241話 帝国王家、家族会議

 帝都にエルフ屋敷を設置した、その翌日。




「バルバロッサ将軍も一緒に送れって言ってきた? ちゃんと金取っとけよ?」




「そこはお金を取らずに恩に着せておいたほうがいいわよ。料金を決めちゃうとお金で何度も依頼が来るかもしれないし」




 なるほど。プライスレスのほうが気軽に頼めないものな。ちなみにリゴベルド将軍は何かあった時のための居残りらしい。


 ただそれだけの話で、特に気にも留めなかったのだが、その日の午後のこと――






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 帝国王城、某所。




「リゴベルドが居ないのが残念であるが、まずは二人の無事の帰還、嬉しく思う。ヒラギス奪還も驚くほどの短期間、しかも兵をほとんど損なわない上での成果、陛下も大層喜んでおられた」




「勿体ないお言葉です。リゴベルド将軍も司令のお言葉を伝えればさぞや喜ぶことでしょう」




「それもこれもエルフのお陰。帝都へも転移で送って貰いました」




 次期帝王、帝国軍総司令、ランディーズ・ガレイの言葉にバルバロッサ将軍とエルド将軍がそう答える。


 


「それからバルバロッサよ。ヒラギスに五〇〇〇万も援助するそうだな。それは後ほどこちらから補填しよう」




「はっ! ありがとうございます!」




 バルバロッサは素直に喜んだ。広大で豊かな所領を持つバルバロッサであったが五〇〇〇万ゴルドもの資金、簡単に捻出できるものではない。




「報告書は読ませてもらった。しかし俄には信じられぬな。聖女にハイエルフにドラゴンや陸王亀を使役する召喚魔法。それにエルフ族の勇者の再臨」




「すべて勇者のもとに集ったということなのでしょう」




 司令の言葉にバルバロッサが答える。勇者がいたからこその錚々たるメンバー。




「本物なのか?」




「光魔法、この目でしかと見ました。あれだけは勇者以降、誰ひとり再現ができなかったのです。戦場でも多くの者が見ております」




「師匠もずいぶんと入れ込んでおります。それに仲間には真偽官もおりました」




「剣聖に真偽官もか……」




 真偽官は虚偽を許さない。もし偽物が勇者を名乗ったりすれば当然告発があるだろう。




「エルフの崇拝ぶりを見るに、勇者のことをかなり前から知っておりますな」




 エルドはエルフたちが、人間であるマサルに傅くように従うのが不思議であったのだが、勇者であることを知って合点がいったものだ。




「エルフにハイエルフか。そちらの報告こそ本当なのか? 戦場での戦果は派手に語られることが多いのだぞ?」




「むしろ戦果を語る時は誇張が一切ないようにと、勇者殿には釘をさされましたよ」




「エルフの魔法は私も何度もこの目で見ました。帝国最高の魔法使いと比べてさえ桁が違うとしか言いようのない大規模な範囲魔法です。それが勇者の他に、少なくとも三名」




「エルフの勇者か。エルフとの関係、考え直さねばなるまいな」




「そのことで内密にお話ししたいことが……」




「言ってみよ」




「師匠には口止めされておりますが、事が事です」




「勿体ぶるな、エルド」




「勇者は人間族です」




 その言葉にバルバロッサが目を見開く。そこから語られる魔族からの暗殺未遂。




「戦場で相当に派手にやりましたから、完全に魔族に目を付けられたようです。勇者の保護を考えるなら正体が広まることは非常にまずい」




「人間か。何者かはわかっているのか?」




「マサル・ヤマノス。リシュラ王国の子爵で、Aランクの冒険者。そして剣聖の弟子で、高位の魔法使いでもあります」




 当然最初に接触してすぐ、マサルたちの身元は調査した。




「リシュラ王国は勇者を取り込んだのか?」




「そのことは重要ではありません、司令。かつて勇者は何のために現れました?」




