260話 ヒラギスでの修行

 帝都の水質汚染で住民の病気が増えていることや水精霊と王家の森のこと。諸々をアンに説明して最後に言う。




「アンがやりたくないなら俺がやるから」




 治療大会なら俺でもできるのだ。神殿の協力も問題なく得られるし、考えてみれば別にアンじゃなきゃ無理って話じゃない。まあ俺かアン以外じゃ難しくなるが。




「もちろんやるわよ。ただでさえマサルは忙しいでしょう?」




 それに、とアンが続ける。




「結局のところ聖女だなんだっていうのはこの先ずっとついて回るのよね……」




 諦め顔でアンが言う。そうだよな。一度知れ渡ったが最後逃れようがないし、力をセーブして地味に生きたいとか周囲が許さない。それならいっそ利用してしまったほうがいい。




「それにしても毎度のことだけど、ほんの少し姿を見ないだけでどうして次から次へと面倒事ばかり作ってくるのよ」




「いや、今回は俺はそんなに悪くないと思うぞ」




 たぶん。ウィルの姉妹をヒラギスへと誘ったのは俺だが、帝王陛下が付いてきちゃったのはウィルが悪いし、水精霊は帝王陛下がほしいとわがままを言って、じゃあリリアが王家の森をくれとわがままを返したのが発端である。アンのことは俺の提案だから嫌味の一言くらいは受け入れるが、全体として俺のせいとはとても言えないと思うんだが。




「それはそうなんだけど……マサルが動くたびに何かしら起こっているわよね?」




 そう言われると返す言葉もない。帝都も俺がじっとしていれば、恐らく何も起こらなかった可能性は高い。だけどなあ。


 


「思うんだが、どこに行っても問題はあるよな?」




 この世界は基本的に問題ばかりだと思うのだ。俺の拉致監禁がなくてもウィル経由で帝王陛下やウィルパパとのいざこざはあったかもしれないし、帝都の水問題が消えてなくなるわけでもないから、大人しくしているのが正解というのも違うと思うのだ。




「でも普通は移動するたびに問題が発生するようなことはないのよ?」




 いまのところ新しい場所での問題発生率は一〇〇パーセントだな。そして毎回その対処に家族総出で追われる。今回などはその最たるもの。知人を実家に送っていく、ただそれだけで戦争になりかけたのだ。




「そういう宿命なのじゃろう」




 どちらかというと問題を起こす側のリリアがしれっと言う。いやな宿命だ。もうちょっと静かな生活が送れないものなのか。




「とりあえず帝王陛下に話しにいくか」




 何事もなければウィルの婚活イベントを終えたくらいで後は通常の仕事のみになるはず。それまでに終わらせるべきことが山積みなのであるのだが。




「帝王陛下、こちら先程から話に出ていた俺の嫁のアンジェラ。アンジェラ、こちらエルドレッド・ガレイ陛下だ。はい、頭を下げて。よろしく。挨拶終わり」




 引っ張ってこられて言われるままに帝王陛下に頭を下げるアン。悪いがゆっくり挨拶する時間が惜しい。




「それでまずは帝都の神殿ですね。協力の要請をするんですが、アンの知名度が帝都ではまだそれほどじゃないと思うんで、まずは広報活動をします」




 帝都で聖女による無料の治療を数日間に亘って行うことを説明する。何日必要かは実際やってみないとわからないだろうな。




「水が悪い地域は……」




「それは神殿が知っておる。そもそも水が悪くなっているのを調べて報告してきたのは神殿じゃしの」




 なるほど。治療院を経営している神殿が一番帝都の住民の健康に気づきやすいのだろう。治療はその地域から始めることにする。




「それで聖女の名声が上がった段階で、聖女の提案でエルフの水精霊を王家の森に設置する発表をする」




「王家の森はわしが提案した形にしたほうがいいな」




 それまでに根回しは進めておくとも帝王陛下が言う。




「しかし治療するだけで大丈夫なのか?」




 根回しするにしても説得材料がもう少しほしいらしい。




「神殿の協力は最大限得られるはずです。それにこれは大々的な治療です。アンのは普通とは規模が違うんですよ。もし反対する者が居たら、治療している場所に連れてきてください」




