261話 帝都、大治療大会

 翌日はまた、ビーストの町周辺の農地の作製作業である。昨日俺が一気に農地を仕上げたので、伐採していたグループがやる気を出して開墾に励んでいるようだ。だが俺の農地魔法のほうが作製速度は上なので、今日は午前中くらいで終わってしまう予定である。明日以降は伐採ペース次第だがおそらく短時間の作業で済む。なんなら数日溜めて一気にやってもいいかもしれない。


 


 午後からは帝都の神殿での治療が始まる。俺もその手伝いだ。アンとティリカは早朝からその準備に帝都へと向かい、エリーもあっちこっちへと移動して忙しそうだ。


 リリアも朝にちょっとこっちに顔を出して、エルフ王との話を伝えてくれた。砦の移転はエルフ側には大きな反対はないそうだ。王国側はリシュラ王の承認は得られているから、今日あたりクライトン伯爵に話を持っていくそうである。それとは別に砦の移転と引き換えというわけではないが、王国へもポーションを今まで以上に卸す話があるそうである。




 エルフ全員にポーション作りを学ばせる案は試算してみたところ、半分でも生産量は過剰なほどで、当面は若者や手の空いた者を中心に、全人口の三割程度の習得を目指すそうである。そのための大量の薬草の確保も、各地の商業ギルドや冒険者ギルドへと早急に打診をする。


 帝都への精霊の泉の設置も問題なく了承された。帝国というので嫌がる者も居たが、やはり安全な場所の領地というのはそれなりの魅力があるようだ。エルフの里もビーストの町も魔境の最前線だしな。


 帝都の新領地へはリリアの弟が副領主として赴くこととなった。


 決まったことを俺たちに伝えるだけ伝えると、リリアも東方国家方面の転移ポイントの確保に出発していった。




「それで今日はどんな修行を?」




 今日は俺の護衛として同行している師匠にそう尋ねる。早めに聞いておいて心構えをしておこうと思ったのだ。




「まずは昨日覚えたことの習熟が必要であろうな」




 だから軽く流す予定だという。ブルーブルーにやられたダメージや、たっぷり流した血のこともある。一日くらいは軽くで許してくれるようだ。朝にサティと軽く手合わせをしたが、一晩経って昨日のダメージらしきものはまったく感じなかったのだが。俺の回復魔法は優秀である。




「その後は水流系の技などどうだ? もう一度ブルーに相手をさせても良いな」




 良いなじゃねーし。相手がブルーブルーというのがもう厳しいのだが、回避とか受け流しを使っていいなら、比較的楽といえば楽なはずだ。




「元々は昨日の二つの修行で四、五日はかけるつもりであったのだ」




 それを俺が一日で一気に終わらせてしまったと。




「お前は自分を加護だけの、才能もなにもない平凡な人間だと言ったことがあるが、なかなかどうして優秀ではないか?」




「風を感じる感覚に関しては気配察知と相性が良かったんでしょうね」




 目に頼らない感覚を普段から使っていたお陰で、すぐに感覚を掴むことができたのだろう。多少肌を削られるのも、ブルーブルーに吹き飛ばされるのも、俺が痛みに慣れていることと、あとはやはり優秀な回復魔法への信頼だ。怪我をしても確実に治せる確信があるから無茶ができる。




「わかりやすい才能はないかもしれぬが、お前には器用さと頭の良さがある。それがいい具合に働いているのだろうな」




 頭がいいはエリーにも言われてたな。俺が頭が良さげに見えるのは日本での教育のお陰だろう。特別器用だとも思わないが、人間死ぬ気でやれば色々と捗るものなのだと思う。




「マサル様は魔法の習得もとても早かったですよ。回復魔法はたった二日。レヴィテーションは教えてもらってすぐに使えたそうですし、風魔法や水魔法も習得はとても早かったんですよ」




「ほう」




 魔法に関しては自分でもイケてるんじゃねと思わないでもない。




「やはり神に選ばれただけのことはあるということなのではないか?」




 選ばれたのだろうか。俺が選んだはずなのだが、資格がない者には求人募集が見えないとか言ってたような気もするし。




「マサル様はいつだってとてもすごいんです」




 神さまもそれを知っていて選んだに違いありません、そうサティが当然のように言う。そんなにすごかったらニートにはなってなかったな。それとも日本では本気でやってなかったせいだろうかとも思う。今考えればとても努力していたとは言えないのは確かだ。




