256話 エルフ城露天風呂

 ルチアーナに案内されて目にしたのは露天風呂のようだった。城の一室をバルコニーまでぶち抜いて風呂を設置したのか、露天風呂というよりタワーマンションとかで見かける全面鏡張りの大きな浴場に雰囲気が近いだろうか。


 しかしすでにお湯が張られていて入れる状態のようだがでかい湯船以外は本当になにもない。ルチアーナが未完成だとためらいがちに言うはずである。恐らく湯船と排水設備を作ったあたりで時間切れとなったのだろう。




「ご覧の通りなのですが、とりあえず入れればマサル様は何も言わないだろうとリリア様がおっしゃるので」




 申し訳なさそうにルチアーナが言う。今現在、建築系エルフは鉄筋城壁と獣人の里建設で余裕がまったくないのだが、今日になってせっかく俺のお泊りだからと手空きの者が突貫工事で作ったのだという。だがお風呂ならすでにちゃんとしたのがあるのだ。改めてこんな雑な作りのお風呂を用意する意味があるのか? あるのだ。


 


「夜空が見られて、エルフの里も見渡せる」




 壁がないのも露天風呂と思えば気にもならないし、お風呂としての要件は十分に満たしている。広々とした湯船に一緒に入る女の子もいる。むしろ最高か? うん、一日の最後に最高のサプライズプレゼントだ。




「よくやった! 実に素晴らしいぞ!」




 何も言わないどころか褒めてしかるべき案件だな。




「そ、そうですか?」




 満面の笑みの俺に少し戸惑うルチアーナの服を脱がせにかかる。俺の部屋やこの新規の露天風呂のあるエリアは王族専用の生活スペースで、夜ともなれば使用人もほとんど居なくなる。エルフ王からも自分の家と思って使っていいと言われているし、多少好き勝手やってもどこからも文句は出ない。さすがに堂々とやるつもりはないが、いちゃつくくらいは大丈夫だろう。




「あ、あの! このあとすぐにリリア様たちが来られるので……」




 あー、リリアとシャルレンシアたちか。ちょうどいい機会だし、ついにシャルレンシア三姉妹もお世話係に参入するんだろな。


 まあいいか。先に入ってしまおう。




 「いいからいいから」と引き続きルチアーナの服を脱がしていく。ルチアーナは口では形ばかり恥ずかしがるくせに抵抗は一切しないし、むしろちょっと嬉しそうだ。恥ずかしがるエルフメイドの衣服を、いまは遠征用の革鎧装備であるがじっくりと脱がす。もうそれだけでうっきうきである。


 ルチアーナを剥き終わり俺とサティはすでに部屋着だったのですぽーんと脱ぎ捨て湯船に向かう。




「いいお湯ですよ」




 サティがそう報告してくれたので、かけ湯だけして入る。後からシャルレンシアたちがお世話してくれるだろうし、体を洗うのは後だな。




 大きな湯船は外壁ギリギリに設置されており、奥まで行けばエルフの里が一望にできた。城壁から距離はあるが丸見えになっているけど、そもそもエルフは覗かれても気にしない。普段から泉で素っ裸で水浴びとかしてるからだ。


 エルフには銭湯文化がなくて基本シャワーか精霊のいる泉で水浴びである。精霊が面倒を見てくれるから程よい冷たさだし、溺れもしない。精霊の効果か知らないが、特に石鹸とかシャンプーを使わないでもさっぱりとキレイになるらしい。


 俺も一度行ったが裸のエルフがウロウロしてくるわ、なんならわらわらと寄ってくるわで、下半身が見せられないことになったので残念ながら利用できていない。




「いい景色じゃないか」




 すでに遅い時間だ。エルフの里はそろそろ寝静まろう頃でほとんど闇に沈み、城壁にのぽつぽつと明かりが灯る。そして今日は快晴で満天の星が実に風流だ。そして両手には女の子。触っても怒られない。それどころかすりすり身を寄せてくる。