 庶民にとって高度な治療がどれほど手に届かないものか、王族や貴族には想像しづらいのかもしれないな。虫の息となってもお金がなくて必要な治療が受けられない。そもそも治療しようにも重病や難病に必要な、高度な回復魔法を使える神官が少ないのだ。どうしてもお金や権力持っている者相手に使用は限定せざるを得ない。




「見ればわかりますよ。なぜアンが聖女と呼ばれているのか」




 俺も同じことができるのだが、きっと見た目の問題だな。やはりアンのような美人の治療は有り難みが違う。


 帝都の神殿に連絡。エルフ王にもリシュラ王国との砦の交渉も含めてもう一度話をする必要があるな。あとは……修行だ。今日はこれから師匠と修行の約束がある。キャンセルにしてくれないかなあ。




「やるぞ」




 公都のエルフ屋敷で俺を待ちかねていた師匠に、今日は忙しいとダメ元で言ってみたのだが、一言で却下された。元々忙しいからしばらくは一日一刻2時間だけという約束だったのだ。断固譲る気はないようでたった一言、かなり強い調子で言われた。




「ほ、ほら。帝都とエルフの里への連絡とかはマサルが居なくても大丈夫だから」




「そ、そうじゃのう。マサルはゆっくり修行をしていくが良いぞ」




 そのたった一言で俺の後ろに居た歴戦のエリーやリリアでさえ肝を冷やした様子だ。声が震えている。師匠は特に声を荒らげたわけじゃない、むしろ声を落としているのに圧力を感じる。軍曹殿もやってたし、師匠からの直伝か。なかなか便利そうだし俺も覚えるかな。




 しかしすぐに修行を始めるようだ。庭の真ん中に連れていかれる。隅のほうでボロボロになって潰れているウィルが目に入った。その側にはブルーブルーがその巨体を地面に直接どっしりと降ろして休んでいる。


 誰も見てないところで何かしらの死闘があったようだ。ブルーブルーが心なしか満足そうな顔をしている気がする。




「まずは上半身裸になれ」




 今日はブルーブルーの相手をすることになるのかと思ったらどうやら違うようだ。だが師匠の最初の指示には嫌な予感しかしない。




「気配察知を切って風を感じるのだ。神経を研ぎ澄ませ肌で剣を、殺気を感じろ」




 脱いだところにそう言われて耳に粘土のようなものを詰められ、目隠しもされる。


 空気を感じ、肌感覚を鍛える。近接戦で有効だという。目で追いきれない場合の対処とか、ぎりぎりでの見切りに役に立つと師匠の説明があった。


 普段剣をぶんぶん振ってるとどうしても繊細な感覚っておろそかになりがちだしな。それで改めて神経を研ぎ澄ませる訓練か。




 思ったより大人しい訓練だ。そう考えていたところに、ヒュン。肩のあたりを剣が通り過ぎた。続けざまにもう一度背中、それも首のすぐ近くだ。


 不意の見えない、急所への攻撃にぶわっと汗が吹き出る。こ、こわっ、怖いぞこれ!?




 攻撃地点が徐々に背中のほうに回っていく。耳も聞こえないから足音での移動もわからない。いや、わずかに空気の乱れがあるか? 剣を振るうのだ。腕だけじゃない、全身が動くし、空気は大きく乱れる。なんとなく居場所が……わからんわ!




 必死に剣を感じようとしていると、唐突に別の場所に剣風を感じた。位置からして二人目。二人がランダムに、ギリギリのところで剣を振ってくる。恐らく師匠とサティか。


 師匠もサティも達人。危険はない。当てるようなことはない。だが、めっちゃおっそろしいわ!!!