「頑張らんと死んじゃうからな」




 厳しい環境が人間を鍛えるんじゃないだろうか。俺にとってはサティとハーピーにやられかけたのが一番の転機だった気がする。エリーとのドラゴン討伐もかなり危なかったが勢いでやった感があるし、ハーピーの時は追い込まれて真剣にもうダメだと思ったものだ。


 頑張らねば死ぬ。そして頑張っても尚足りないこともある。それを思い知った。あの時救援に来てくれた神殿騎士団にはほんと感謝だな。


 俺は魔法が飛びぬけて強いから近接戦闘不要論を考えたこともあったのだが、やはり追い込まれた状況では剣というのは安心できる武器ではある。もしハーピーの時、もう一段剣の腕が上だったらと今でも思うのだ。それに……




「フレアってどうやって剣で防ぐんですかね?」




 魔法では勝てない相手が目の前にいるのだ。剣は実に奥深い。




「それは水流系の奥義だな。まずは水を切れるようになることだ」




 硬い物は切れて当たり前。水を切れて一流。そして風を切れればおのずと火も切れるという。固体液体気体と難易度をあげていく感じか。しかし気体を切るとはどういうことなのだろう?




「説明は難しいな。言葉にできるようなことではないのだ。ただ、できればわかる」




 できねば理解できない。そういうものだと師匠は言う。




「水流系の考えが水の流れを知ることだと教えたことがあるであろう? そして物事のあらゆる物に流れというものがある」




 水の流れ、風の流れ、魔力の流れ、そして力の流れ。言語化することはできてもほんの一部。時間をかけて不完全な説明をしてみたところで、再現できねば意味はない。結局は感覚として、実感として掴むことが会得に繋がる。




「流れが見えれば、ここを断てば全体が崩壊する。そのような箇所がある日突然理解できるようになる。ひどく単純に言えばだが」




 そういえばビエルスで最初に遭遇して戦闘になったとき、俺の出した大岩を一撃で粉々に砕いていた。あれも水流系の技だったのか。




「岩を切る修練でもしてみましょうかね?」




「それもいいだろうが、迂遠であろうな。お前はもっと実戦に即した訓練がいいだろう」




 実戦の中で相手の力の流れ、自らの力の流れというものを体感していく。




「そうそう。自分の力の流れといえば、光魔法の鼓舞ってあるじゃないですか? あれを普通に魔法で再現できないかなと考えていたんですが」




 鼓舞を魔法で再現できないか? 魔法による肉体強化は可能か? 鍛錬による肉体強化は時間がかかるし上限もある。魔法で肉体を強化できれば、さらに強くなれるんじゃないだろうか。


 まあ俺は攻撃魔法を使ったほうが手っ取り早いのだが、風を感じる訓練のこともある。強くなるために取れる手段は多いほうがいいし、一般人が使えるようになれば、全体の強さの底上げになるんじゃないだろうか?




「それはわしではなんとも言えぬな。何かできるという根拠でもあるのか?」




「誰も再現できなかったといっても、結局はあれも魔法だと思うんです。無理だという道理もありませんよ」


 


 まあ考えのベースはファンタジーでよくある肉体強化魔法だったり、気や気功といったものだ。実際にそういうものがあるというわけじゃないので、理論が存在したりしないのだが、イメージとしてはあるのだ。そして魔法とはイメージだ。正しく現象をイメージできれば、魔法は発動する。




「そっくりそのままはおそらく無理でしょうけど、ほんの少しの間でも発動させることができれば有用なんじゃないかと」




 たとえば一分、三〇秒。あるいはたった一撃の間だけでもいい。雷光や烈火剣に乗せて威力を倍増できれば?




「ちょっとやってみましょうか」




 そう言って鼓舞の詠唱を始める。光魔法に関してはヤマノス村にいた頃最初に試した時は効果を調べたくらいで、ちゃんと取得したヒラギス戦の時からこっち、忙しすぎて詳しく調べる暇もなかったのだ。ここらで一度魔法の効果やらなんやら整理してもいいかもしれない。まあ今も相変わらず忙しいから、もう少し後になるのだろうが。




 俺と師匠、サティに鼓舞をかけて魔法の流れ、力の流れを捉えようとする努力はたった一回の試行では報われることはないようだった。




「まあこれはもし上手くいけば儲けものくらいでいいでしょう」




 ちょっと考えただけで問題点はいくつもある。魔法は少しの衝撃で中断するし、剣士で魔法を使える層などほんの一部だ。それに剣士用の魔法として属性を付加できる魔法剣が今も存在するのだ。効果が不明な、完成するかもわからない魔法の開発に時間を割く価値はあるのか?