 魔王討伐。そうバルバロッサが畏怖を込めて呟いた。




「剣聖に聖女にハイエルフに真偽官に伝説の召喚術師。魔王討伐のパーティか……」




 数百年前の魔王軍との戦いで、帝国はあやうく首都が陥落するところまで追い込まれた。




「勇者に対して帝国はどう動くべきかな?」




「静観を。今のところは勇者が現れた以上のことはわかりませんし、幸いにして私は勇者に信頼されております。何か事があればわかるでしょう」




「それで良いのか?」




「どうも勇者はまだ修行中なようです。私も何度か剣術修行に付き合わされましたよ」




「剣の腕はどうだ?」




「師匠がソードマスターの称号を与えてないのが不思議なくらいですな。経験を積めば最強の一角を担うまでに成長しましょう」




「ほう」




「しかし注目すべきは魔法です。一人で魔法部隊一〇〇〇人分以上の働きができるほどの比類なき才です。魔法と剣、両方使われてはすでに勝てる者はいないでしょうな。アーマンドなど一瞬で倒されておりましたよ」




 それだけ聞くと司令は目を閉じ、深々と椅子に腰を沈めた。




「頭が痛い。ようやく父上が引退してくれる気になったのに、このようなことを知れば、またぞろ張り切りだすぞ……」




「ではこのことは?」




「しばらく伏せておく。勇者のことは真偽不明。調査中とでもしておけ」




「勇者志望者や偽勇者など珍しくもありませんからな」




 エルドが頷いて言った。それで誤魔化しきれるとは思わないが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。




「それとその、一つご報告したいことが……司令のご子息を、戦場でお見かけしました」




「もしやウィルフレッドか?」




 ぎこちなく頷くバルバロッサ。本来ならすぐにでも報告をするべきだった。だがウィルが正体を現した経緯が経緯だったし、魔物の最後の大反攻での混乱に戦後処理と、ついつい後回しにしていたのだ。




「どうやら勇者と行動を共にしていたようです。御本人から口止めをされておりましたが、子を持つ一人の親として、知らせないわけにもまいりません」




 いい感じのことを言っているが要は保身である。上司とその息子。どちらを重視するか、バルバロッサにとって考えるまでもない。




「戦場ではどんな様子だった? 元気にしておったか?」




 余程気にかかるのか身を乗り出すようにして尋ねる。




「怪我などはないようでしたが、一兵士として身分を隠して参戦されていたようで詳しくは……ただ、ヒラギスの前はビエルスで剣の修行をしていたようです」




 ろくな調査をする時間がなかったし、知っていることはほとんどなかった。足取りを追おうとしたものの、王子であることは伏せて調べる必要もあって、さらにバルバロッサに対してのエルフの評価は最悪である。ウィルに関する情報はほとんど得られなかった。




「かなり優秀なご子息ですな。腕も立つし、指揮も出来る」




 子沢山の司令の子供を全て覚えてはいないエルドである。かつて王家の剣術指南役を務めていたこともあり、ある程度上の年齢の者はよく知っていたが、当時幼かったウィルフレッド王子のことは名前ぐらいしか覚えていなかったのだ。


 あれがウィルフレッド王子だったのかと、エルドは頭の中で情報を整理する。避けられていた感じがあったのは身元がバレて連れ戻されるのを恐れてのことだったか。


 ならばなぜバルバロッサは――




「エルドも知っておったのか?」




 エルドの思考は司令の問いかけで中断した。




「はっ。いいえ。ウィルと名乗っていた冒険者が勇者のパーティに居ることは知ってはいましたが、まさかご子息のウィルフレッド王子だったとは……」




 エルドが調査した時、ウィルのことも情報として知ってはいたのだが、帝国の王子ウィルフレッドと結びつけろというのは酷だろう。ただ勇者の、エルフの守護者のパーティの一員として、その動向は把握はしていた。