 まだ時間あるよな。ちょっとむらむらしちゃったから少しくらい……そう思ったのだがルチアーナがすぐと言ったらそれはほんとうにすぐだったようだ。お風呂場の外から気配が近づいてきてあえなく時間切れである。




「ついにこの身を捧げる時が来たのですね!」




 少し待って入ってきたシャルレンシアの第一声がこれである。捧げるって何をするつもりかは聞けなかった。具体的に説明されても困る。


 幼女は全裸仁王立ちで後ろに姉妹が続く。堂々としすぎて風情エロスが足りないな。どうせすぐに見られるんだし、最初はタオルや湯着で隠してちらちら見せながら恥ずかしがるくらいのほうが興奮するというものだ。これは後ほど指導が必要だろう。いや、エロ方面にはあまり持っていかないほうが……




「どうじゃ、この風呂は?」




 じゃぶじゃぶとリリアが入ってきてそう尋ねる。




「いいな。気に入った。そうそう――」




 続けて話をしようとしたところでシャルレンシアが小さく叫んだ。




「あちゅ!?」




「あー、慣れないと少し熱いかもしれん」




 俺はどっちかというと熱めのお湯が好きで、特にエルフはお風呂に入る習慣が少ないらしいから慣れないときついかもしれない。もう一度、そろそろと足から入ろうとするシャルレンシアを見ながらリリアに話しかける。




「ルチアーナが神国に行っただろ? それで次の転移ポイントなんだが、東方と南方の両方に行こうと思うんだ。リリアも手伝ってくれ」




 ルチアーナとした、いつ緊急事態になるかもわからんからやれることは前倒しでやってしまおうという話をリリアにも繰り返す。




「すごく熱いですよ、ルチアーナちゃん!?」と、長女マルグリットちゃんは手を入れるだけですでに諦めムードだ。




「いけなくもない」と、次女キアラリアちゃんは足を差し入れている。




「人員の増加は問題なかろう。戦がなくなって一部の人手は余っておるからな」




「じゃあルチアーナと相談して進めてくれ。俺も必要なら手伝う」




「まあマサルまで出る必要なかろう。それよりもじゃ。妾も考えていたのじゃが……」




「キアラリアちゃんすごい!」と、どうやら次女ちゃんが腰のあたりまで浸かることに成功したようだ。




「肩まで浸かって百まで数えるんですよ」




 だがそんなサティの冷酷非情な言葉が飛ぶと、次女ちゃんはすーっとお湯から出て、無理と一言。無理だったかー。その様子を眺めながらリリアが続ける。




「我らエルフは総力戦体制に移るべきではないかと思っておるのじゃ」




 エルフの里自体はヒラギスでの戦いも終わってのんびりとしたものだという。




「無理しないでいいぞ。リリアとの話が終わったら出るから」




「いえ、がんばります!」




 ふむふむとリリアの話を聞きながらシャルレンシアに声をかける。こっちの話はちょっと長引きそうだ。




「じゃがそんなことで良いのかと妾は思うのじゃ」




 世界の破滅。それを知るリリアからすれば緩んだ今のエルフの里の状況が歯痒いのだという。


 魔物の膨大な戦力。対抗するためにはあらゆる努力、人員の助けが必要だ。無論いまでも俺関連事業への人手は惜しまず出してくれているが、働けるようになった若者から引退した老人まで動けるものは全て動員する。




「我らの負担は気にすることはない。どのみち負ければすべて終わるのじゃ」




 それはその通りなのだが世界の破滅まであと一九年もあるのだ。その間ずっと戦時体制っていくらなんでもきつくないか?




