257話 ウィル姉妹のヒラギス訪問

 エルフ王に朝食を誘われ話をした。リリア提案のエルフ総力戦の件である。内密の話にしたいのか、朝食の席には俺とサティにリリアとエルフ王しか居なかった。




「しかしそこまでする必要が果たしてあるのでしょうか?」




 ポーション作りや労働力の確保はいい。多少の兵士を雇い入れるのもいいだろう。だが神殿に冒険者ギルドの誘致や砦の移転までとなると、はいどうぞとはいかないようだ。エルフの本拠地に人間族ヒューマンの軍事施設を設置しようというのだ。エルフ内でどれほどの反発があるのか予想もつかないというし、砦側、クライトン伯爵が認めねば説得もせねばならないだろう。


 総力戦の部分に関しては里の危機に際しては全員戦うことになるのだ。拒否感はないようだ。




「新しい城壁や兵器もある。以前の倍の戦力で攻められたとて耐えきってみせましょうぞ」




 確かに十分な備えと言える。だがそれで足りるのだろうか?




「ダークエルフの話はすべて伝えたはずですよ、父上」




 ダークエルフとの会談の詳細はいまのところエルフ王にのみ伝えているらしい。一般のエルフが知るのは半年の休戦協定程度の情報だ。




「ダークエルフは人族の殲滅が邪神の意思だと言ったのです。それが虚言や大言壮語とでも?」




 邪神の使徒が、神の名を出して告げた言葉だ。嘘をついている可能性もなくはないが、こちらの神も世界の破滅を預言しているのだ。




「これは我らエルフの生き残りのためなのです、父上。ありとあらゆる手段を講じる必要があるのです」




「エルフの人間嫌いは知っています。ですがエルフと人間の共闘は避けられない流れでしょうね」




 俺が最初にエルフの里に来たときも、救援に来たにも関わらず露骨に嫌な顔をするものがたくさんいたのを思い出して言う。だが砦の誘致は我ながらいいアイデアだと思うのだ。人を入れるのが確定なら、いっそ思い切ってやってしまったほうがいい。




「もはや人間族ヒューマンへの隔意など気にしている段階ではないのですよ。先の里での戦いではたった一日で我らは疲労でボロボロになったではないですか?」




 アンチマジックメタル装備の陸王亀というイレギュラーがあったにせよ、エルフは種族的に体力が少ない。前衛向きではないし、人間ほど長時間の戦闘に耐えられない。城壁を強化したとてその部分の弱点は残ってしまう。




「マサルを支えるべき我らエルフが、いざという時再びマサルの力に頼っては本末転倒というものです」




 何かあったとしても、エルフにも三人も加護持ちが増えたし俺が出張るまでもないだろうが、エルフの里独自の戦力で防衛してくれるならそれに越したことはないのだ。




「大丈夫です、父上。王国人は常に友好的だったではないですか? それに帝国兵も勇敢で信頼のできる者ばかりでした。肩を並べて戦うに不足も不安もありません」




「必要なら俺の名前を出してください。それでも反対が多いようなら直接話しましょう」


 


 俺の言葉にエルフ王はようやく頷いた。リリアを通して俺の賛成は聞いているだろうが、やはり直接確かめたかったのだろう。




「里の防備が十分なら、外に出るエルフも安心しましょうな」




 そうしてより多くのエルフが俺のため、世界を救うために戦いの場に赴くことになる。




「エルフは俺にとっても貴重で代わりになる者のいない存在です。俺にできうる限り生きて帰すと約束しましょう」




 この先どれほどの命を散らすことになるのだろうか、神ならぬ身にはわかるはずもないが、俺の決断がエルフに命を懸けさせることになるのは間違いない。美味しかった朝食の味が急にしなくなり、食事の手も止まる。




「砦の件、了承いたした。おおよその事は夜までには固めておきましょう」




 俺の言葉にエルフ王がそう答え、少し間をおいて言葉を継いだ。




「しかしマサル殿。上に立つ者として、時には非情な決断も必要なことを老婆心ながら忠告しておきますぞ」




「心に留めておきます」




 俺が誰かに死ねと命じる? たとえばエルフたち、あるいはリリアやサティに?