「しかし優秀? あれが?」




 司令の言葉を不思議に思ったエルドだったが気にせず答えた。




「ええ。ビエルスでは師匠に認められて直弟子に」




「それはまことか?」




「一度手合わせをしました。遠からずソードマスターの称号も得ましょう」




「剣の腕は指南役に才能なしと断じられたのだぞ?」




 むろん本人には告げられてはいない。




「ガルドス殿ですか。見る目がありませんでしたな。師匠もあれはまだまだ強くなると、珍しく褒めておりましたぞ」




 ガルドス殿の見立ては正確で、実際ウィルに剣の才能はなかったのだが、まったく非がないのに評価を落とすガルドス殿が哀れだとしか言いようがない。




「剣聖が……」




「目立ったところのない少年だったように記憶しておりますが、牙を隠していたのでしょうな」




 帝都でウィルと多少の交流があったバルバロッサがフォローするように言う。上司には媚びるバルバロッサである。上司の家族も当然ながらしっかりと把握している。




「ウィルフレッドが剣聖の弟子で勇者の仲間? 何かの冗談だとしか思えん」




 それは本当にウィルフレッドのことなのか。勇者のパーティに居たのは百歩譲ってもいいとして、剣聖の直弟子? 人違いではないのかと司令は考えざるを得なかった。




「弓の腕も一流でしたな。ウィルフレッド王子は間違いなく傑物ですぞ。うちで面倒を見て大部隊の指揮も経験させてみたいものです」




「それでいまどこに?」




「エルフの下に身を寄せて、引き続きヒラギス公都で活動しているようです」




 そうと知っていればもっと交流を深めておいたものを。ウィルフレッド王子は間違いなく次代の中心となる人物。そんなことを考えながらエルドは答える。


 


「ウィルフレッドのことは父上もとても心配しておられた。とにかく一度呼び戻す。連絡はつけられるか?」


 


 エルドやバルバロッサにしてみれば、王子の一人が頭角を現した。そんな感じの話であるが、ウィルのことをよくよく知っている家族には俄には信じがたい話だった。何にせよ一度呼び戻してウィルフレッドが本当に本人であるのかと、その無事を確認したい。




「エルフの転移術師がまだ帝都にいるかどうかによりますが……確認に人を送りましょう」




「すぐに手紙を書く。それとリゴベルドをやって、ウィルフレッドの無事も確認させよう」




 それとエルドの話がどこまで本当かの確認も。そう考えながら手早く筆を動かした。






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 ――リゴベルド将軍がエルフ屋敷を訪ねてきた。それも帝国からウィルフレッド王子宛ての手紙を持っての面会希望である。




「すぐに家に帰れ、父より?」




 とりあえずリゴベルド将軍は待たせて手紙だけ受け取って、見せてもらった内容は呆れるほど簡潔だった。




「喋ったのはバルバロッサ将軍っすかねえ」




 エルド将軍も知っていた可能性はあるが、情報が漏れるとしたらバルバロッサ将軍からだろう。




「どうするんだ? どっちみち、フランチェスカのことを認めてもらうのに一度戻ったほうがいいんじゃないか?」




「家に戻ったらきっと修行どころじゃないっすよ」




 今はしっかりとした修行をすることが重要だし、戻って拘束などされては経験値稼ぎも俺たちとの修行も中断してしまう。


 勇者のパーティに居てヒラギスで活躍した帝国の王子。きっと相当に騒がしいことになるだろう。フランチェスカもがっつりと修行しているようだし、もし十分な修行ができなくてウィルが負けてしまうとまた面倒なことになる。




「じゃあ剣聖のところで修行中だからまだ戻れない。来月には戻るって連絡いれとけ。リゴベルド将軍はどうする?」




「会ったほうがいいっすよね……」




 ウィルの言葉に頷く。もうバレちゃったから逃げても仕方ないし、エルド将軍だとヤバかったが、リゴベルド将軍なら無理やり連行しようとしても阻止は簡単である。




「じゃあ将軍を通してくれ」






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「休んでいるところをすまんな。リゴベルドとウィルフレッドから返事が来た。父上に会ってウィルフレッドが無事見つかったと報告をする。エルドも一緒に来てくれ」




 司令が差し出したウィルからの返事をエルドは一瞥する。




「強引にでも連れ戻しますか?」




「父上次第だが……戻ると言っているのだ。無理に連れ戻すことはあるまい」




「それがよろしいかと。師匠のもとでの一か月の修行は、何年分もの価値があります」




 二人が話しているうちにほどなく帝王の私室に到着した。入室の許しを得て入ると、そこには帝王、エルドレッド・ガレイと、司令の長男、クライアンス・ガレイが居て話をしているところのようだった。