「しかしこれからずっと、一九年もだぞ?」




 いずれはそういう要請をするにしてもタイミングが早すぎる。




「たかが一九年です、マサル様」




 隣のルチアーナがそう言い、リリアも頷く。そうか。エルフだった。五〇〇年生きるエルフにとって二〇年はほんの一時なのだろう。




「後悔はしたくないのじゃ」




「エルフが無理をしないでも危なくなったら神様から支援があるかもしれんぞ?」




「マサルが言っておった真の勇者か……」




 俺は勇者じゃない。もし本当に世界が危機に陥るなら、神は真の勇者を派遣してくるはずだ。勇者が解決してくれるなら俺たちが命がけの苦労をする必要はない。




「そんなどこの何者かもわからん、居るかすら定かでない者に我らの命運をかけられるものか。我らの勇者はマサルじゃ。エルフはマサルにすべてをかけるぞ!」




 まあ俺も勇者派遣説には懐疑的ではあるのだ。居るか居ないか以前に、結構ぎりぎりに寄越しそうだからだ。前回は帝国の首都まで魔物の軍勢が迫ってきたという。今そんな状況になったらヒラギスや王国は壊滅だろう。




「そうだな。人事をつくして天命を待つって言うしな」




 勇者の役割をするかはともかく、できる手はすべて打っておくべきだ。聞き慣れない言い回しに首を傾げるリリアに説明する。




「つまり人の手でやれることをすべてやってから、最後の最後に神を頼れってことだよ」




「マサルも賛成してくれるなら、明日にでも父上に相談するとしよう」




 ほっとしたことに、まだ思いついただけの段階ですぐさまどうこうするつもりはないらしい。まずはエルフ王を始めとする重臣たちに諮って賛同を得る必要がある。


 それに総力戦とはいえ、今は戦場もない。いざとなれば全員が戦闘員へと変貌するエルフだ。まずは相談の上、後方支援をしっかりと整える。エルフの里の生産能力を高めるのだ。




 魔法を使えるエルフの結構な数が、単純な肉体労働に従事している。例えば農業だ。外から人を入れたくなかったからであるが、それを人を雇うか奴隷を買うかして補う。輸入を増やしてもいいだろう。浮いたエルフを戦闘部隊や魔法使った産業に従事させる。特にポーション作製だ。先のエルフの里の戦いでは備蓄が底をついてしまった。




「簡単なポーションならエルフの誰でもが作れるようにしようと思っての。そうなれば緊急時でも薬草さえあればポーションの補充は容易いことじゃろう」




 いい考えだ。さらにお金も稼ぎたいという。




「帝都に我らで店を持ってはどうかと思ってな?」




 王国には商人を介してエルフの産物は流通しているが、帝国には直接売り出すつもりだという。そのほうが利益が大きくなる。先に言ったポーションも大量生産してこちらへ回す。ポーション作りには魔力が必須で、誰にでも作れるというものでもなく供給が限られている面がある。それにエルフ産は高品位だしきっと売れ筋商品となるだろう。




「さすがにヒラギス関連で支出が多すぎると言われてのう」




 無償でヒラギスに二〇億、獣人の里建設用に一〇億の、合計三〇億ゴルドの支援。それとこれは返ってくる予定だが融資用に一〇億ゴルド。日本円にしておおよそ四〇〇〇億円の支出である。勢いで出したはいいが、エルフの金融担当に苦言を呈されたそうである。


 元々一〇億の拠出は決定事項にしても後の一〇億はヒラギスが獣人の里を渋った場合の追加だったのだ。それを惜しげもなく出してしまった。




「いいんじゃないか? お金はいくらあっても困らんしな」




 これから状況は厳しくなるだろう。だがお金で解決できることは多いはずだ。お金が潤沢にあったればこそ、ヒラギスでの獣人の里建設もヒラギス復興もスムーズに進めることができる。




「それとじゃな、シャルレンシアがウィルをまた借りたいと言っておったぞ」




 シャルレンシアたちは経験値稼ぎがてらヒラギス国内の残党狩りを毎日しているのだが、一応探知を取ったとはいえレベル1。レベル5のウィルとは索敵能力が違いすぎて、ウィルが居る時と比べて狩りの効率が落ちるのだという。


 ウィルも剣術大会に向けて修行に忙しい身ではあるが、狩りをさせるのも悪くない。レベルアップはお手軽な強化だ。前衛は後衛に比べてなかなかレベルは上がらないが、まだ二週間ほど期間はある。どう時間配分をするかはウィル次第だ。