 緊張と冷や汗でわずかの時間で体は汗でびっしょりである。




 剣が体のすぐ近くを通り過ぎるのはしっかりわかる。感じ取れる。だがそれは通り過ぎる瞬間だ。それから反応しても完全に手遅れとなる。


 もっと前の段階で、せめて剣が体に到達する直前には察知しないと意味がない。




 集中してどうにか風を感じ取ろうとしていると、剣が止まった。休憩か。息を整える。前で動き。風の揺らぎ……次の瞬間、横薙ぎの剣が顔をかすめる。鋭い痛みが頬に走る。頬を水滴が伝う。


 当たった!? いや当てたのか。ミスではあるまい。避けてみせろということか。




 時折体を剣がかすめる。切れても薄皮一枚。だが体中が徐々に血まみれになる気持ち悪い感覚に血の臭いが不快さを増す。


 いつまでもじっとしていたところでどうにもならない。躱すのにはほんの僅かの動きでいいのだ。来る、体を……


 ざっくりと剣が体を切り裂いた。最悪のタイミングで間違った方向に体を動かしたせいで、余計に深く傷を負ってしまった。




「騒ぐな」




 誰かの悲鳴が塞いだ耳にも届く。騒ぐようなほどの傷じゃないし、集中が乱れる。さっきの師匠の声はもう少し低かっただろうか。




「静かに見ていろ」




 そう言ってリジェネレーションをかけ、ついでに体についた血を浄化で落とす。




 切っていた気配察知を動かし、続けてもらう。だんだん肌の感覚がわかるようになってきたのだが、実際の剣の動きがイメージとして繋がらないのだ。だから一度気配察知で感知した実際の相手の動きと肌の感覚、二つの感覚を同期させる。


 肌を何度か切られるが構わず感覚を集中させる。剣の動き、肌に感じる風、躱すべきタイミングをイメージしていく。




 リジェネレーションが切れたタイミングで再び気配察知を切り、風だけに集中する。


 ほんの僅かに体を傾ける。剣が肌ギリギリを通っていく。今度は後ろだ。だが背後の動きを察知するのは前や顔付近より難しいようだ。剣を躱す動きはできるが、どうしても遅れてしまう。


 だがやってるうちに二度三度と回避に成功する。だがほとんどは間に合わない。躱せたと思ったのも本来当たってない剣だった可能性もある。


 相当に反射的に動く必要がある。おそらくもっと肌の感覚と体の動きが連動するようにして、本能的に反射的に動けるようにならねばこの技は完全に習得できそうにもない。




 手を上げて攻撃を止めてもらう。集中力が切れてきてこれ以上は休憩しないと無理なくらい疲労が溜まってきた。




「だいぶ感覚をつかめました」




 目隠しと耳栓を取って回復魔法をかけながら師匠に言う。




「でもこれ、戦場だと装備をつけているでしょう?」




 よく考えてみれば上半身裸で風を感じる技術なんて役に立つのか? そもそも俺には気配察知という相手の動きを知れる上位互換の感覚がある。




「体は装備で守っているからな。だから頭を守れればそれで致命傷は避けられる」




 確かに効果は限定的かもしれない。そう師匠は言う。だが一〇回食らう攻撃のうち、一回か二回を回避する。致命傷となる攻撃をほんの少しだけ浅く受ける。


 師匠の言葉に頷く。そのほんの僅かの差が生死を分けるかもしれない。




 話しながら休憩して水分もとって、だいぶ回復できた。少し実戦に近い感じでやってみるか。サティを呼んで普通の立ち会いを頼む。しかし目隠しはする。気配察知と耳は使う。




「来い」




 その言葉に反応して動いたサティの攻撃を完全に捌いていく。気配察知をメインに耳と肌感覚の補助は問題なく回避に使えている。


 気配察知だと人の体の動きは知れるが、剣の動きが捉えきれなかったから想像と経験で補う必要があった。それが肌感覚で補完できる。耳も目も使えない状況では相当に有用だ。足さばきの音や剣の風切音。集中して感じようとしてみれば、戦闘に使える情報量は飛躍的に増える。目隠し状態での動きの精度は確実に上がっているはずだ。




 今度は俺も動いて何度か攻撃を加えてみるが、自分が動くとそれで空気が複雑に動いて肌の感覚がわからなくなる。相手の剣も受けに回られると肌の感覚はまったく使えない。やはり防御に特化した技術のようだ。というか実戦で確実に使いこなすには相当な習熟が必要となりそうだ。


 


「なかなか面白いですね」




 少し戦ったところでサティとの立ち会いを終了し、師匠にそう言う。今はまだ気配察知の補助の補助といった程度であるが、時間をかけて精度と経験をあげていけばきっと役に立つ。