「父上。いまお祖父様とヒラギスの今後のことについて話をしていたところなのです」




「今後のこと、ですか?」




「そうだ。此度の戦いでヒラギスの弱体化は甚だしい。あそこが再び陥落するようなことがあっては面倒だ。どうにかテコ入れしなければなるまい」




 ふむ、と司令が考え込む。軍の動きやその後の論功行賞に関しては司令の職務の範疇であるが、これはその先の話である。確かに今のままでは再びのヒラギス陥落の懸念は消えないし、だからといっていつまでも帝国軍を進駐させたままという訳にもいかない。




「帝国と東方国家の交易は順調です。それが阻害されては帝国の不利益となりかねません」




 そうクライアンスが話す。




「そうそう、そのヒラギスの話です。ウィルフレッドがヒラギスで見つかりました」




「何!?」




 司令とエルドでウィルのヒラギスでの活躍に、剣聖の弟子となって修行をしている話をする。もちろん勇者の仲間となっていた部分は伏せて。




「ほうほう。さすが我が孫だ! あやつはわしの若い頃によく似ていると思っておったのだ」




 クライアンスはその話に眉をひそめている。弟ウィルフレッドの話がどうにも信じられないようだ。しかし司令はリゴベルド将軍が本人に会って確かめたと話の補足をする。




「どうやら来月にある剣闘士大会に出るつもりで、それまで剣聖のもとで修行を続けると連絡がありました」




「勝てるのか?」




「剣聖の他の弟子が出なければ十分に可能でしょう」




 帝王の言葉にエルドがそう答える。




「王家から優勝が出るとなれば一〇〇年振り以上の快挙ではないか?」




「うちは魔法が強い家系ですからな……」




 父上は剣闘士大会出場に乗り気のようだし、本当に優勝できるなら自分も見てみたい。司令もそう思った。




「お祖父様、私に良い考えがあります!」




「言ってみよ」




「ヒラギスの女大公は結婚相手を探していたはず。まだ決まっていないようなら、ウィルフレッドがちょうど良いのではないでしょうか」




 クライアンスはウィルの実の兄ではあるが、次々世代の後継者候補として突如強力なライバルになりそうなウィルの存在に危機感を覚え、その排除を考えた。しかもこれは極めて穏便で、なおかつウィルのためにもなる方法である。他国に婿入りしてしまえば王位継承権は消滅する。




「ウィルフレッドがそれほど武に秀でているなら、ヒラギスの守りを任せれば帝国としても安心ですし、ヒラギスでも活躍したのです。民も喜んで受け入れるでしょうな」




 勇者の仲間となって魔王討伐に出るより格段にいい話だ。そう司令は考えた。




「ウィルフレッドにも何か良い地位を与えてやらねばと思っておったのだ。ヒラギス大公なら不足はないな」




 帝王は純粋にウィルフレッドのためを思って賛成した。




「ウィルフレッドが婿入りするとなれば軍の進駐を続ける理由にもなりますな」




「まずは早急にヒラギスに使者を立てましょう、お祖父様。もしかするとすでに相手が決まっているかもしれませんし」




 たとえ相手が決まっていたところで、帝国からの申し入れ、それも直系の王子を差し出すのだ。よほどの相手でもない限り受け入れさせると、クライアンスはしっかりと使者に言い含めると決め、他にも手を打てないかと考え始めた。




「エルド、剣聖殿にも連絡を入れよ。わかっておるな?」




「はっ。ウィルフレッド王子の剣闘士大会優勝。良き婚礼の手土産となりましょう」




 もし剣聖の弟子で出場を考えている者がいればエルドが圧力をかけて断念させる。それで勝てねばウィルフレッド王子がそこまでの器だったというだけのこと。そうエルドは考えた。




「すぐに転移術師をヒラギスに送り込むのだ」




「一人国境におります。急がせれば一両日中に到着するでしょう」




 貴重な、帝王直轄の転移術師を動かしていいとなれば話は早い。メッセンジャーとしてしか使えないが、これほど便利な魔法もない。


 エルフの転移術師は一〇〇人の人員を何度も往復して輸送してのけたという。どうにか交渉して一人くらい手に入らないものかと、司令は考えを巡らすのだった。






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 そしてその二日後。




『帝国のウィルフレッド・ガレイ王子、カマラリート・ヒラギス女大公陛下とご結婚!』




 その報がヒラギス中を駆け巡った。

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