 そんなことは絶対無理だなと思いながらも、エルフ王の忠言にはしっかりと頷いておいた。




 




「フランチェスカにも話してリシュラ王に直接話を通そうかの?」




 朝食も終わり、獣人の里へと向かう準備をしながらリリアが言う。移動だけなら転移で一瞬だが、外に出るから装備は必要だし、エルフの護衛が揃うのも待つ必要がある。


 


「まだ上層部で会議とか全然してないんだろ。先走って大丈夫か?」




「妾と父上、それにマサルが賛成した案に誰が反対できようか」




 そりゃそうだな。




「じゃあ獣人の里の前に会いに行くか」




 だが報連相は大事である。エルフ王に伝言伝言と。




「その前に帝都にウィルさんたちを迎えにいかないと」




 サティがそう言う。朝起きたらルチアーナはもう新しい転移ポイントの確保に出立していて、サティにそんな伝言を残しておいたそうだ。今日はウィルとその姉妹をヒラギスに案内する予定だった。




「そういえばシャルレンシアたちは?」




「ルチアーナ様とすでに出発したようです」




 集まったエルフの一人がそう教えてくれた。お風呂でやらかして合わす顔がないとかなんとか。




「なんじゃ、結局お世話はできんかったのか? 三人も揃ってしょうがない娘らじゃのう」




 そう言うリリアも初夜は結構散々だったけどな。




「まあ俺は気にしてないからまた連れてきてやってよ」




 そうリリアに言って転移を発動させる。昨日のあれで当分呼び出しもないとかなったらトラウマになりそうだ。




 帝都のエルフ屋敷にはウィルたちが既に待機済みだった。居たのはウィルに姉妹にエルド将軍。それに物々しく武装した帝国騎士の集団。




「それで今日はどうしたんですか?」




 そしてその中心にしれっと居るエルドレッド帝王陛下にそう尋ねる。




「孫たちがヒラギスに遊びに行くと聞いて、是非わしも便乗させてもらおうと思ってな」




「ほんと申し訳ないっす……」




 ウィルが俺に済まなそうに頭を下げ、ウィルの姉妹ちゃんたちはその横で居心地が悪そうにしている。追い返すのは諦めたか、そもそも反対すらできないのか。




「遊びに行きたければ自前の転移術師を使えばいいでしょうに」




「うちの術師はヒラギス直通を持っておらんのだ」




「まあいいですけど、面倒はかけないでくださいよ?」




「むろんだとも!」




 絶対何か面倒なことになるんだろうけど、ここで押し問答するのも面倒である。そもそも帝国の面倒はウィルが担当する約束だろうに。だから何があっても俺は悪くない。


 そんなことを考えながら全員を集めて転移の準備をする。




「多すぎないか?」




 ウィルにそう言ってみる。俺たちエルフ組だけで十二名。そして帝都組が護衛合わせて三十名ほどの大集団である。




「マサル殿であれば問題ないであろう。済まぬが頼む」




 しかしエルド将軍にそう頭を下げられては俺としては本当に何の問題もない人数である。危険はさほどないだろうが、さすがに他国とあってはこれ以上護衛の人数を減らしたくないのだろう。




「ほうほう。話に聞いてはいたが、この人数を軽々と転移するとはすごいものだな!」




 さっくり転移した俺に帝王陛下がそう感想を述べる。帝国の転移術師はレベル4なんだろうな。というかレベル5がそもそも俺たち以外居ない説もある。




 さて、帝王陛下は放っておいて、仕事を片付けていかないとな。エルフ屋敷のエルフたちに尋ねると、エリーたちはすでに獣人の里で作業を始めているらしい。その手伝いが今日のメインだが、まずはフランチェスカだ。会いに……はダメだな。こんな威圧感のある集団でヒラギスの王城へぞろぞろと行くのはまずい。済まないがこちらへ来てもらおう。帝王陛下には目立たないようにしてもらって、護衛は庭の隅っこのほうだ!




 ヒラギスの王城からエルフ屋敷は徒歩数分である。昨日のうちにウィル姉妹の訪問は連絡してあったお陰か、すぐにカマラリート陛下とフランチェスカたちがやってきた。今日はお目付け役の宰相殿はいないようだ。




「こちらがウィルフレッド様のご姉妹、ヴァイオレット様にオルフィーナ様ですね。リシュラ王国ストリンガー公爵家が長女、フランチェスカです。ウィルフレッド様には普段から良くしてもらっております」




 普段から? 良くしてもらってるのか? 実際良くしようとはしてるんだろうなあ。




「お初にお目にかかります。ヒラギス公国大公、カマラリート・ヒラギスでございます。この度はようこそヒラギスにおいでくださいました。戦乱にて荒れた都でご満足いただけるような場所ではありませんが、どうぞごゆるりとご滞在くださいませ」




 フランチェスカの後だったからか、相手が威圧感のない女性だったからか、今日はスムーズに挨拶ができている。




「まあ。どうかお構いなさらないでくださいまし。今日はマサル様のご厚意でカマラリート陛下やフランチェスカ様にご挨拶の機会を作ってくださいましたの。お二方とほんの少しお話できればそれで十分ですわ」