「この修練はもうやらずとも良い。基本的なところは理解したであろう? あとは実際に剣を交えて磨いていくのだな」




 今日の修行は終わりかと体を見ると血まみれでかなりスプラッタな感じになっている。うん、我慢はしていたがあんなに剣で切り刻まれたのは初めてだ。さすがの師匠も何度もやれるような無茶ではないようで、俺としても二度とやらなくていいと言われてほっとした。




「まだ時間はあるな? 次だ」




 いまの修行で一時間くらいか。装備をつけるように言われて、浄化をして装備をつけているとブルーブルーが呼び出された。ここでか。




「ブルーのパワーに対抗するには二つの手段がある」




 回避するか、同じパワーで対抗するか。そう師匠が言う。




「正面からパワーで対抗せよ」




 マジか。




「お前が全力を出せばあるいは……」




 そこで師匠の言葉も途切れる。師匠と話し合ったことがある。俺のステータスからすると、もっとパワーが出てもいいはずだ。だが実際は常人より上回るといった程度。数値通りの何倍の力があるわけでもない。


 俺は肉体の限界という説を考えたが、肉体が耐えられる限界があるにせよ、もっと上限は上のはずだと師匠は言う。でなければ奥義が成り立たない。


 


「ワシは瞬間的にであれば、普段の倍は力を出せる」




 いつか師匠はそう言った。しかも俺の奥義のように、体にダメージを与えずだ。ダメージがあるのは単に体をちゃんと使えてないだけだという。適切に、効率よく体から力を引き出せば、奥義の使用で残るのは疲労だけだ。理論的には、だが。




 だがまずはそのパワーを引き出さねば使い方とかいう以前の問題だ。そして常人の限界に達せば、その先は? 俺のステータスと肉体強化からすれば常人の数倍もの力が出せてもおかしくないのだ。


 出せないのか、出せていないだけか。俺にも師匠にもわからない。




「ユクぞ」




 ブルーブルーが地響きを立てて迫りくる。


 だから実戦で試すしかない。師匠ですらブルー以上の力を持つ剣士は見たことがないと言わしめた剣と真正面から打ち合って。




「烈火剣!」




 技巧も何もないパワー同士がぶつかり合う。俺の剣でブルーブルーの六角棍が弾かれる。互角。俺の剣も大きく弾かれたが、打ち負けはしなかった。


 リジェネレーションをかけてしびれた手と、恐らくたった一撃で痛めた腕と肩を癒やす。




「オレと打ち合えル者は、久しぶりダ」




 そう言うとスゥーと大きく息を吸う。ブルーブルーの筋肉が一回り大きく盛り上がる。ビリビリとした殺気が肌を刺す。俺が全力での奥義を放ったにもかかわらず、ブルーブルーはまだ本気の一撃じゃなかった。


 だが、決して越えられない壁じゃない。




 俺も大きく息を吸い、剣を持つ手に更に力を込める。全力、その先を、限界を超えて体から引き出すのだ。


 ブルーブルーの剣をまた正面から迎え打つ。一撃、二撃、三撃。押されながらも最初の烈火剣に劣らない力を剣に込めれば、打ち合えないことはない。だが、ブルーブルーの構えが変わる。何かヤバいのが来る。


 避けない。真正面から迎え撃つ。修羅場を、死線を越えねば限界は超えられない!




「フドウ」




 剣が合わさった瞬間、あっさりと剣が弾かれ、そのまま体ごと吹き飛ばされた。体が地面を転がる。


 受けることは受けられたからダメージは致命的ではない。しかし打たれた場所、腕や肩に激痛が走る。だが意識ははっきりしているし、リジェネレーションの効果で傷は治っていく。ゆっくりと立ち上がり、待っているブルーブルーの前に立つ。


 これがブルーブルーの本気のパワー。


 うん、これは無理だな。体格、体重、備えている筋肉の量が違いすぎる。重さはパワーだ。平均と比べても小さい体格の俺が、ブルーブルーにパワー勝負を挑むのは無理があった。




