかどうかしら?」
どうかしらじゃねーし。色々と身バレもして諦めた部分もあるのだが、正式に勇者を名乗るのは絶対に御免である。
「そもそもそれで加護持ちが増えるというのも安易な考え方じゃないか?」
「そうかしらね?」
有名になって俺のファンが増えれば、中にはガチで恋をする者がいるだろうとの考えは、大筋で間違ってないとは思うのだが、それをどう判別しようというのか。握手会とかファン感謝祭でもやるのか?
「とにかく仕事に一段落ついたらエルフの里に寄ってから来てくれ。俺は帝王陛下に会ってくる」
まだ少し仕事を残しているというエリーを置いて再び帝都のエルフ屋敷へ転移。エルフの風魔法での送迎をしてもらい、帝都の王城正門で名乗り、来意を告げる。
「エルド将軍か帝王陛下にお目通り願いたい」
そう言うと特に問題もなく、すぐに謁見の間の玉座に座る帝王陛下の下へと案内された。
「急にもかかわらず謁見をお許しいただきありがとうございます」
きちんと片膝を突き頭下げ、まずは礼を述べる。護衛のサティと師匠も俺の後ろで同じようにして大人しくしている。
「面を上げよ。わしとマサルの仲ではないか。それで今日はどうしたのだ?」
「お聞き及びと存じますが、うちのパーティの聖女アンジェラが帝都にて無償の治療をしております」
頭を上げ話す。
「ところが帝都中から治療の希望者が殺到致しまして、聖女の力をもってしても手に余ると、どうかこちらの治癒術師をお貸し願えないかと」
「ふむふむ。どれほど必要か?」
「優秀な者をできうる限り」
「良かろう。我が臣民のことでもある。助力は惜しまぬ。それと、」
そう言葉を区切り、視線を俺の後ろへとやる。
「剣聖殿もよく参られた」
剣聖と聞いて謁見の間がざわめく。
「あれが剣聖バルナバーシュ・ヘイダ」
「例の獣人と勇者殿の師匠だとか」
「それであの強さか」
「先の騒乱ではエルフの陣に居たという話だが……」
周囲のざわめきを余所に帝王陛下が話を続ける。
「王城へ来るのはいつぶりかな?」
「もう三〇年ほどにもなりますか」
わざとらしく話しかける帝王陛下に師匠も懐かしそうに答える。お前ら昨日、俺の修行の時になんか話してたの知ってるぞ。この忙しい時に今更何の雑談だ?
「あのときは剣術指南役への招聘を断られて腹を立てたものだが、エルドを始め優秀な者を何人も送り込んでくれた」
「すでに弟子が何人もおりましたからな。途中で放り出すわけにもいきますまい」
「道理である。今も良き弟子に恵まれたようだな」
「そうですな。しかしこの者たちが最後の弟子となりましょう」
「お互い、老いには勝てぬな」
「なに、私に比べれば陛下はまだまだ若い」
師匠の言葉に、はっはっはっと帝王陛下が笑う。
「ゆっくり話をしたいところではあるが、今はマサルが忙しかろう。近いうちに改めて招待したいが?」
「その時は喜んで伺いましょう」
それでようやく話は終わった。師匠も影響力の強い人物だし、公衆の場で友好を知らしめる必要があったということなのだろう。
「エルドよ、子細は任せる。十分な支援を送るがよい」
「はっ、陛下。ではマサル殿」
再び礼を述べて帝王陛下の御前から退出し、エルド将軍と騎士詰め所のような場所にお邪魔する。
「エルド将軍、警備の人手を出してくれてたんですね。ありがとうございます」
「うむ。陛下からしっかりと支援するよう申しつかっておったからな」
神殿の警備がなんで帝国騎士なのかと思ったら、神殿騎士団はヒラギス方面へと出払っているそうで、まだ帰還してないのだそうだ。まだヒラギスもその周辺も全然落ち着いてないからな。ちなみに聖アンジェラ騎士団は本日もちゃんとアンの護衛を務めている。
「それでどれくらいの治癒術師が必要だ?」
「明日からでいいので優秀な者を送れるだけほしいですね」
すでに午後三時も過ぎている。今日来ても大して働けないだろうし、エルフや神官も来るので一斉に来られても混乱するかもしれない。
「承った。それとサティにマサル殿、近いうちに我が家で、軍人を集めたこじんまりとしたパーティをするのだが、顔を出さんか?」
軍人だけだからラフな格好どころか鎧兜姿でもいいらしい。というかむしろ装備をつけてきて、軽く剣の腕などを披露してほしいという。エルド将軍は帝国全軍の司令官代理になったから、軍部での人脈を増やす必要でもあるのだろう。
「この治療が終わった後なら大丈夫です」
エルド将軍には世話になってるし、不測の事態でもなければ多少の時間はどうにでもなる。
「では後ほど、招待状を送っておく」
また予定が増えてしまったが、軽く剣の腕を見せて飲み食いして帰ればそれでよかろう。
どれくらいの治癒術師を送れるかは、早急に調べて連絡をくれるそうである。明日の会場の場所は俺は知らなかったが、エルド将軍は警備の騎士を送った関係上、ちゃんと把握していた。
エルド将軍に別れを告げ、城門で待機していたエルフと合流して、治療会場に戻るとすでにエリーとエルフに、増員された神官たちがすでに到着して治療を始めているようだった。
どんな具合か聞いてみると、治療場所を増設して増えた人員を充てて、治療速度を上げているらしい。俺が抜けた穴にもエリーが入って、だいぶ余裕ができたようだ。エリアヒールを使える者が何人もいるし、単発回復しか使えないが優秀な術師も多いという。
「そろそろ修行にしますか、師匠?」
これなら二時間くらいは抜けても平気そうだ。抜ける前に加護の魔法をかけて、戻ってきたら魔力補充をみんなにすればいいだろう。
「いやしかしお前……」
俺の言葉に珍しく師匠が困った顔をしている。
「これを放って行くのか?」
いまも目の前で治療を受けた者が喜び、感謝の声を上げ、空いた場所には続々と次の治療希望者がやってきている。
「たかが一刻です。エリーもいるし、応援も優秀みたいだから大丈夫ですよ」
だって忙しくて修行ができないって言ったら師匠怒るじゃんね?
「お前が修行をするのは何のためだ?」
強くなるため。死なないため? だが考えているうちに師匠が答える。
「人を救うためであろう」
それも確かにある。今度から聞かれたらそう答えよう。
「目の前の、助けを必要とする者を放置して修行もあるまい」
重症者はみんな苦悶の表情だし、たまに今にも死にそうな人とかも来ちゃうしな。師匠もちゃんと人を気遣う心があったらしい。
「だから今日くらいは修行はなしでもよかろう」
おお、修行免除か。それは助かる。
「寝る前にでもサティと軽く立ち合っておきますよ」
いくら忙しくても剣の腕が鈍らない程度には振っておくべきだろう。
「なるほど。短時間ならば問題はないな。ならば当面はワシが直々に相手をしてやろう」
それは助からない。余計な一言を言ってしまったと思ってももはや手遅れである。そしてどこかに助けの手がないかと周りを見回したところで、師匠から俺を助けてくれるような者はもちろんどこにもいないのであった。
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