「明日にでも聞いてみよう」




 そのシャルレンシアはとうとうお湯に肩まで浸かることに成功し、周りの声援を受けて数を数えていた。顔が真っ赤である。手本のつもりか横でサティまで一緒になって肩まで浸かっていて、もはや何をしにきたんだかわからない。


 俺は確かお風呂でしっぽり楽しみに来たはずだが、もはやそんな雰囲気は欠片もない。




「店はやはり王城周辺の貴族街を考えておるのじゃが、そうなるとポーション類がな?」




 貴族街でポーション需要は微妙だろう。しかしエルフの手工芸品は基本高級商品である。庶民向けの場所で商売も難しいだろう。




「ポーションは別で店を出すか、元から売ってる店か冒険者ギルドに卸せばいいんじゃないか?」




「なるほどのう」




「ていうか、わかる人間を連れて行くんだ。エルフの里の出入りの商人が居るだろ。そいつらに相談しろ」




「おお、それは良いの」




 人を入れると言いながらもまだまだその発想には慣れないようだ。




「それから今作っておる外部城壁のほうに新たに兵を雇っていれようとも思っていての」




 傭兵か。十分な数の前衛がいれば、先のエルフの里の戦いもだいぶ楽になっていたことだろう。




「それなら冒険者ギルドを誘致したらどうだ? 魔境が近くて魔物狩りにはもってこいだし、報酬を多めに出しても全部を傭兵で雇うより安くつくぞ」




 傭兵の一部か大部分をフリーの冒険者で代用するのだ。




「神殿も呼び込むかの。前々からエルフの里にも神殿を建てたいと言っておったことだし。外縁ならば特に問題もなかろう」




「神殿騎士団も常駐させよう」




 神殿の神官たちはむろん回復魔法の担い手として役に立つし、騎士団の常駐も建設の条件にしておけばいい。




「ならばいっそクライトン伯の軍を置くのもいいかもしれぬな」




「ああ、それが一番手っ取り早いな」




 エルフの里の兵力が増強されるなら、魔境の最前線としての機能はエルフの里でやってしまえばいいな。それができなかったのはエルフが人の出入りを拒んでいたからだが、建造中の外部城壁の内側ならエルフの里とは隔離できる。拒否感も少ないだろう。そうして兵力を一本化できれば人の確保も楽だし、コストも減る。傭兵よりも地方軍の兵士のほうが信頼もできる。




「いっそ砦ごとエルフの里に持ってこさせよう」




「そうなると今の計画より外部城壁を拡張せねばなるまい」




 そう言うやリリアは湯船からざばっと立ち上がる。




「妾はすぐに父上に話してくる。また何か思いついたら教えてくりゃれ、マサル」




 そして返事も待たずに出ていってしまった。まあ俺が思いつく程度、エルフのトップで会議すればいくらでも出てくるだろう。俺は俺で忙しいし、他に考えることがたくさんあるのだ。例えばいま目の前で起こっていることとか。




「ああっ!? シャルレンシアちゃんしっかり!」




 リリアの急激な移動の余波で倒れた、というか湯あたりか。慣れないお風呂で無理をしすぎたようだ。リリアと話し込んでいて気が付かなかった。


 


「湯あたりですね。すぐに冷やして休ませたほうがいいかと」




 湯船から引っ張り上げられぐったりとしたシャルレンシアたちにルチアーナが冷静に声をかける。




「ルチアーナ、診てやってくれ」




 どうやらマルグリットたちは湯あたりの経験がないらしく、わあわあと大騒ぎするばかりである。




「かしこまりました、マサル様」




 そうしてふと気がつくとまたサティと二人きりである。




「体洗ってくれる?」




「はい!」




 今日は俺の歓待をしてくれるんじゃなかったのだろうか。どうなってんだエルフの里はと、少し思ったものの、サティと二人でいちゃつくのはとても楽しかったし、お風呂から上がった頃にはルチアーナも戻ってきてくれて特に不満のない夜であった。

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