 新魔法を考えるのは楽しいのだが、何せ今は他にすることが多すぎる。










  農地作製を適当に切り上げて、昼前に帝都へと移動する。現地のエルフの案内で本日の治療会場の神殿に行けば、そこはすでに人でいっぱいだった。入れそうな場所が警備で塞がれている状態だったので、中に入れてもらえるように声をかける。




「こ、これは勇……マサル様」




 エルフの一団に交じっていた俺に警備の騎士の一人が気がついた。俺が王城のパーティで練習相手にした帝国騎士だろうか。サティを見てビクッとしたところを見ると王城の警備をしていた人員かもしれない。




「もう始まってる?」




「はい。人が集まったところですぐに開始すると聖女様が仰ったようで」




 騎士に話を聞いてみるともう半刻1時間ほど前から治療を始めているそうだ。俺も急いで手伝いに行ったほうが良さそうだ。


 神殿の前にはすでに大量の待ち行列ができている。見てる間も列は少しずつしか動いていない。治療してもらいに来たのだから当たり前の話であるが、見るからに具合の悪そうな者がちらほら見える。


 季節は夏の盛りはすぎたとはいえ九月半ば。昼近くともなるとまだまだ暑さは厳しい。そこに怪我や病気で具合の悪い者が大量に待機しているのだ。


 


 すぐに詠唱を開始した。別に会場に入るまで待たせる必要もない。使う魔法は迷ったが範囲は広く設定したいしエリアヒールでいいだろう。ただのヒールの範囲版であるが、怪我だけでなく体力回復や病気にも多少の効果がある。何にでも効果のあるエクストラヒールを範囲にするのは魔力効率が悪いので、いっそ病が重い者は別に治療してしまったほうが早い。


 必要以上に目立たないよう気配を消し、騎士とエルフに囲まれた状態で詠唱を完了させる。




「エリアヒール! 治った者は帰せ。それと列を見て回って病や怪我の状態が重い者を先に入れろ。聖女様の名前を出すんだ」




 突然のことに驚く騎士たちにそう指示を出していく。もちろん俺に帝国騎士へと指示する権限などないのだが、俺の声の迫力に押されて動いていく。殺気は抑えてあるが、昨日の師匠の声真似だ。


 中がどういう状況か気になるのだが、外の列が前へと詰め、再び俺の前に集まってきている。もう一回くらいやってからのほうが良さそうだ。




「おい、そこのお前たち。列を出ろ」


「え、あの、息子の治療が……」


「うむ。具合が悪そうだ。長い時間待つのは辛かろう。順番を先に回せとの聖女様の仰せである」




 俺の指示通り、騎士たちが動いていく。




「ありがとうございます、ありがとうございます!」


「礼は聖女様に言うのだな。他にも! 病が重い者がおれば先に治療を受けさせる。そう聖女様の仰せだ!」




 数人、特に具合の悪そうな者やその周囲から声があがる。付き添いや神殿騎士の手助けで列を離れ神殿の中へと運ばれていく。


 


「エリアヒール!」




 もう一度詠唱をし、列を解散させる。これで外に居た分のほとんどは治療できたが、まだこれは開始時間前なのだ。今来ているのは気が早い者や、他に選択肢がなくて必死な者たち。これから開始時間になれば来る者も増えるだろうし、本当に治療がされると噂が広まれば、もっと本格的に人が集まってくるだろう。




「どうした?」




 門のところで揉めているようなので声をかける。




「この者が一度回復魔法をかけてもらったにもかかわらず、中に入ろうとしたのです」




 その若者はぱっと見は確かに健康そうに見えた。




「まだ具合が悪いんだな? 構わん。通してやれ」




 俺の許可で若者は嬉しそうにいそいそと中に入っていく。




「よろしいので?」




 良いも悪いも、実際どの程度の具合か確認するのも面倒だ。だが騎士の言いたいこともわかる。回復魔法のための魔力は普通なら限りのある資源だ。しかもすでに大量の治療希望者が集まってきている。健康そうな者に割く魔力が無駄に感じるのだろう。