 カマラリート陛下とウィル姉妹は問題なく仲良くできそうだし、帝王陛下も大人しく目立たないようにしている。フランチェスカは騎士団とエルド将軍を目に留めたようだが、単純にお姫様方の護衛だろうとでも思ったのだろう。




「フランチェスカ、ちょっと頼み事があるんだが」




 気をきかせたエルフに用意してもらった庭の茶席に行こうとするフランチェスカをそう言って引き止め、俺とリリアで砦の件を話す。帝王陛下もこっちに残って興味深げに聞いているが、まあ秘密にするようなことでもない。




「いいぞ。だがこちらも頼みがある。マサルと久しぶりに立ち会いたい」




「お相手ならわたしがいくらでもしますよ、フランチェスカ様」




「サティとはまた今度な。一度全力のマサルと戦ってみたいんだ」




「全力ってほんとの全力か?」




 光魔法の強化も有りだと勝負にならないと思うのだが。




「そうだ。最初から本気の本気で頼みたい」




「いつがいい? 午後からなら……」




「マサルの都合がいいなら今からでいけるか?」




 俺もフランチェスカもフルの実戦装備だ。やろうと思えば即やれるのだが、ここは観客が多すぎる。




「いいのか?」




 ちらりとウィルを見る。剣闘士大会で雌雄を決しようというのだ。いま手の内を見せてしまうのは不利になるだろう。




「ずっと一緒に修行してきたのだ。今更見られて困るものでもない」




 言葉通りなのか、手の内を見せてもなお、勝つ自信があるのか。まあ俺が心配することでもないな。




「よし、やろうか」




 刃引きの鉄剣を用意して庭の中央に進み出る。鼓舞と加護を手早くかけて剣を構える。攻撃魔法はさすがになしだな。もしフランチェスカが手に負えないくらい強いようなら牽制に使ってもいいが、サティによると俺は少々強くなっているらしい。その上光魔法での強化有りだ。フランチェスカはウィルより少し強い程度だったし、そう手こずることも……




「ってあぶな!?」




 予備動作も何もなしで飛んできた剣をギリギリのところで剣で逸らす。


 無拍子か。サティのより鋭いかもしれん。強化でスピードが上がっていなかったら危なかった。やはり油断なんてできる相手じゃないな。


 


 フランチェスカは剣のスタイルを以前とはだいぶ変えているようだ。剣先の動きが安定しないように見えるが水流系の動きだろう。フェイントを駆使し相手を幻惑する捉えがたい剣は、嵌まれば格上の相手さえ翻弄する。




 だが、惜しむらくはスピードが足りないし、パワーはもっと足りない。フランチェスカが妙な動きをしても見てから対応できる。フェイントも同門の俺にとってはほとんどが見慣れたパターンだ。せめて強化なしならもう少し相手になったかもしれない。


 ウィルとどの程度差があるか見たかったのだが、戦闘スタイルの違いと俺との実力差がありすぎるせいでいまいちよくわからない。


 しばしフランチェスカの攻撃を捌きながら、そう判断し攻勢に移ることにする。見るものはもう見たし倒しにかかる。




 だが受ける方はなかなかしぶとい。俺の連撃に押されながらも対応し、カウンターを合わせようとしてくる。だが俺のほうの防御も万端で、崩しも連携もない単発のカウンターでは通用しない。


 そしてフランチェスカが崩れたところで劣化雷光の一撃が決まった。




 しかしフランチェスカは倒れない。俺から距離を取って守りの構えをし、呼吸を整える。少々浅かったかもしれないし、今の装備は実戦用のフル装備で防御力が高い。だが防具の上とはいえ、もろに食らったのだ。骨にヒビくらい入っていてもおかしくないダメージのはずだ。




「まだやるのか?」




「お前ならこの程度では諦めまい」




 まあそうだな。何かがかかっている試合ならこの程度。だがこれはただの立ち会い、練習試合のはずだが……この戦いはフランチェスカにとって何かがかかっている戦いなのだろう。負けると分かっていてもなお必要な。


 ならばとことん相手をしてやろう。




 力を剣に最大限まで込め、振るう。それだけでフランチェスカはその剣戟を受け切ることもできずに体勢を崩す。強化した状態で俺が本気で戦うと、一撃一撃が劣化奥義に近い威力となる。