「奥義ハ、なしにスルか?」




 ブルーブルーが上から俺に言う。気遣うように。


 だが、だからといって引き下がるのか? 奥義はなしでお願いしますと戦いの場で敵に赦しを乞うのか? それは違う。絶対にダメだ。


 心で負けてはいけない。心が折れては二度と前には進めないかもしれない。俺にそんな贅沢は許されない。




「舐めるな」




 そう言うと魔力を高め、エアハンマーをブルーブルーの顔に打ち込んでやった。ブルーブルーの顔がぐらりと後ろに傾き、その巨体が半歩後ろに下がる。




「イイぞ、イイぞ!」




 そう言うや、ブルーブルーは大きく六角棍を振り上げ、咆哮を上げる。


 本格的に命の危険を感じるが、本気でなければ、命を削るくらいでないと限界など超えられるものか――






 わりと頑張って立ち向かってみたが無理なものは無理だった。やはり重さはパワーだ。俺がいくら限界を超えたパワーを出せても、体格差はいかんともし難いのではないだろうか? 今回光魔法の強化は使ってないが、使ったところでパワー差を覆すには足りなさそうだ。


 もはや身動きも取れないくらい痛めつけられ、地面に横たわりながらそんなことを考える。傷を治してゆっくりと立ち上がるがめまいがする。




「終わりカ?」




「終わりだよ」




 傷は治したがガス欠。体力が尽きた。少し休めばまた動けるだろうが、今回は短時間の修行だ。時間切れだ。




「マタ、やろウ」




 ブルーブルーの言葉に頷く。散々であったが、俺としてもこれほどパワー全開で、純粋に力だけで打ち合ったのは初めてだった。パワーを引き出す感覚を、限界を超えた何かを掴めた感触はなかったが、パワーに任せて戦う感覚は身にしみて覚えることができた。




「ああ、またやろう」




 俺の全力を受けきれる者はもう数えるほどしかいない。でもまあそのうちにだ。当分は御免だ。鎧は何箇所もべこべことなり、俺の力に耐えられるよう頑丈に作られた剣もところどころ欠け、折れてないのが不思議なくらいだ。予備の装備はまだあるが、また一式頼んでおかないといけないな。




「あれ? みんなずっと見てたのか。じゃあ一緒に帝都かエルフの里に……」




 周りを見渡すとリリアやエリーたちはずっと見学していたようだ。もちろん帝王陛下御一行もだし、フランチェスカやウィルも並んで俺の方をみていた。


 そろそろ日も落ちそうだ。帝都とエルフの里、どっちが優先だろうか。エルフの里のほうが話し合うべき案件は多いが、帝都の神殿には俺が行ったほうが話が早いかもしれない。




「マサルはもう休んでなさい」




 アンが強い調子で言う。




「いやでも俺も行った方が……」




「いいから! ティリカお願い」




「マサルはこっち」




 ティリカに屋敷のほうへと手を引っ張られていく。




「マサルは無茶をしすぎる。死ぬかと思った」




 散々切り刻まれ、ブルーのパワーで何度もふっ飛ばされた。修行のヤバさで言えば過去一番だったかもしれない。




「でもティリカ。俺は強くならないとダメなんだ」




 ブルーブルーを倒し、師匠を越え、そして魔王を倒す。たぶんそれ以外で俺の平穏は訪れない。


 考えてもみてほしい。たとえ俺以外の勇者が現れたとしても、俺が戦わなくても済む、家で留守番していていいなんてことは、まずあり得ないのだ。ブルーブルーから逃げて魔王と戦う勇気を出すことができるのか? この程度で折れていては前には進めまい。




「うん。でも今日はよくがんばった。もう休むといい」




 やさしくティリカが言う。もしかすると過去のどこかで軌道修正ができたかもしれない。魔王と対決しないルートがあったかもしれない。だがもうおそらくは避けられまい。もちろんできることなら避けたいし、回避する手段も必死で考えよう。


 だが戦うならば、何が相手でも勝つ。そのための努力を惜しんで俺に未来はない。




 サティとティリカに装備を脱がしてもらい、ソファーに押し込まれる。そのためにはすべきことは……




「ごはんにする? お風呂にする? それともおっぱい?」




「おっぱい」




 ティリカの問いにそう即答した。ちょっとセリフを間違えているが、まあだいたい合ってる。


 何かまだ考えるべきことがあったような気がするが、とりあえず今は、すべてがどうでも良くなった。

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