「大丈夫だ。この程度で聖女様の魔力は尽きはしない。一回で治らなかった者は奥へと進ませろ」




 俺も手伝うし、今日もアンと一緒に居るはずのティリカもヒラギス戦終盤の戦いで稼いだ分で回復魔法をレベル4まで上げてある。それで足りなきゃまたエルフに頼んでもいい。


 騎士に話を通し、門をくぐると神殿本堂前の広い庭にまた列。そして本堂に入ってやっと治療を受けられるようだ。




「あそこで治療をやっているのか?」




「はい、いいえ。本堂を入ってさらに奥のホールで聖女様が治療を行なっておられます」




 どうやら本堂の中にもまだ待機列は続いていたらしい。最初の会場に選ばれただけあって庭も広いし、神殿本堂はなかなか立派な建物のようだ。




「エリアヒール」




 すぐに待機列の後方に回復魔法をかけて、同じように騎士の手で解散させる。これで庭にいる分の半分くらいは処理ができた。




「ありがとうございます! 今度こそ痛みがすっかり消えました!」




 先ほどの若者が俺を見てそう言って帰っていった。嬉しそうな様子を見るとやはり一回では完全に治りきらなかったのだろう。


 しかしエリアヒールは簡単な怪我が治る程度の威力のはずだ。俺の魔法はかなり強力になってるとはいえ、一度のエリアヒールでかなりの人が治ってる様子なのが不思議である。さっきの若者など外傷は見えなかったから明らかに何かの病気なのだろうが、それが治ったと本人は申告しているのだ。ヒールの効果がエクストラヒールに近くなっている? せっかく病人や怪我人がたくさんいるから検証してみたいが、まずは治療を進める必要がありそうだ。




「そういえば出てくる人が見当たらないが?」




 ようやく動き始めて本堂の内部へと入っていく列を見て、俺に付いてきている騎士にそう尋ねると、治療が終わった者は裏口から出ていっているという。


 人の動きを考えると一番奥でやるのが混乱がないのか? 待つのも治療するのも屋内がいいのもわかる。だが人手が増えたのだ。たとえば神殿前、庭、本堂と三カ所に人を分散させて、俺かアンが移動してヒールをかけていけばいい。


 そうすれば一度待機場所に入れば動く必要はない。座って待ってればいい。そうして重症者だけ選別して奥へと送って聖女様や神官たちに任せれば、俺はエリアヒールで軽症者なら手早く相当数処理ができる。よし、これでいこう。




「マサル! 外の人たちを治療してくれたのね? 助かったわ」




 俺が到着すると最後の一団の治療、エリアエクストラヒールをかけているところでアンはすでに疲れた様子だ。




「思ったより人が押しかけちゃって」




 午後から治療を開始する予定と告知してあったのだが、午前中のうちに人が神殿から溢れ、神殿前まで行列が形成される始末。とりあえず治療を始めたものの、いくらやっても人が減らない。エリアエクストラヒールは時間もかかるし、魔力消費も精神面での疲労も大きい。クソ真面目にそれを毎回やっていてはそりゃ疲労もするだろう。




「全部ここに送るんじゃなくて会場を分けよう。外は俺が受け持つからアンはこれまで通り、ここで治療を続けてくれ」




 一旦ホールの裏方に下がり、アンや神官たちを集めて方針を説明する。会場を外と本殿に分割する。軽症者は外で治療してしまって、重症者は本殿へと送り込む案を説明する。




「症状が軽い者は俺の方で全部治療できるはずだ」




 外も待機列を動かすのではなくて、庭と神殿前それぞれに待機所を何カ所かずつ、エリアヒール一回分にほどよい人数のスペースを幾つか作ってもらって、俺が動いて治療をしてまわる。




「神官がたには来訪者の、重症軽症の振り分けをお願いしたい」




 いまは警備担当の騎士団がそれをやっているから、騎士団は本来の警備に戻したほうがいい。




「わたしは?」




「ティリカも外を頼もうか」




 エリアエクストラヒールは回復魔法を上げただけでは使えない、自力習得が必要な魔法だ。覚えたてのティリカは普通のエリアヒールを担当してもらうほうがいいだろう。外でなるべく治療を終わらせることができれば、それだけアンの負担が減る。




「よし、じゃあ各自そのように動いてくれ!」




 ハイと、いい返事をして神官たちが散っていく。なぜか俺が全体の指揮を執っているが、こうして相談しているうちにも治療希望者は押しかけてきているのだ。ゆっくり会議などしている暇はないし、アンの話では神殿は全面協力してくれるという話だった。




「じゃあアン、あんまり無理はしないようにな」




 装備の上から神官服を被りながらそう話す。




「それはこっちのセリフよ」




 それはまったくその通りなのだが、半分くらいは不可抗力だと思うのだ。今日も修行はあるし、師匠は気配を消してずっと護衛で付いてきているから逃げようもない。


 だがさっきの若者。身なりはみすぼらしくてやせ細って、痛みが消えたとひどく喜んでいた。そして列で待ってる人たちの不安そうな、すがるような表情。




「なるべくそうする」




 多少の無理くらいはどうしたって仕方がないことなのだろう。俺の返事にアンもわかったように頷いて、治療へと向かっていった。

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