 連撃に体勢を崩しつつもフランチェスカは後退して立て直そうとする。だが勝てる好機を見逃すほど甘くはない。さらに追撃し、ついにフランチェスカが倒れ――




 ない。それは見せかけだった。大きく傾いた体勢を利用し、地を這うようにフランチェスカの剣が俺へと襲いかかった。死角をついた不意の一撃。


 あるいは俺以外になら決定打となったかもしれない。しかし俺の探知能力に死角はない。


 起死回生の一撃も俺に受け切られ、残ったのは体勢を完全に崩したフランチェスカ。俺はそこに容赦のない一撃を打ち込み、今度こそフランチェスカは吹き飛び倒れ伏した。




 だが意識を刈り取るまではいかなかったようだ。動かない体を必死に起こそうとし、同時に魔力の集中。回復魔法か。


 


「終わりだ」




 倒れたフランチェスカの肩に剣を置き、そう告げる。フランチェスカはそれで諦め、剣を手放し完全に倒れこんだ。回復を待つという選択肢もないではなかったが、どうせ立っても結果は変わらない。逆転の目はない。




「マサルのようにはそうそういかないものだな……」




 簡単にできてたまるものか。




「ヴォークト殿に戦い方が綺麗すぎると言われたのだ。マサルのようにもっと足掻いてでも勝ちをつかめと」




 俺のヒールで立ち上がったフランチェスカがそう話す。それで俺との立ち会いを希望か。


 公爵令嬢だもんな。俺たちと行動を共にするまで実戦経験すらろくになかったのだ。ハングリーさがないと責めるのは酷であるが、それでは自身の壁を破れないと軍曹殿は考えたんだろう。


 だが実戦をやらせるには立場上問題があるし、フランチェスカを容赦なくぶち転がせるほどの実力と容赦なさを兼ね備えた相手は多くない。




「いやはや良いものを見せてもらった。なかなか肝の据わったお嬢ちゃんではないか」




「ん、どなただろうか?」




 俺とフランチェスカの話にぶしつけに割り込んだ帝王陛下にフランチェスカがそう尋ねる。




「世の中には聞かないほうがいいこともあるんだぞ」




「おい、そんなことを言わんとちゃんと紹介せんか」




 俺の言葉にフランチェスカがちょっと嫌そうな顔をするが、帝王陛下の仰せだ。仕方なく言う。




「ウィルのじいさんだよ。今日は孫の嫁候補の顔見に来たんだ」




「ウィルフレッド様のおじいさ……」




 そこまで呟いてフランチェスカの顔がさーっと青くなった。ほら、やっぱり聞かないほうが良かっただろ?




「エルドレッド・ガレイじゃ。よろしくの、嬢ちゃんや」




「て、帝王陛下!?」




 嬉しそうに自己紹介をする帝王陛下に、フランチェスカは慌てて膝を突き頭を下げる。




「よいよい。此度はマサルの言う通り、孫の相手を見に来ただけのしがないじじい。お忍びじゃ。かしこまる必要などない」




「そうそう、立った立った。カマラリート陛下が変な目で見てるじゃん」




 どうやらウィルたちも帝王陛下のことは黙っていることにしたようだ。せっかくお茶会のほうがいい空気なのに、帝王陛下が来てるとなればもうそれどころじゃなくなるだろう。




「よし。じゃあリリアとリシュラ王国に送るからさっきの話を頼むぞ。あ、帝王陛下も一緒にどうですか?」




 リリアは今は王都に転移ポイントがないし、行きは俺がする必要がある。再び立ち上がったフランチェスカが必死な表情で俺を見る。何か言いたそうだが言わないとわからないぞ?




「マサルは送っていくだけじゃろう? 待っておるわ」




 チッ。やっかい払いのチャンスだと思ったのに。


 すぐにリリアを呼び、フランチェスカと何人かのお付の護衛とともに王都のエルフ屋敷へと転移した。




「お前はどうしてそうなんだ! 帝王陛下だぞ!? もうちょっと何かやりようがあるだろう!!」




 転移したとたんフランチェスカに食ってかかられた。




「今日は帝王陛下が勝手に押しかけてきたんだよ」




 目立たないようにしてくれって頼んであったのに、フランチェスカに挨拶したかったんだろうな。


 


「お前は我が国の貴族でもあるんだぞ。少しは立場も考えてくれ!」




「平気平気。帝王陛下とは仲がいいんだ」




 貸しもあるし、悩み事相談みたいなこともされたし。うんうんとサティも頷き、いい人ですよと付け加える。




「そう言えば帝都での騒ぎのことはフランチェスカは知らんかったか? 道々話してやろう。ほれ、時間がもったいない。行くぞ」




 フランチェスカはまだ何か言いたそうだったが、諦めてリリアについていくことにしたようだ。




「ほんと頼むぞ……」




 そう言い残して。いや知らんがな。この件に関しては俺は本当に悪くない。


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